発売日: 1999年8月24日
ジャンル: オルタナティヴ・ロック、パンクロック、ガレージロック
概要
『Slap-Happy』は、L7が1999年に自主レーベルWax Tadpole Recordsから発表した6作目のスタジオ・アルバムであり、メジャーレーベルとの決別と、完全なる独立精神を刻んだ“自主制作時代の幕開け”となる作品である。
バンドはこの時期、メジャー契約の解消やメンバー交代(創設メンバーのジェニファー・フィンチが脱退)を経験しており、本作はその不安定さと自由さが混ざり合った、キャリア後期のタフなドキュメントとして機能している。
サウンド面では、これまでの重厚なグランジ路線よりもガレージ・パンクや70年代ロックの影響が強く現れ、軽妙でドライな印象を与える。
だが、それは“軽さ”ではなく、“打たれても笑う”というL7流の皮肉と粘り強さに裏打ちされた新たなスタンスなのだ。
アルバムタイトルの“Slap-Happy(打たれても陽気な)”は、L7というバンドの生き様を象徴する言葉でもある。
全曲レビュー
1. Crackpot Baby
イントロからラフなギターが炸裂する、ガレージ色の強いロックンロール。
不安定な恋愛とユーモアが交差する、L7流の“恋愛病”賛歌。
2. On My Rockin’ Machine
シンプルなリフとキャッチーなコーラスが耳に残る。
70年代ハードロックへのオマージュとも取れる一曲。
3. War With You
対人関係のストレスと戦闘的な感情を、そのまま音に落とし込んだミドルナンバー。
バンドの過渡期を象徴するようなエネルギーがほとばしる。
4. Long Green
ややレイドバックしたテンポとダブっぽいリズムが新鮮。
“Long Green”はスラングで“金”の意。資本主義への批評とも取れる。
5. Little One
本作で最も叙情的でメロウな楽曲。
子供、あるいは若き自分自身へ語りかけるような優しさと痛みが滲む。
6. Slap-Happy
アルバムタイトルを冠したパンク調のキラーチューン。
“ぶたれて笑え”というスローガンにL7の痛烈な生存戦略が表れている。
7. Freeway
都会と郊外、逃走と渋滞をめぐる高速道路のメタファー。
ハードでスピーディーなサウンドが映えるドライヴィング・ロック。
8. Livin’ Large
皮肉とジョークをまぶした、パンク・ポップ寄りの軽快な一曲。
“贅沢に生きる”とは何かを、逆説的に問いかける。
9. Stick to the Plan
バンドのスローガンのような1曲。
“計画に従え”という言葉の中に、強がりと諦念、そして真の自由が交錯する。
10. Flather
ローファイな質感と即興的な構成が印象的な変則ナンバー。
“flather(意味のないおしゃべり)”という言葉に象徴される脱力感が心地よい。
11. Mantra Down
アルバムの締めくくりにふさわしい、スローでサイケな質感の楽曲。
繰り返される“mantra(マントラ)”が、L7というバンドの抵抗と持続を祈るように響く。
総評
『Slap-Happy』は、L7が商業的ピークを越えた後でもなお“自分たちのやり方”で生き延びる覚悟を鳴らした一枚である。
グランジというラベルから解放された彼女たちはここで、よりパーソナルでDIYなガレージパンク・ロックを志向しつつ、社会や音楽業界への諧謔も忘れない。
それは脱力でも投げやりでもない。“バンドである”ことの意味を問い直す、地に足のついたロックなのだ。
この作品は、爆発ではなく“残る音”。
派手なヒットはなくとも、そこにあるのはリアルな生活感、そして何度転んでも立ち上がるL7のロックンロール魂である。
おすすめアルバム
- The Donnas / Get Skintight
L7のDIY的ガレージロック感と、軽快なロックンロール美学を共有するガールズバンド。 - The Muffs / Alert Today, Alive Tomorrow
ポップパンクと内省的テーマを織り交ぜた女性ボーカルバンドの名作。 - Sleater-Kinney / All Hands on the Bad One
L7のラフさと鋭さを知的に展開した、2000年代初頭のフェミニスト・ロック。 - Joan Jett & the Blackhearts / Pure and Simple
ラフで真っ直ぐな女性ロックの源流として、L7との精神的共鳴が強い。 -
Babes in Toyland / Nemesisters
ラウドでカオティックなガールズロック後期作品として、L7と並び立つ。
ファンや評論家の反応
当時の音楽業界はすでにグランジの熱を失っており、本作は商業的には過小評価された。
だがインディー/フェミニスト・パンクの文脈では、“自分たちで鳴らすこと”を貫いたL7の姿勢が高く評価されている。
ライブでは「Crackpot Baby」「Slap-Happy」などが根強い人気を誇り、現在もバンドの“隠れた名盤”として愛されている。
『Slap-Happy』は、沈黙よりも笑い声で抵抗する。
L7はそれを音で証明してみせたのだ。
コメント