
発売日:2020年9月22日
ジャンル:インディー・フォーク、フォーク・ロック、バロック・ポップ、チャンバー・フォーク、ソフト・ロック
概要
Fleet Foxesの『Shore』は、2020年に発表された通算4作目のスタジオ・アルバムであり、バンドのキャリアにおいて最も明るく、開かれた響きを持つ作品である。Robin Pecknoldを中心とするFleet Foxesは、2008年のデビュー・アルバム『Fleet Foxes』によって、2000年代後半のインディー・フォークを代表する存在となった。多声コーラス、アメリカーナ、英国フォーク、バロック・ポップ、教会音楽的なハーモニーを融合したその音楽は、当時のインディー・ロックが持っていた都市的な鋭さとは異なり、自然、共同体、記憶、神話的な風景を感じさせるものだった。
2011年の『Helplessness Blues』では、より哲学的で自己探求的な歌詞と、複雑な構成を持つフォーク・ロックへ進み、Robin Pecknoldは個人として何者であるべきか、社会の中でどのように生きるべきかという問いを深めた。2017年の『Crack-Up』では、長い沈黙を経て、さらに断片的で複雑な構成、文学的な歌詞、海や歴史へのイメージを用いながら、極めて内省的な作品を作り上げた。『Crack-Up』は密度の高いアルバムだったが、その重さや難解さも強かった。
その後に発表された『Shore』は、前作の緊張と複雑さから一歩離れ、より光の差す方向へ向かった作品である。タイトルの「Shore」は「岸辺」を意味する。海を漂うこと、嵐を越えること、帰り着く場所、足をつける場所、そして新しい始まりの地点を連想させる言葉である。Fleet Foxesの音楽には以前から海や自然のイメージが多く含まれていたが、本作ではその海の向こうに、ようやく岸が見えるような感覚がある。『Crack-Up』が荒れた海の中で自己を探すアルバムだったとすれば、『Shore』はその後にたどり着く光のある場所である。
本作が発表された2020年という時期も重要である。世界的な不安、孤立、喪失が広がる中で、『Shore』は直接的な社会批評というより、生命、感謝、記憶、芸術家への敬意、自然の循環を通じて、希望を再構築するアルバムとして響いた。ここでの希望は、単純な楽観ではない。死者への追悼、過去への感謝、孤独の認識、痛みの記憶を含んだうえで、それでも光の方を見る姿勢である。だから本作の明るさは軽薄ではなく、深い時間を通過した後の明るさとして感じられる。
音楽的には、Fleet Foxesらしい豊かなコーラスとアコースティックな響きを保ちながら、以前よりも柔らかく、風通しの良いサウンドになっている。ドラム、ホーン、ピアノ、ギター、ストリングス、コーラスが丁寧に重ねられているが、過度に重くならない。全体に朝の光のような透明感があり、楽曲は複雑でありながら聴きやすい。『Crack-Up』のような急激な展開や構造的な難しさは控えめで、メロディの美しさとアルバム全体の流れが重視されている。
本作には、Brian Wilson、Nina Simone、Arthur Russell、Judee Sill、Elliott Smith、David Berman、Richard Swift、John Prineなど、亡くなった音楽家たちへの敬意や記憶が影のように流れている。Robin Pecknoldは、自分だけの内面を歌うのではなく、自分が受け継いできた音楽、声、記憶に感謝を捧げるように歌っている。その意味で『Shore』は、個人のアルバムであると同時に、音楽そのものへの祈りのような作品でもある。
キャリア上の位置づけとして、『Shore』はFleet Foxesの成熟を示すアルバムである。初期の森や山を思わせる神話的なフォーク、二作目の自己探求、三作目の文学的な複雑さを経て、本作ではそれらが穏やかに統合されている。バンドの特徴であるハーモニーは保たれながら、より人間的で、より現在に近い感情が前面に出ている。美しい自然のイメージは、現実逃避ではなく、喪失を抱えた人間が再び世界へ向き直るための支えとして機能している。
日本のリスナーにとって本作は、Fleet Foxesの作品の中でも特に聴きやすい一枚である。デビュー作の荘厳なコーラスや『Helplessness Blues』の哲学性に惹かれる人にも、前作『Crack-Up』の複雑さに入りづらかった人にも、本作は開かれている。穏やかなフォーク・ポップとして楽しめる一方、歌詞やアルバム全体の構造を追うと、死、記憶、感謝、再生という深いテーマが見えてくる。
