1. 歌詞の概要
「Roses(ローゼズ)」は、The Chainsmokers(ザ・チェインスモーカーズ)が2015年にリリースした楽曲であり、フィーチャリング・ボーカルにはニューヨーク出身のシンガーソングライター、ROZES(ローゼズ)を迎えて制作された。
彼らが本格的にエモーショナルな方向へ舵を切りはじめた初期の代表曲であり、クラブミュージックとしての中毒性を保ちながらも、恋愛の繊細な感情をじっくりと描き出している。
歌詞の内容は、関係の始まりに感じる高揚感と、それが壊れてしまうかもしれないという不安との間で揺れる感情を繊細に表現している。「君を手放したくない。でも君がいなくなってしまうかもしれない」というジレンマの中で、語り手は言葉にならない“気持ち”を、ただそばにいることで伝えようとする。
物語性のあるリリックは少ないが、その分ひとつひとつの言葉が感情の奥深くから引き出されており、恋人同士が共有する“静かな瞬間”の美しさを繊細に描き出している。サウンドはEDMでありながら、むしろドリームポップやR&Bに近い情緒的なアプローチが光っている。
2. 歌詞のバックグラウンド
「Roses」は、The Chainsmokersが『#SELFIE』のコミカルなイメージから脱却し、本格的なアーティストとしての成長を見せた転機の作品である。この曲で彼らは、いわゆる「フェス向けEDM」ではなく、“感情を表現するポップソング”としてのスタイルを確立した。
制作はメンバーのアンドリュー・タガートとROZESの共作によるもので、わずか1日で書き上げられたという。アンドリューはこの楽曲で初めてボーカルパートの一部を担当し、ROZESの透き通った声とのコントラストが、曲全体に絶妙なバランスをもたらしている。
彼らは本作で「心の内側を描くことが、必ずしも激しいサウンドでなくてもできる」と証明してみせた。ミニマルでメロウなビート、空間の余白を生かした構成、シンセの暖かい広がりなど、すべてが“近くにいるけど届かない距離”を音楽で表現することに貢献している。
この曲の成功をきっかけに、The Chainsmokersは『Closer』や『Paris』といった内省的なヒット曲を次々と生み出していくことになる。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下に、「Roses」の印象的なフレーズを抜粋し、日本語訳を添えて紹介する。
引用元:Genius Lyrics – Roses
“Taking it slow, but it’s not typical”
ゆっくり進んでいるけど、これは普通の関係じゃない
“He already knows that my love is fire”
彼はもう知ってる/私の愛は燃えてるって
“His heart was a stone, but then his hands roam”
彼の心は石みたいだったけど、彼の手がさまよい出した
“I’m afraid that everything will disappear”
すべてが消えてしまいそうで怖いの
“So I’m gonna give you something to hold on to”
だからあなたに、つかめるものを渡しておくわ
これらの歌詞からは、始まりかけた恋の熱と、終わってしまうかもしれない不安が同時に感じられる。恋の高揚と恐れ、それがまるで“バラ”のように美しくも危ういことを、詩的かつストレートに描いている。
4. 歌詞の考察
「Roses」は、“言葉ではなく感情で繋がる”というテーマを軸に展開されている。語り手たちは、お互いの存在を完全には信じきれないまま、それでも「そばにいたい」「気持ちを形にしたい」と願っている。その象徴として登場するのが「バラ=Roses」である。
バラは美しく、情熱的な象徴である一方で、棘があり触れる者を傷つける存在でもある。まさに、恋愛そのものの象徴と言えるだろう。語り手は、自分の中にある愛が“火”のように激しく、“石”のような相手の心を溶かしてしまうかもしれないという予感に怯えながらも、それでも引き寄せられていく。
また、この曲では「未来」や「過去」について多くは語られず、“今この瞬間”に焦点が当てられている。愛は続くかもしれないし、明日には終わるかもしれない。それでも「今、気持ちを伝えたい」という衝動がすべてを駆動している。この“刹那を愛する姿勢”が、R&Bのような官能性とEDMの高揚感を融合させた独特のテンションを生み出している。
曲の構成もまた、静かなボーカルから始まり、徐々にビートが加わり、ドロップで感情が溢れるように展開していく——まるで内に秘めた感情が抑えきれなくなり、音となって飛び出してくるような構造である。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- “Stay” by Zedd & Alessia Cara
時間を止めたいと願う二人の切なさが、「Roses」と共鳴する。 - “All We Know” by The Chainsmokers ft. Phoebe Ryan
恋の終わりを受け入れきれず、それでも歩み続ける二人を描いた一曲。 - “Electric” by Alina Baraz ft. Khalid
愛の官能と柔らかさをドリーミーなサウンドで包み込んだエレクトロポップ。 - “Habits (Stay High)” by Tove Lo
恋の喪失から逃れるために自分を麻痺させる姿が切実に描かれている。 - “Runaway (U & I)” by Galantis
恋愛にすべてを投げ出すような、自由と衝動の賛歌。
6. 感情を音で描く革命:The Chainsmokersの分岐点としての「Roses」
「Roses」は、The Chainsmokersにとって単なるヒット曲ではない。それは彼らのアーティスティックな方向性を決定づけた「感情の革命」の出発点であった。
それまでのEDMが、爆発的なドロップやパーティ感を主軸にしていたのに対し、「Roses」は“内面”に焦点を当て、「静かな爆発」を実現した。そこには音で語る感情、沈黙の中に宿る愛、そして語りきれない思いが溢れていた。
だからこそ、この曲はクラブだけでなく、深夜の部屋や孤独な通勤時間にも響いた。
リスナー一人ひとりの“誰にも言えない恋の記憶”を呼び覚まし、それぞれの“バラ”を咲かせたのだ。
「Roses」は、EDMがただ踊るための音楽ではなく、“感じるための音楽”にもなり得ることを証明した。そしてそれは、The Chainsmokersがこの先生み出していく全ての感情的ポップソングへの、最初の扉となったのである。
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