発売日: 1996年9月2日
ジャンル: オルタナティブ・ロック、インディー・ロック、エクスペリメンタル・ポップ、アート・ロック
『Saturnalia』は、The Wedding Presentが1996年に発表した5作目のスタジオ・アルバムであり、
バンドの創造性が極限まで研ぎ澄まされ、“自己崩壊と再構築の美学”が最も強く現れた実験的作品である。
アルバムタイトルの“Saturnalia(サトゥルナリア)”は古代ローマの祭礼に由来し、
日常が逆転し、秩序が崩れ、すべてが一時的に自由になる――その不安定さと狂気が本作全体を覆っている。
前作『Watusi』でポップサイドを見せた後、
The Wedding Presentは再び深く複雑な音楽性へと沈潜。
ノイズ、スロウネス、即興性、変拍子、語りといった手法を取り入れながら、
恋愛・崩壊・内面の混乱と再生を、より抽象的かつ知的に描いたサウンドアートへと変貌している。
全曲レビュー
1. Venus
タイトル通り、愛と女神をめぐる神秘的で不穏なオープニング。
不協和なギターと浮遊感あるヴォーカルが、関係の始まりに潜む不安と憧れを象徴する。
2. Snake Eyes
タイトで攻撃的なサウンドが印象的な楽曲。
サイコロの“スネーク・アイズ”=最悪の出目をタイトルに持ち、
運命の皮肉と恋愛のリスクゲーム性を鋭利に描く。
3. Kansas
アメリカ中部の広大さをメタファーに使い、距離と疎外感を歌うミッドテンポ・ナンバー。
Gedgeのヴォーカルがこれまでになく抑制的で、空虚な風景のなかで言葉だけが漂っていく。
4. Dreamworld
夢のような音像の裏に、不穏なノイズが忍び寄る構成。
甘く幻想的な旋律と、“夢を見ることの代償”を思わせる悲哀が同居する佳曲。
5. Skin Diving
スロウで沈んだトーンのまま進行する、感情の深海への潜行。
ギターはまるで水中で揺らめく光のようにたゆたう。
6. Reel Around the Fountain(The Smithsカバー)
※実際にはこのアルバムには収録されていないが、同時期にライブで取り上げられていた。
もし収録されていたならば、“恋の繰り返し”という永劫性のテーマが重層的に響いただろう。
7. 2, 3, Go
リズミカルなポストパンク調トラック。
しかしテンポの軽快さとは裏腹に、関係性のコントロール不能なスピード感と破綻へのカウントダウンを感じさせる。
8. Stop Thief!
最も直接的で破壊的なギターチューン。
“泥棒!”という叫びが、愛を奪われた者の怒りと虚無を体現する。
パンク的エネルギーと内的崩壊が交差する名曲。
9. Saturn Reminded Me of You
タイトル曲に近い存在。
土星=冷たく孤独な惑星のイメージと、かつての恋人の記憶が重なる詩的なバラード。
宇宙的な距離感と、個人的な痛みが共振する一曲。
10. Flask
即興的な構成と実験音響が特徴のトラック。
恋愛の“容器”としての関係性が歪むイメージが描かれる。
11. Olympus
ギリシャ神話的メタファーが再び登場。
関係の高みからの転落、神から人間への回帰をテーマにしているように感じられる。
12. Catwoman (Reprise)
『Watusi』収録曲の再構築バージョンとも言える。
同じモチーフを異なるテンションで再演することで、“記憶の変質”を聴かせる。
総評
『Saturnalia』は、The Wedding Presentというバンドが**“恋愛の解体と再構築”というテーマを、音楽的にも徹底的に突き詰めた**唯一無二の作品である。
感情はここで単なる叫びではなく、構造として、言葉の断片として、リズムの歪みとして現れる。
アルバム全体が、理性の崩壊と欲望の漂流を描いた小説のように連なっている。
その難解さゆえにリスナーの間でも賛否は分かれたが、
現在ではThe Wedding Presentの最も実験的で、最も過小評価された傑作として再評価が進んでいる。
おすすめアルバム
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Radiohead / Amnesiac
構造と感情の破片を織り交ぜた実験的ポップ。 -
Slint / Spiderland
沈黙と歪みの狭間に潜む語りのロック。 -
PJ Harvey / Is This Desire?
神話的比喩と恋愛崩壊をミステリアスに描いた名作。 -
Arab Strap / Philophobia
性愛と退廃、冷めた情熱のポストロック・ドキュメント。 -
Bark Psychosis / Hex
都市と内面の不安を音響的に綴ったスローアートの金字塔。
特筆すべき事項
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本作をもって長年のメンバーだったギタリストSimon Cleaveが離脱。バンドは一時解散状態へ。
“Saturnalia=終末の祭り”というタイトルは、まさにバンドの一つの終焉を象徴していた。 -
一部楽曲では、David Gedgeがスポークン・ワードや不定形なメロディラインを導入しており、
のちのプロジェクトCineramaへの布石ともなる試みが始まっている。 - 長らくライヴで演奏されることが少なかったが、現在では**“熱狂の外側にある、成熟したThe Wedding Present”を示す作品**としてファンの支持を集めている。
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