全曲レビュー
1. Wading in Waist-High Water
オープニング曲「Wading in Waist-High Water」は、アルバムの幕開けとして非常に象徴的な楽曲である。タイトルは「腰まで水に浸かって歩く」という意味で、海や川の中をゆっくり進むイメージを持つ。ここでは、岸辺へ向かう前の状態、まだ完全には陸に上がっていない中間地点が描かれている。
この曲では、Uwade Akhereのヴォーカルが前面に出ており、Robin Pecknold自身の声ではなく、別の声によってアルバムが始まる。これは非常に重要な選択である。『Shore』は自己中心的な告白ではなく、他者の声、受け継がれる声、共同体的な歌から始まる。Fleet Foxesの音楽はもともとハーモニーを重視してきたが、本作ではその共同性がより明確に示されている。
音楽的には、穏やかで柔らかい響きを持ち、朝の光が水面に反射するような印象を与える。大きな展開はないが、アルバム全体の空気を静かに整える役割を果たしている。水の中を歩くという比喩は、喪失や不安を完全に抜け出してはいないが、それでも前へ進んでいる状態を示している。
この曲は、『Shore』が一気に高揚する作品ではなく、ゆっくりと光へ向かうアルバムであることを告げている。静かな導入でありながら、作品全体の精神を凝縮した重要曲である。
2. Sunblind
「Sunblind」は、『Shore』の中でも特に明るく、生命力に満ちた楽曲である。タイトルは「太陽に目がくらむ」という意味を持ち、光の強さ、眩しさ、喜び、そしてその光がもたらす圧倒感を示している。曲全体は軽快で、Fleet Foxesとしては非常に開放的なポップ感覚を持つ。
歌詞では、亡くなった音楽家たちへの敬意が込められている。Richard Swift、John Prine、David Berman、Bill Withers、Judee Sill、Elliott Smith、Arthur Russellなど、Robin Pecknoldが影響を受けたアーティストたちへの追悼が、重苦しい哀悼ではなく、光の中での感謝として歌われる。死者を悲しむだけでなく、彼らの音楽が今も生きていることを祝うような曲である。
音楽的には、ピアノとリズムが明るく進み、コーラスも伸びやかである。サウンドにはBeach Boys的な陽光感もあり、Fleet Foxesの厳粛なフォーク・ハーモニーが、よりポップで軽やかな方向へ開かれている。歌詞の中に死者の名前が並ぶにもかかわらず、曲は暗くならない。この点が『Shore』の核心である。喪失を抱えながら、それを感謝と生の肯定へ変えている。
「Sunblind」は、本作を象徴する名曲である。悲しみを明るさで覆い隠すのではなく、悲しみを通過した先にある眩しい光を歌っている。
3. Can I Believe You
「Can I Believe You」は、本作の中でも特に力強いコーラスを持つ楽曲であり、信頼をテーマにしている。タイトルは「あなたを信じてもいいのか」という問いであり、非常にシンプルだが、深い不安を含んでいる。愛、友情、社会、人間関係、そして自分自身の感覚に対して、信じることができるのかを問う曲である。
音楽的には、Fleet Foxesらしい多声コーラスが大きく広がる。リズムは比較的力強く、曲はアルバム序盤に明確な推進力を与える。コーラスは荘厳でありながら、過去作ほど古代的・神話的ではなく、より現代的で人間的に響く。
歌詞では、信じたいという願いと、信じることへの恐れが共存している。誰かを信じるには、自分を開かなければならない。しかし、その開放は傷つく可能性も含む。『Shore』は希望のアルバムだが、その希望は無防備な楽観ではない。「Can I Believe You」は、希望に至る前の不安を正面から扱っている。
この曲は、アルバムの中で非常に重要な位置を占める。『Shore』の明るさは、信頼できない世界の中で、それでも信じようとする努力から生まれている。その緊張が、この曲の力強いコーラスによって表現されている。
4. Jara
「Jara」は、ブラジルのミュージシャンであるJaraへの献辞を含む曲であり、アルバムの中でも柔らかく、風通しの良い響きを持つ楽曲である。Fleet Foxesの音楽における世界性、つまりアメリカン・フォークだけに閉じない広がりが感じられる曲である。
