1. 歌詞の概要
「Shark(シャーク)」は、Throwing Musesが2003年にリリースしたセルフタイトル・アルバム『Throwing Muses』(通称:2003年作)に収録された楽曲であり、バンドの復活と再構築を象徴するような、鋭利で挑発的な一曲である。この曲は、語り手の内部にうごめく攻撃性や緊張感、衝動性をそのまま具象化したような歌詞とサウンドで構成されており、Kristin Hershの持つ“静かな狂気”が極めて鮮やかに表現されている。
「Shark」は、自己防衛的であると同時に攻撃的でもある。“サメ”という存在は、狩る者であり、海という見えない世界を漂いながらも、鋭く獲物を探す生き物である。語り手はその“サメ”を自分に重ねているようであり、あるいは自分の周囲にいる“捕食者たち”を指しているようにも読み取れる。どちらにせよ、この曲が描くのは、感情の深海での闘争である。
2. 歌詞のバックグラウンド
2003年、Throwing Musesは実に9年ぶりとなるオリジナル・アルバムをリリースした。その背景には、Kristin Hershのソロ活動と、バンドの不定期な休止があったが、このセルフタイトル作品は、それらを経て成熟した彼女の表現の集大成であるとも言える。
「Shark」は、収録曲の中でも特に短く、激しく、まるでインタールードのような緊張感を持つ楽曲で、1分半ほどで一気に駆け抜ける。このコンパクトな構成の中に、Hershは圧縮された怒りと挑発、自己認識の鋭利な断面を詰め込んでいる。これこそが、彼女の最大の持ち味――「説明するより、感情の一撃で語る」スタイルの体現である。
当時のインタビューでも、Hershは“Shark”という言葉に「見えない攻撃性」や「予測不能な恐怖」といったイメージを託していたと語っており、この曲は単なる動物的比喩ではなく、感情の深層に潜む“理性の欠片”を歌っているとも言える。
3. 歌詞の抜粋と和訳
Shark in the black water
Wait for me, wait for me
黒い水に潜むサメ
待っていて、待っていてくれI never sleep, I never sink
I don’t blink
私は眠らない 沈まない
瞬きもしないAnd I bite clean
そして、私は一噛みで終わらせる
※ 歌詞引用元:Genius – Throwing Muses “Shark”
この歌詞は非常に短く、しかし一語一語が研ぎ澄まされている。語り手は、自分を“サメ”に見立てることで、捕食する側=強者のイメージをまといながらも、どこかで“誰かに見つけられたい”という感情を秘めているように感じられる。
「眠らない」「沈まない」「瞬きしない」というフレーズは、自らの覚醒状態を強調しているようであり、同時に“休むことが許されない存在”としての孤独もにじませている。
4. 歌詞の考察
「Shark」は、Throwing Musesが一貫して描いてきた“心の深海”を象徴する一曲である。この曲における“サメ”は、単なる危険な存在ではなく、感情を守るための仮面でもある。傷つかないように、沈まないように、常に泳ぎ続け、目を閉じずに周囲を見張る――そんな自己防衛的な存在が“私”として語られる。
特に「And I bite clean(私は一噛みで終わらせる)」という一節は、傷を引きずるのではなく、切り離すことで前に進むという“凛とした暴力性”を表している。これは、Hershの持つ“弱さの中の強さ”という詩的信条そのものであり、彼女の詞世界の中でもひときわ研ぎ澄まされた瞬間である。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Missed by PJ Harvey
追いかけることで失われていく関係性への怒りと諦めを、鋭く抉る名曲。 - Asking for It by Hole
視線と支配、同意と暴力をテーマにした挑発的なグランジ・アンセム。 - Tombstone by Throwing Muses
同アルバムからの姉妹曲のような、死と祈りが交差する静かな告白。 - Your Ghost by Kristin Hersh
亡霊のように心に残る誰かを思い出しながら、静かな狂気を語るソロ代表作。 - Shark Smile by Big Thief
事故と愛、死と執着を詩的に交錯させた“静かなる激情”。
6. 感情の捕食者として:Throwing Musesの“サメ”になるという選択
「Shark」は、Throwing Musesが2000年代に入り、再び鋭利な感情の表現へと回帰した象徴的な曲である。短く、激しく、そして明確に。Kristin Hershはここで、自らを“サメ”に例えることで、感情の浮遊と衝突、そしてそれを生き抜くための本能をさらけ出している。
この曲にあるのは、“闘うこと”ではない。“生きること”そのものの戦いであり、眠らず、沈まず、常に誰かの気配を探している存在――
それが「Shark」の中の“私”なのである。
コメント