
発売日: 2021年10月8日
ジャンル: ハートランドロック、ブリットポップ、インディーロック、ポストブルース
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概要
『Seventeen Going Under』は、イギリスのシンガーソングライター Sam Fender が発表した2作目のスタジオ・アルバムであり、青年期の痛みと怒り、そして家族や社会との関係性を、激しくも繊細に掘り下げた傑作である。
前作『Hypersonic Missiles』が社会の問題を広く見渡す視座を持っていたのに対し、本作はより個人的な視点から、“17歳から大人になっていく過程の傷と成長”を描き出す。アルバムタイトルは、そのまま“沈んでいく17歳”という自己喩的な言葉であり、内面の混乱と現実社会の困難が交錯する時期を見つめたセルフポートレートでもある。
ブルース・スプリングスティーンを彷彿とさせるハートランドロック的なスケール感に加え、リリックはより鋭く、社会保障制度や男性のメンタルヘルスといったトピックにも深く踏み込んでおり、現代イギリスに生きる“声なき人々”の代弁者としてのフェンダーの姿がより明確に浮かび上がる。
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全曲レビュー
1. Seventeen Going Under
表題曲にして本作のテーマのすべてが凝縮された1曲。十代の怒り、無力感、母への共感と無理解の混在。ギターの駆け上がりと叫びのようなサビが胸を突く。UKロック史に残るアンセム。
2. Getting Started
自己肯定感の欠如と、何者にもなれない若者の苛立ち。ノースイーストの空気を纏った乾いたバンドサウンドと、歯ぎしりするようなリリックが印象的。
3. Aye
政治とメディアへの不信をテーマにしたスローグルーヴ。重たいリズムと低音域の歌声で、フェンダーの怒りがじわじわと沁み込んでくる。
4. Get You Down
自己否定と愛情表現の不器用さが描かれる。過去のトラウマが現在の恋愛に影を落とすという、男性的感情表現の不自由さに向き合う楽曲。
5. Long Way Off
喪失感を静かに描くバラード。リヴァーブの効いたギターと、訥々とした語り口が、海辺の街に暮らす孤独な青年像を浮かび上がらせる。
6. Spit of You
父親との関係をテーマにした、涙腺直撃の名曲。“君は俺に似ている”という皮肉混じりの言葉の中に、愛憎の全てが込められている。リリックとアレンジの完璧な融合。
7. Last to Make It Home
疲れた夜の帰路、誰かを想う気持ちと孤独が溶け合うスロー・ナンバー。フェンダーのボーカルが最も繊細に響く一曲。
8. The Leveller
歴史的文脈を含んだ政治批判ソング。過去と現在が折り重なるようなリリックは、シンプルながらメッセージ性が強い。
9. Mantra
愛と痛みを同時に語るサイケ調バラード。反復される“Mantra(マントラ)”という言葉が、不安を振り払うような呪文にも聴こえる。
10. Paradigms
時代や社会の“型”に押し込められる違和感と、その中で見つける希望の予感を描いたトラック。フェンダーの声が最も自由に響く。
11. The Dying Light
アルバムラストを飾る、死や終わりと向き合う楽曲。だがその中には確かに希望があり、再生の兆しすら感じさせる。静かなカタルシスが広がる。
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総評
『Seventeen Going Under』は、Sam Fenderが自分自身と向き合い、内側にある怒りや優しさ、喪失と希望を誠実に言葉にした、現代の青春ロックの金字塔である。
彼は“世代の語り手”であると同時に、“個の物語を通じて社会を語る者”でもあり、このアルバムはその両面性をもっとも雄弁に、そして痛切に響かせている。
ロックという形式に寄りかかるのではなく、それを通して“語られなかったものを語る”勇気ある試みが、この作品の核心なのだ。
Sam Fenderは、ただ歌うのではない。存在の重さを、そのまま音にしているのだ。
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おすすめアルバム(5枚)
- Bruce Springsteen『The River』
家族と社会、個と歴史を繋ぐアメリカンロックの教科書。 - Phoebe Bridgers『Stranger in the Alps』
静けさと崩壊の間にある、痛みと観察力。 - Fontaines D.C.『Skinty Fia』
現代的パンク×政治×郷愁。若き語り手の筆致が共鳴。 - Julien Baker『Little Oblivions』
自傷と信仰、希望と破滅の同居。内面の解剖図としての音楽。 - Gang of Youths『Angel in Realtime.』
個人的神話と社会的トラウマを同時に背負うロック叙事詩。
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歌詞の深読みと文化的背景
『Seventeen Going Under』の核心は、“社会に搾取される個人の感情”にある。
たとえば表題曲では、社会保障の削減によって母親が苦しみ、それを見て育つ青年が“怒り”を言葉に変える。
それは単なる私小説ではなく、ポリティカルであり、ユニバーサルでもある。
Sam Fenderの歌詞は、文学的というより“生活的”であり、政治というより“経験”であり、誰かの特別な物語であると同時に、多くの人が心の奥に抱えている“語れなかった言葉たち”でもあるのだ。
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