音楽的には、軽やかなリズム、明るいギター、やわらかいコーラスが特徴である。曲全体に南米音楽的な陽気さが直接的に出ているわけではないが、空気の流れやリズムのしなやかさには、従来のFleet Foxesよりも柔軟な感覚がある。サウンドは過密ではなく、余白があり、聴き手をゆったりと包み込む。
歌詞では、生命の循環、過去の音楽家への敬意、自然の中の動きが感じられる。Robin Pecknoldは本作で、自分の内面だけでなく、他者の人生や音楽を受け止める方向へ視野を広げている。「Jara」もその一例であり、個人的な追悼が、穏やかな光の中で歌われる。
この曲は、『Shore』の中でアルバムの呼吸を整える役割を持つ。派手なハイライトではないが、作品全体の開放感と感謝のトーンを支える重要な楽曲である。
5. Featherweight
「Featherweight」は、本作の中でも非常に美しいメロディを持つ楽曲である。タイトルは「羽のように軽いもの」「軽量級」を意味するが、その軽さは単なる弱さではなく、重荷から解放される感覚とも結びついている。Fleet Foxesの繊細な美しさが、成熟した形で表れた曲である。
音楽的には、アコースティックな響きと柔らかなコーラスが中心で、曲は穏やかに進む。メロディには透明感があり、Robin Pecknoldの声は静かな確信を持っている。過去作のように複雑な構成で聴き手を驚かせるよりも、ここではメロディそのものの力が前面に出ている。
歌詞では、人生の重さを抱えながらも、それを少し軽くすること、あるいは自分の弱さを受け入れることが示される。羽のように軽いという表現には、消えそうな脆さと、空へ浮かぶ可能性の両方がある。『Shore』における再生の感覚は、このように非常に繊細である。
「Featherweight」は、本作の叙情性を代表する曲である。大きなドラマではなく、小さな軽さの中に救いを見出す。Fleet Foxesのソングライティングが、より簡潔で深くなったことを示している。
6. A Long Way Past the Past
「A Long Way Past the Past」は、過去との距離をテーマにした楽曲である。タイトルは「過去をはるかに過ぎたところ」という意味で、記憶、時間、喪失、成長が交差する。Fleet Foxesの作品には以前から時間への意識が強くあったが、本作ではそれがより穏やかに受け止められている。
音楽的には、軽やかなリズムと明快なメロディが印象的である。過去を振り返る歌でありながら、曲調は沈み込まない。むしろ、長い時間を経てようやく過去との距離を取れるようになった感覚がある。ギターとコーラスは柔らかく、アルバムの明るい流れを保っている。
歌詞では、過去を忘れるのではなく、過去の痛みや記憶が今の自分の一部であることを認める姿勢が感じられる。「過去を過ぎる」ということは、過去を否定することではない。そこから十分に離れた場所に立ち、初めてそれを見つめられるようになることだと言える。
この曲は、『Shore』の成熟をよく表している。若い頃のFleet Foxesが自己の意味を探していたとすれば、ここでは過去を抱えたまま現在へ進む方法が歌われている。
7. For a Week or Two
「For a Week or Two」は、短い時間、休息、一時的な逃避をテーマにした穏やかな楽曲である。タイトルの「一週間か二週間の間」という言葉には、人生全体を変えるような大きな決断ではなく、少しだけ距離を置き、息をつくための時間が感じられる。
音楽的には、非常に柔らかく、アコースティックな質感が中心である。曲は大きく展開せず、静かな小品として機能する。アルバム全体の中で、光と高揚が続く中に、こうした小さな休息の曲が置かれることで、作品に自然な起伏が生まれている。
歌詞では、少しだけ世界から離れること、自分を守ること、時間を取り戻すことが暗示される。長く続く不安や緊張の中で、人は完全な解決ではなく、短い休息を必要とする。この曲は、そのささやかな時間を肯定している。
「For a Week or Two」は、派手な曲ではないが、『Shore』の優しさを示す重要な小品である。大きな救済ではなく、小さな休息。それもまた本作における希望の形である。
8. Maestranza
「Maestranza」は、スペイン語圏の言葉を思わせるタイトルを持ち、アルバムの中でもリズムと推進力が印象的な楽曲である。タイトルには闘牛場や訓練場のような響きもあり、広場、儀式、公共空間のイメージを呼び起こす。Fleet Foxesの自然志向のフォークに、より都市的・歴史的な感覚が加わる曲である。
