Say Yes by Elliott Smith(1997)楽曲解説

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1. 歌詞の概要

「Say Yes」は、Elliott Smithのアルバム『Either/Or』(1997)のラストを飾る、彼の楽曲の中では異例ともいえるほどの“希望”が灯ったラブソングである。

それまでの彼の作品が、依存、喪失、自己破壊、拒絶といったモチーフを中心に展開されてきたことを思えば、「Say Yes」はその暗がりの中で、かすかに差し込む一条の光のように響く。
彼女が「No(ノー)」と言ったら、自分の世界は崩れてしまうかもしれないけれど、「Yes」と言ってくれたら――
その小さな一言に、彼の世界すべてが懸かっている

しかしこの曲は、決して手放しの幸福に酔いしれてはいない。
エリオットらしい“静かな不安”や“過去の痛みの影”が、楽曲の行間やメロディに潜んでおり、幸福の予感と脆さが絶妙に共存している点が、この曲を特別なものにしている。

2. 歌詞のバックグラウンド

「Say Yes」は、アルバム『Either/Or』の最後に置かれた楽曲であり、全体に広がる内省と孤独のトーンの中で唯一の“愛への希望”を描いた作品である。

当時のElliott Smithは、インディーレーベルKill Rock Starsからのリリースで一定の評価を得ながらも、精神的には依然として不安定であり、孤独や依存といった問題を抱えていた。
『Either/Or』というタイトル自体が、スウェーデンの哲学者キルケゴールの著書から取られており、“選択”と“存在のあり方”という主題が、アルバム全体を貫いている

そのなかで「Say Yes」は、ひとつの明確な選択肢――「Yes」と言うかどうか、つまり希望を信じるか否か――を問いかける楽曲として、まるでアルバム全体の出口のように位置づけられている。

演奏は非常にシンプルで、アコースティックギター一本と彼の囁くような歌声のみ。
このミニマルな編成が、曲の親密さや、**“手のひらにそっと乗るような幸福の儚さ”**を際立たせている。

3. 歌詞の抜粋と和訳

引用元:Lyrics © Sony/ATV Music Publishing LLC

I’m in love with the world through the eyes of a girl
Who’s still around the morning after

― 僕は世界に恋してる、その子の目を通して
彼女は夜が明けても、まだそばにいてくれる

We broke up a month ago
And I grew up, I didn’t know

― 僕たちは一ヶ月前に別れた
でも僕は成長したんだ、それまで知らなかった

I’d be around the morning after
― 僕も、夜が明けてもここにいるなんてね


I’m thinking it’s a sign
That the freckles in our eyes are mirror images
And when we kiss, they’re perfectly aligned

― 僕はこれが運命のしるしだと思ってる
君と僕のそばかすは、鏡写しのように同じで
キスをすると、ぴったり重なるんだ


Situations get fucked up
And turned around sooner or later

― 物事はだいたい壊れる
いつだって、どこかでひっくり返るものなんだ

I could be another fool
Or an exception to the rule

― 僕はただの馬鹿かもしれないし
もしかしたら例外かもしれない

You tell me that you love me
So I say yes

― 君が僕を愛してると言ってくれたから
だから僕は「うん」って答えるんだ

4. 歌詞の考察

「Say Yes」は、小さな愛の芽生えに全身で希望を託すような、内向的なロマンティシズムを描いた楽曲である。

歌詞には、これまでに失われた関係や過去の痛みがさりげなく滲んでいる。
「We broke up a month ago(僕たちは一ヶ月前に別れた)」という過去形と、「I’m in love with the world(世界に恋してる)」という現在形が同居していることが、時間のねじれと感情の揺らぎを象徴している。

特に印象的なのは、「Situations get fucked up and turned around sooner or later(物事はたいてい壊れる)」というライン。
このフレーズは、幸福の予感を自ら否定するようにも聞こえるが、その直後に「You tell me that you love me, so I say yes(君が僕を愛してるって言ったから、僕は“Yes”って言う)」と続く。

つまりElliott Smithはここで、壊れることが分かっていても、なお愛することを選ぶ
それは信仰に近い行為であり、“希望を持つ”ということの不安定さと勇気の両方を歌っているのだ。

この「Yes」は、未来を保証するものではない。
だがその「Yes」があるだけで、世界が一瞬、信じられるものに変わる――この曲は、その“かすかな奇跡”をそっと描き出している。

5. この曲が好きな人におすすめの曲

  • First Day of My Life by Bright Eyes
    愛の始まりと、それがもたらす世界の変化を穏やかに描いたアコースティック・ラブソング。

  • Lua by Bright Eyes
    深夜の孤独と、誰かと共にいることの痛みと温かさ。Elliottの美学と重なる静かな名曲。

  • To Be Alone with You by Sufjan Stevens
    親密さと信仰の狭間を漂う、内省的な愛の歌。囁くような歌声と静けさが「Say Yes」と共鳴する。

  • In the Aeroplane Over the Sea by Neutral Milk Hotel
    壊れそうな恋と記憶の断片を、神話のような比喩で包み込んだポストフォークの傑作。

6. “壊れることを知っていても、それでも言う、Yes”

Elliott Smithの「Say Yes」は、彼の作品の中では例外的に明るいトーンを持つが、その明るさは**“希望の光”というより、“絶望の中で選び取る小さな信念”**のように思える。

それは「何も信じられない世界で、あなたの言葉だけは信じてみる」という、ぎりぎりの信頼であり、だからこそ深く胸を打つ。

この曲には、幸福を歌うというより、「幸福を信じようとする行為」そのものの尊さが込められている。
それは、壊れることを知っていても、傷ついた過去を抱えたままでも、誰かの「Yes」に賭けてみる――そんな勇気に満ちた“ささやかな革命”なのだ。

「Say Yes」は、囁くようにして私たちに伝える――“信じることは難しいけれど、無理じゃないよ”と。

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