1. 歌詞の概要
「Sign o’ the Times」は、1987年にリリースされた同名アルバムの表題曲であり、プリンスのキャリアの中でも最も社会的でシリアスなメッセージを持つ楽曲である。タイトルの「Sign o’ the Times（時代の兆候）」が示す通り、歌詞は当時の世界情勢や社会問題を列挙し、それらを冷徹な観察眼で描き出している。
核戦争の脅威、麻薬汚染、貧困、ギャングの暴力、エイズの流行。こうした現実が歌詞に直接的に登場し、1980年代後半という時代の不安を反映している。それをプリンスは悲嘆や説教ではなく、淡々とした口調で提示することで、かえって不気味な迫力を生み出している。
一方で、歌詞の最後には「愛」や「信仰」に触れるフレーズがあり、絶望的な状況の中でも「まだ希望を見出せるのではないか」という余韻を残している。楽曲全体は、冷戦下の不安と都市社会の荒廃を描きつつも、人間の救済やつながりを求めるプリンスの切実な思いが込められたメッセージ・ソングなのである。
2. 歌詞のバックグラウンド
1980年代半ばのアメリカは、冷戦による核戦争の恐怖、都市部でのドラッグや犯罪の急増、そして新たに蔓延し始めたエイズの影響によって、大きな社会的不安が広がっていた。プリンスはその現実を鋭く見据え、「Sign o’ the Times」というタイトルで楽曲を制作した。
この曲は、当初プリンスが取り組んでいた未完成のアルバム・プロジェクト『Dream Factory』や『Crystal Ball』の素材から再構築されたもので、最終的に2枚組アルバム『Sign o’ the Times』の冒頭を飾ることになった。アルバム全体はプリンスの音楽的多様性を示す傑作とされているが、その幕開けにこの社会派ソングを置いたことは、彼の強い意志を物語っている。
サウンドは極めてミニマルで、リンドラム（Linn LM-1）の冷たいビートにシンセサイザーとベースが淡々と重なるだけの構成。ギターやホーンは排され、歌詞の内容が前面に迫り出すような仕上がりになっている。このシンプルさがかえって歌詞の緊張感を高め、聴く者に現実を直視させる。
シングルとしては全米チャートで3位を記録し、プリンスにとって最も成功した社会派ソングのひとつとなった。批評家からは「ボブ・ディランの『The Times They Are a-Changin’』に並ぶ時代の預言書」とも称され、プリンスの作家性を決定づけた一曲となっている。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下に「Sign o’ the Times」の代表的なフレーズを抜粋し、原文と和訳を示す。
引用元：Prince – Sign o’ the Times Lyrics | Genius Lyrics
In France, a skinny man died of a big disease with a little name
フランスで痩せた男が、小さな名前の大きな病気で死んだ
By chance his girlfriend came across a needle and soon she did the same
偶然、彼の恋人も注射針に触れ、すぐに同じ運命をたどった
Hurricane Annie ripped the ceiling off a church and killed everyone inside
ハリケーン・アニーが教会の屋根を吹き飛ばし、中にいた全員を殺した
You turn on the telly and every other story is tellin’ you somebody died
テレビをつければ、流れるニュースは誰かの死ばかり
Sign o’ the times, mess with your mind
これが時代の兆候だ、心をかき乱す
Hurry before it’s too late
手遅れになる前に急げ
Let’s fall in love, get married, have a baby
愛し合い、結婚し、子どもを持とう
We need to get through this thing called life
僕らはこの「人生」と呼ばれるものを乗り越えていかなければならない
冒頭で「AIDS」を暗示するフレーズが登場するなど、時代の現実を容赦なく突きつける。だが最後には「愛し合うことが生き延びる術だ」と提示する点に、プリンスの人間性と希望が表れている。
4. 歌詞の考察
「Sign o’ the Times」は、プリンスのキャリアの中で最も社会的なメッセージを持った楽曲とされる。彼はここで、ドラッグや病気、自然災害、暴力といった「死の影」が覆いかぶさる現実を淡々と列挙していく。その口調は激情的ではなく、むしろ観察者のように冷静であることが逆に衝撃を与える。
この楽曲が持つ強さは、説教的ではなく「リスナー自身に考えさせる余地」を残している点にある。プリンスは「これが時代だ」と提示するだけで、「どう生きるべきか」を直接的に語らない。だが最後に「愛し合い、結婚し、子どもを持ち、この人生を乗り越えていこう」という一節を置くことで、微かな光を差し込む。そこに彼の人間らしい優しさが表れている。
音楽的にも、この曲はプリンスの幅広さを示している。『1999』や『Purple Rain』で見せた享楽的・祝祭的なサウンドから一転し、最小限のリズムとメロディで世界の暗黒面を描き出す。80年代ポップスの中でこれほど直接的に社会問題を扱い、しかも大衆に受け入れられた曲は稀であり、プリンスの独自性を際立たせている。
さらに「Sign o’ the Times」は、プリンスが「享楽の王」から「時代の預言者」へと変貌した瞬間を象徴する作品でもある。彼はこの曲を通じて、音楽が単なる娯楽にとどまらず、時代の現実を映し出す鏡であることを証明したのである。
コピーライト：Lyrics © Universal Music Publishing Group
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- The Times They Are a-Changin’ by Bob Dylan
社会の変化と不安を詩的に描いた名曲で、プリンスの姿勢と重なる。 - What’s Going On by Marvin Gaye
ベトナム戦争や社会不安を背景にしたソウル史上屈指のメッセージ・ソング。 - Sunday Bloody Sunday by U2
戦争と暴力の現実を真正面から描いた80年代の代表的な抗議歌。 - Fight the Power by Public Enemy
社会的不平等に立ち向かうラップ・アンセム。プリンスの精神性と共鳴する。 - 1999 by Prince
同じく時代の終末観をテーマにした楽曲だが、「Sign o’ the Times」と対照的に享楽で昇華している。
6. 時代を刻んだプリンスの預言書
「Sign o’ the Times」は、1980年代という時代の不安を切り取った「音楽によるドキュメント」である。AIDSの流行、核戦争の恐怖、暴力や災害といった現実を音楽に刻み込みつつ、最後に「愛し合うことで人生を乗り越えよう」と呼びかけるこの曲は、まさに預言書のような重みを持っている。
同名アルバム『Sign o’ the Times』はプリンスの最高傑作と称されることも多いが、その冒頭を飾るこの曲によって、リスナーは「今という時代を直視せよ」と強烈に迫られる。享楽と虚無、絶望と希望、そのすべてを受け止めたこの楽曲は、プリンスの芸術性を決定づけただけでなく、1980年代の世界を象徴するアンセムとして今なお輝き続けているのである。
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