音楽的には、リズムが軽快で、曲は前へ進む力を持っている。ギターや打楽器の配置は明るく、コーラスも開放的である。『Shore』の中盤において、アルバムのテンポを保つ役割を果たしている。
歌詞では、光、移動、過去との関係、場所の記憶が感じられる。Robin Pecknoldの歌詞はしばしば具体的な説明よりもイメージの連鎖を重視するが、この曲でも言葉は風景を作るように配置されている。
「Maestranza」は、本作の中で軽快さと広がりを担う楽曲である。Fleet Foxesの音楽が、森や山だけでなく、都市や広場、歴史的な空間にも開かれていることを感じさせる。
9. Young Man’s Game
「Young Man’s Game」は、年齢、若さ、成熟、競争からの距離をテーマにした楽曲である。タイトルは「若者のゲーム」という意味で、若い頃の野心、焦り、自己証明の欲望を少し離れた場所から見つめている。Robin Pecknold自身が30代に入り、若い頃とは異なる視点を獲得したことが反映されている。
音楽的には、比較的明るく、軽快なフォーク・ロックとして進む。曲調にはユーモアもあり、重苦しい自己反省にはならない。Fleet Foxesの作品としては、日常的で親しみやすい感触を持つ曲である。
歌詞では、若い頃に参加していた競争や自己演出から距離を置く感覚が描かれる。若さは美しく、力強いが、同時に不安や過剰な自己意識も伴う。ここでは、そのゲームから少し降りることが、敗北ではなく成熟として描かれている。
「Young Man’s Game」は、『Shore』における成熟のテーマを明確に示す曲である。若さを否定するのではなく、それを通過した後の軽さを歌っている点が重要である。
10. I’m Not My Season
「I’m Not My Season」は、本作の中でも特に静かで深い楽曲である。タイトルは「私は自分の季節そのものではない」という意味で、現在の状態や苦しみが、自分の全存在を決定するわけではないという強いメッセージを持つ。これは『Shore』全体の中でも重要な思想である。
音楽的には、非常に抑制されたアレンジで、Robin Pecknoldの声と言葉が中心に置かれている。派手なコーラスや大きな展開はなく、静かなフォーク・ソングとして響く。その簡素さが、歌詞の力を際立たせている。
歌詞では、悲しみや不調の季節の中にいても、それが自分の本質ではないという考えが示される。人は時に、自分の苦しい時期を自分自身と同一視してしまう。しかし、その季節は過ぎていく。自分は季節ではなく、季節を通過する存在である。この考えは、非常に深い慰めを持つ。
「I’m Not My Season」は、『Shore』の精神的な核心の一つである。希望を大声で歌うのではなく、静かな言葉で、苦しみから距離を取る方法を示している。Fleet Foxesの中でも特に成熟した名曲である。
11. Quiet Air / Gioia
「Quiet Air / Gioia」は、二部構成的なタイトルを持つ楽曲であり、静かな空気と喜びが並べられている点が印象的である。「Gioia」はイタリア語で喜びを意味し、曲全体にも穏やかな光と内面的な高揚が感じられる。
音楽的には、やや複雑な構成を持ちながら、前作『Crack-Up』ほど難解にはならない。静かな空間から始まり、徐々に音が広がっていく。Fleet Foxesの構築力が本作の中でもよく表れた曲であり、穏やかな中に細かな動きがある。
歌詞では、空気、喜び、記憶、時間の移ろいが感じられる。喜びは派手な祝祭としてではなく、静かな空気の中に現れるものとして描かれる。『Shore』における喜びは、しばしばこのように控えめで、注意深く聴かないと見落としてしまうような形で現れる。
「Quiet Air / Gioia」は、アルバム後半へ向かう中で、静けさと喜びを結びつける重要な楽曲である。Fleet Foxesの複雑な美学が、より柔らかい形で表現されている。
12. Going-to-the-Sun Road
「Going-to-the-Sun Road」は、モンタナ州のグレイシャー国立公園にある道路の名前をタイトルにした楽曲であり、自然、移動、光、山岳風景を強く連想させる。本作の中でも特に風景的な広がりを持つ曲である。
音楽的には、穏やかで透明感のあるアレンジが印象的である。曲は大きな山道をゆっくり進むように広がり、聴き手に視覚的な風景を想起させる。ポルトガル語の歌唱も含まれ、アルバムの世界がアメリカ的なフォークに閉じず、より広い文化的なつながりを持っていることを示している。
