発売日: 2019年9月6日
ジャンル: シンセポップ、インディーポップ、オルタナティブロック
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概要
『Saves the World』は、ロサンゼルス拠点のクィア・トリオ、MUNAが2019年にリリースした2作目のフルアルバムであり、自己救済と感情の解体、そして再構築のプロセスを音楽として昇華させた作品である。
前作『About U』では、失恋や痛み、クィアとしての孤独が中心に描かれていたが、『Saves the World』ではその視点がより自己の内部に向けられ、癒しや赦し、自己認識の複雑さを深く掘り下げている。
タイトルの「世界を救う（Saves the World）」とは、社会全体の変革ではなく、“自分自身を救うことが、世界を少しだけマシにする”という、極めてパーソナルなメッセージである。
それは、自分の弱さや傷を隠すのではなく、正面から見つめ、それを「語る」ことで世界に何かを与えるという信念の表れなのだ。
音楽的には、80s風のシンセポップと現代的なエレクトロニック・サウンド、さらにはロック的なエモーションが融合し、ドラマティックかつ包容力のある構成が際立っている。
本作ではプロダクションも洗練され、リリックと音の呼応がより一層緻密になっている。
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全曲レビュー
1. Grow
短く神秘的なイントロトラック。
「私たちは傷つくことで育つ」という本作のテーマを象徴する静かな序章。
2. Number One Fan
MUNA流の自己肯定ソングにして、リードシングル。
「I’m gonna be my number one fan」というリリックは、セルフヘイトとセルフラブの狭間で揺れる自己認識をユーモラスかつ切実に描く。
クラブで踊れる強さと、内面の傷の両方が共存する傑作。
3. Stayaway
キャッチーなメロディと切実なリリックの対比が印象的。
「あなたから離れたいのに、離れられない」という感情を、繰り返しのビートに乗せて高揚感と共に歌い上げる。
恋愛中毒的なテーマに、自己制御の苦しさが滲む。
4. Who
関係の中で自分が「誰だったのか？」という問いを繰り返すバラード。
サウンドはミニマルで、ボーカルの脆さが際立つ。
恋愛のなかで輪郭を失う自己の不安定さが、美しくも痛ましい。
5. Navy Blue
静謐でセンチメンタルな一曲。
「ネイビーブルー」という色が、憂鬱や深海のような情緒を象徴しており、リリックは詩的かつ内省的。
ピアノとシンセの織りなす空間が非常に繊細である。
6. Never
淡々としたリズムに乗せて語られる失望と再起。
「もう信じない、でも歩き続ける」という姿勢がにじむ。
MUNAの持つ“冷静な感情”の美学が際立つ。
7. Memento
過去の記憶＝Mementoを通じて、癒えない傷と向き合う一曲。
抑制されたビートと断片的なメロディが、思い出の不確かさを表現している。
“記憶”に呑まれながらも、それを音楽として再編する勇気の歌。
8. Pink Light
恋人との別れを受け入れた直後の情景を、ピンク色の光という視覚的イメージで包むバラード。
別れの中にある静かな希望と決意が、心をじんわりと温める。
9. Hands Off
感情と身体の境界をテーマにした、力強いプロテスト・ソング。
「私の身体に勝手に触るな」という明確なメッセージが込められており、フェミニズム的な視点が濃く出た楽曲。
攻撃性よりも冷静な確信が力を持つ。
10. Good News (Ya-Ya Song)
一見明るい曲調に見えて、内容は“希望”に対する懐疑と皮肉。
「良いニュースなんて、ただのノイズかもしれない」というひねた視点が心地よい。
社会の情報過多と感情麻痺への批評性を感じさせる。
11. Taken
“Taken＝所有されること”をテーマに、恋愛の中での自立と依存の境界を探る。
サウンドは軽快だが、歌詞は非常に重層的。
「私はあなたのものじゃない」という静かな宣言。
12. It’s Gonna Be Okay, Baby
約5分に及ぶ大団円的トラック。
語りかけるようなボーカルと緩やかな展開で、まるで“未来の自分に宛てた手紙”のような構成。
混乱の先にある「なんとかなる」という自己慰撫の美しさが、静かに響く。
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総評
『Saves the World』は、前作『About U』の“他者との関係”というテーマから、“自己との関係”へと大きく舵を切った作品である。
このアルバムが描くのは、完璧な自己ではなく、「壊れながら、なんとか立ち直ろうとする人間の姿」であり、そのリアリズムが極めて現代的であり、誠実である。
感情の起伏はあるが、全体を通してトーンは落ち着いており、「絶叫」ではなく「囁き」で語りかけてくる。
それゆえに、このアルバムは何度も聴くたびに深く染み込んでくるタイプの作品と言える。
音楽的には、前作以上にミニマリズムと構造美が重視されており、余白の美しさや、言葉の“間”が光る。
特にボーカルの抑揚のコントロールとサウンドの呼吸感は、MUNAが本当に“音楽家”であることを証明している。
『Saves the World』は、誰かの“人生の谷間”に寄り添うことのできる稀有なポップ・アルバムである。
それは「世界を救う」というより、「その夜をなんとかやり過ごすための音楽」なのだ。
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おすすめアルバム（5枚）
- Julien Baker『Turn Out the Lights』
自己救済と内省の繊細な描写において強く共鳴する作品。 - Lorde『Melodrama』
感情の起伏とパーソナルな成長を音楽的ドラマに昇華した名盤。 - Maggie Rogers『Heard It in a Past Life』
失われた自我とその回復をポップで描いた感情的かつ理知的なアルバム。 - Halsey『Manic』
多面的な自我と感情の揺らぎをポップとオルタナティブで描く野心作。 - Florence + The Machine『How Big, How Blue, How Beautiful』
苦しみからの再生と、自分自身との対話という大テーマを扱った詩的作品。
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7. 歌詞の深読みと文化的背景
『Saves the World』のリリックは、自己愛・依存・記憶・ジェンダー・身体性といったテーマを通して、極めて現代的な“自己理解”のプロセスを描いている。
たとえば「Number One Fan」は、セルフケアの時代における“自分を好きになること”の困難さと必要性をアイロニカルに語り、「Hands Off」では身体的同意や境界の重要性を、決して過激にならず冷静に提示する。
また、LGBTQ+としての当事者性は、直接的なスローガンではなく、日常の中の感情や会話にさりげなく織り込まれている。
それにより、MUNAの音楽は“政治的”である以前に、まず“人間的”である。
本作は、クィア・ポップというジャンルを超えて、「いまを生きるすべての人のためのリカバリー・アルバム」として記憶されるべき作品である。
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