アルバムレビュー:Safe as Milk by Captain Beefheart and His Magic Band

Spotifyジャケット画像

発売日: 1967年9月**
ジャンル: ブルースロック、ガレージロック、サイケデリック・ロック


“安全なミルク”の中に毒を——ブルースを解体し、新たなロックを孕んだ異端の出発点

『Safe as Milk』は、1967年にリリースされたCaptain Beefheart(キャプテン・ビーフハート)ことドン・ヴァン・ヴリートの記念すべきデビュー・アルバムであり、
ブルースロックの枠を飛び越え、サイケデリックとアヴァンギャルドの要素を融合させた“異端の胎動”として、60年代後半のアメリカ音楽シーンに強烈な衝撃を与えた。

当時まだ20歳のライ・クーダーがギターで参加しており、アレンジの洗練と演奏の暴力性が奇妙に同居しているのも本作の魅力の一つ。
ヴァン・ヴリートの奔放で濃密なヴォーカルと詩的言語が、ブルースの形式に“ねじれ”と“狂気”を加え、
その後の『Trout Mask Replica』へとつながるBeefheartワールドの第一章を提示している。


全曲レビュー

1. Sure ‘Nuff ‘n Yes I Do

デルタ・ブルースを変異させたようなオープニング。
スライドギターとミシシッピ風リズムを基盤にしつつも、キャプテンの声がその正統性を打ち砕く。
古典をなぞりながら、完全に別の次元へ誘う導入部。

2. Zig Zag Wanderer

ガレージロックのグルーヴ感とゴスペル風コーラスが印象的な一曲。
“ジグザグに彷徨う者”というタイトルが示すように、方向性の読めなさと爆発寸前のエネルギーが交差する。

3. Call on Me

比較的メロディアスなソウル・ナンバー。
ヴァン・ヴリートのヴォーカルが情熱と荒々しさを同時に孕みながら、“頼ってくれ”と懇願する。
Beefheart流バラードの原型。

4. Dropout Boogie

ファズギターとファンクネスが共存する、危うさを帯びたグルーヴ。
“ドロップアウト”=社会の外側からの視点が、ロックへの反抗とともに響く。
アウトサイダーたちへの賛歌でもある。

5. I’m Glad

本作中もっとも異色なスウィート・バラード。
キャプテンが珍しくストレートに“愛”を語るが、その裏に不穏な哀愁が漂う。
ファルセットとコーラスが60sソウル風で、逆に異質さが際立つ。

6. Electricity

本作のハイライトにして、Beefheart初期の最重要曲。
テルミンのうねり、クーダーの鋭利なスライドギター、そしてキャプテンの“叫びではない叫び”が炸裂する。
アトランティック・レコードが契約を拒否した理由とも言われる、あまりに前衛的な一曲。

7. Yellow Brick Road

皮肉と幻覚が同居する、不安定なポップソング。
『オズの魔法使い』の象徴を借りながら、幸福と狂気の間をジグザグに揺れる。
構成の巧みさが光る佳曲。

8. Abba Zaba

アフリカン・ビートと子供じみたナンセンス詩、奇怪なコード進行が融合するBeefheart美学の象徴。
まさに“原始未来音楽”とも言うべきトラックで、ファン人気も高い。
奇声とフレーズがアシッドのように耳に残る。

9. Plastic Factory

工場労働者の視点から語られる、機械化社会への不満と疲労をブルース形式で描く。
重たいグルーヴが体感的な重労働を感じさせる。
社会批評と音楽的挑発が一致した名曲。

10. Where There’s Woman

ジャズ的な要素とミステリアスな展開を併せ持つ、エキゾチックな小品。
ヴァン・ヴリートの“女神観”のようなものが詩に現れているが、その表現はやはり一筋縄ではいかない。

11. Grown So Ugly

ロバート・ピート・ウィリアムズのブルースのカバー。
Beefheartによる変換を受けて、原曲の悲哀がより野性的・暴力的に描き直される。
ブルースとプリミティヴィズムの見事な交差点。

12. Autumn’s Child

アルバムのラストにふさわしい、ビート詩とジャズロックが交錯する幻想的なエピローグ。
季節、愛、時間といったテーマが、自由奔放な構成の中で浮遊する。


総評

『Safe as Milk』は、ブルースの型を借りながら、その内部から“ロックという形式”を壊しにかかる最初の一撃である。
その“ねじれた構成”“歪んだ情熱”“制御されない声”の数々が、
やがて『Trout Mask Replica』というモンスターへと育っていくことを思えば、
この作品は異端児がまだ“言葉を喋っていた頃”の記録とも言える。

だが、それでも“常識の外”にいることには変わりない。
このミルクはたしかに“安全”ではない。
むしろ、すべてを変えてしまう“音楽的な異物”である。


おすすめアルバム

  • Frank Zappa『Freak Out!』
     ビーフハートの盟友ザッパによる異端ロックの先駆け。
  • The Mothers of Invention『Absolutely Free』
     社会批評と音楽的混沌の融合。異常性の美学が近似。
  • The Red Krayola『The Parable of Arable Land』
     ガレージと前衛の混合物。初期サイケの暴走機関。
  • Pere UbuThe Modern Dance
     ポストパンクにおけるBeefheart的アブストラクトの継承。
  • Tom Waits『Swordfishtrombones』
     ブルースを解体し、奇妙な声と楽器で再構築した80年代の鬼才作。

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