歌詞では、光へ向かう道、自然の中での移動、記憶の風景が描かれる。タイトルそのものが非常に象徴的である。太陽へ向かう道とは、暗闇から光へ、迷いから岸辺へ向かう『Shore』全体のテーマと重なる。
「Going-to-the-Sun Road」は、本作の中で自然の壮大さと人間の小ささを穏やかに結びつける楽曲である。Fleet Foxesの風景描写の美しさがよく表れている。
13. Thymia
「Thymia」は、短い小品的な楽曲であり、アルバム後半の流れの中で静かな間奏のような役割を果たしている。タイトルは感情や気分に関わる言葉を連想させ、心の状態、微妙な精神の揺れを示しているように響く。
音楽的には、非常に簡潔で、音数も抑えられている。Fleet Foxesのアルバムでは、こうした小さな曲が全体の呼吸を整える役割を持つ。大きな曲が続く中で、短い静けさを置くことで、聴き手は次の展開に向けて耳をリセットする。
歌詞や音の印象としては、明確な物語よりも、感情の一瞬の状態が記録されている。『Shore』は大きな希望のアルバムであると同時に、こうした微細な心の変化を大切にしている作品でもある。
「Thymia」は、単独で強く主張する曲ではないが、アルバム全体の流れにおいて重要な余白である。Fleet Foxesの構成感覚の細やかさが表れている。
14. Cradling Mother, Cradling Woman
「Cradling Mother, Cradling Woman」は、母性、保護、生命の循環をテーマにした楽曲である。タイトルは「抱く母、抱く女性」という意味を持ち、母親という存在、女性性、ケア、世代を超えた命のつながりを連想させる。Brian Wilsonの声のアーカイヴ的な要素も含まれており、音楽的な継承というテーマも強く感じられる。
音楽的には、明るく、躍動感があり、アルバム終盤に再び生命力を与える。コーラスやリズムは豊かで、曲全体に祝祭的な響きがある。ただし、その祝祭は単なる陽気さではなく、命を抱き、守り、受け継ぐことへの深い感謝に支えられている。
歌詞では、母、女性、自然、生命の循環が重ねられる。Fleet Foxesの音楽にはもともと自然や家族的なイメージが多いが、この曲ではそれがより明確に生命の継承として表れる。Brian Wilsonへの言及や音響的な影響も含め、音楽そのものが世代を越えて抱かれ、受け継がれていくものとして描かれている。
「Cradling Mother, Cradling Woman」は、『Shore』の終盤に大きな温かさをもたらす曲である。母性と音楽的継承が結びついた、非常に豊かな楽曲である。
15. Shore
ラストを飾る表題曲「Shore」は、アルバム全体を締めくくる静かな到達点である。タイトルが示す岸辺は、長い航海、漂流、喪失、不安の後にたどり着く場所である。しかし、この曲は大きな勝利のファンファーレではなく、穏やかな受容として響く。岸に着いたからといって、すべてが解決するわけではない。ただ、足をつける場所がある。その感覚が重要である。
音楽的には、ゆったりとしたテンポで、柔らかな音が広がる。Robin Pecknoldの声は落ち着いており、アルバム全体を振り返るように響く。コーラスや楽器は過度に盛り上がらず、静かな光の中で曲を閉じていく。
歌詞では、岸辺、光、時間、感謝、再生が暗示される。本作で歌われてきた死者への追悼、過去との距離、信頼への問い、季節を通過する感覚が、最後に「岸」というイメージへ集約される。ここでの岸は、終点であると同時に、新しい出発点でもある。
「Shore」は、アルバムの結論として非常に美しい。大きな答えを出すのではなく、静かにたどり着いた場所を示す。Fleet Foxesはここで、喪失を抱えたまま生きるための、穏やかな希望を提示している。
総評
『Shore』は、Fleet Foxesのキャリアにおいて最も明るく、感謝に満ちたアルバムである。しかし、その明るさは単純な楽天性ではない。Robin Pecknoldは本作で、死、孤独、過去、信頼への不安、自己の季節といった重いテーマを扱いながら、それらを光の中へ置き直している。『Shore』は、悲しみを否定するアルバムではなく、悲しみを抱えたまま世界の美しさを見直すアルバムである。
音楽的には、Fleet Foxesの特徴であるハーモニーとアコースティックな響きが、過去作よりも軽やかに開かれている。デビュー作の森のような荘厳さ、『Helplessness Blues』の哲学的な深み、『Crack-Up』の複雑な構成を受け継ぎながら、本作ではそれらがより穏やかな流れの中に配置されている。曲は緻密だが、聴き手を拒むような難解さは少ない。メロディが前面に出ており、アルバム全体に光と風が通っている。
本作の重要なテーマは、継承である。「Sunblind」では亡くなった音楽家たちへの感謝が歌われ、「Cradling Mother, Cradling Woman」では母性や音楽的な継承が示される。Robin Pecknoldは、自分が孤立した創作者ではなく、多くの声や記憶を受け継ぐ存在であることを本作で強く意識している。これはFleet Foxesの多声コーラスの美学とも深く結びついている。声は一人のものではなく、過去から現在へ、他者から自分へ、自分から次の誰かへと渡っていく。
歌詞面では、抽象的で詩的な言葉が多いが、本作では過去作よりも感情の方向が分かりやすい。「Can I Believe You」では信頼への不安が、「A Long Way Past the Past」では過去との距離が、「I’m Not My Season」では苦しい時期と自己を同一視しない視点が示される。これらは非常に現代的な慰めとして響く。特に「I’m Not My Season」は、人生の一時的な暗さを自分の本質と取り違えないための、静かな励ましになっている。
『Shore』というタイトルは、アルバム全体の構造を的確に表している。海を渡り、嵐を越え、ようやく岸に着く。しかし、その岸は完全な楽園ではない。そこには過去の記憶も、死者の声も、まだ残る不安もある。それでも、足を置く場所がある。光を浴びる場所がある。この感覚が、本作を単なる癒やしのアルバムではなく、深い再生のアルバムにしている。
日本のリスナーにとって『Shore』は、Fleet Foxesを初めて聴く入口としても適している。美しいコーラス、穏やかなサウンド、自然のイメージが分かりやすく、アルバム全体も聴きやすい。一方で、聴き込むほど、音楽的な参照、歌詞の重層性、亡き音楽家への追悼、時間と記憶のテーマが浮かび上がる。表面は明るく、内部は深い。そこに本作の大きな魅力がある。
総合的に見て、『Shore』はFleet Foxesの成熟作であり、2020年代初頭のインディー・フォークを代表する重要なアルバムである。孤独な時代に、孤独だけを歌うのではなく、他者の声、過去の音楽、自然の循環、生命への感謝を通じて、もう一度世界へ開かれることを選んだ作品である。岸辺に立ち、振り返り、そして光の方を見る。その静かな動作が、このアルバム全体を貫いている。
おすすめアルバム
1. Fleet Foxes『Fleet Foxes』
Fleet Foxesのデビュー・アルバムであり、荘厳なハーモニーと牧歌的なフォーク・サウンドによって、バンドの基本的な美学を確立した作品である。『Shore』の明るさに比べると、より森や山の中にいるような神話的な雰囲気が強い。Fleet Foxesの原点を知るために欠かせない一枚である。
2. Fleet Foxes『Helplessness Blues』
Robin Pecknoldの自己探求と哲学的な歌詞が深まったセカンド・アルバムである。個人としてどう生きるべきか、共同体の中で自分は何者なのかという問いが強く、『Shore』の成熟した感謝の感覚と比較すると、若い時期の不安と理想がよく分かる。
3. Fleet Foxes『Crack-Up』
『Shore』の前作であり、最も複雑で内省的な作品である。断片的な構成、文学的な歌詞、海や歴史へのイメージが濃く、聴きやすさよりも密度を重視している。『Shore』の開放感を理解するためには、この前作の緊張を知ることが重要である。
4. Brian Wilson『Smile』
多声コーラス、光に満ちたメロディ、アメリカ音楽への深い愛情という点で、『Shore』と強く響き合う作品である。Fleet Foxesのハーモニーや陽光感の背景にあるBeach Boys的な美学を理解するうえで重要である。
5. Grizzly Bear『Veckatimest』
2000年代インディー・フォーク/チャンバー・ポップの重要作であり、緻密なハーモニー、複雑なアレンジ、自然と都市の間にあるような音響が特徴である。Fleet Foxesよりもやや室内楽的で陰影が強いが、インディー・フォークを高度なアンサンブルへ発展させた点で関連性が高い。

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