発売日: 2002年4月23日
ジャンル: ドリームポップ、インディー・ロック、スロウコア
概要
『Romantica』は、Lunaが2002年にリリースした6作目のスタジオ・アルバムであり、バンド後期における音楽的円熟と穏やかな官能性を封じ込めた、静かなる“夜のロマンス”の記録である。
前作『The Days of Our Nights』(1999)から3年ぶりとなる本作は、初めて全面的にバンド内でセルフ・プロデュースされ、サウンド的にはこれまでのドリームポップ路線を継承しつつ、
よりミニマルで洗練された音像、そしてブリタ・フィリップスのコーラスが際立つ構成が特徴である。
“Romantica(ロマンチカ)”というタイトルが示す通り、このアルバムは愛と幻滅、優しさと距離、詩情とユーモアが絶妙に混ざり合う、Lunaならではの恋愛小説的アルバムとなっている。
全曲レビュー
1. Lovedust
穏やかなギターのアルペジオと、ディーン・ウェアハムの囁くようなヴォーカルが印象的なオープニング。
“愛の塵”という比喩に、記憶の残滓としてのロマンスが重ねられる。
2. Weird and Woozy
タイトル通り、酩酊感と奇妙さをたたえたミッドテンポのナンバー。
都会の夜にまどろむような浮遊感が心地よい。
3. Black Champagne
本作のハイライトのひとつ。
“黒いシャンパン”という象徴が、甘美で危うい恋の予感を表す。
ブリタのヴォーカルが映える官能的な楽曲。
4. Swedish Fish
遊び心のあるタイトルに反して、メロディはどこか寂しげ。
キャンディのような存在に対する淡い恋心がにじむ。
5. Renée Is Crying
フレンチ・ポップのような感傷的なサウンドと、冷静な観察者としての語り口が融合する美しいバラード。
6. Beegee’s Number
Bee Geesへの直接的言及はないが、甘くソウルフルなコード進行が印象的なラブソング。
匿名の愛の記憶を想起させるトーン。
7. Black Postcards
後にディーンの自伝のタイトルにもなる、Luna屈指の名曲。
短いフレーズの反復とモノクロームな叙情性が、失われた関係への静かな手紙として響く。
8. Ginger Snaps
軽快なテンポと口ずさみやすいメロディ。
“ジンジャースナップ”という甘くスパイシーなお菓子が、過去の甘酸っぱい記憶の象徴に。
9. 1995
アルバム中唯一、特定の過去(=『Penthouse』期)を回想するような楽曲。
自己引用的な構造を持ち、ファンにとっては感慨深い一曲。
10. Rememories
造語的タイトルが示すように、“記憶の反響”のようなスロウバラード。
語られない想いと、音にならなかった言葉たちが、残響として漂う。
総評
『Romantica』は、Lunaというバンドが怒りや苦悩とは無縁なまま、愛の余白や沈黙を音にした成熟のアルバムである。
ここではすべてが低温で語られ、語りすぎず、語らなさすぎず、ちょうどいい“感情の中間地帯”が保たれている。
恋愛も人生も、真実よりも“記憶の中でどう響くか”に価値を見出すような、メタロマンス的な叙述がLunaの音楽的到達点と呼べる。
これはもはやインディー・ロックではなく、“感傷の形式”そのものとしての音楽だ。
『Romantica』は、あらゆる別れと出会いの瞬間に、静かに寄り添ってくれる作品なのである。
おすすめアルバム
- Dean & Britta / L’Avventura
本作のロマンティックな感性がそのまま引き継がれた、夜のためのデュエットアルバム。 - The Clientele / Suburban Light
都市の輪郭と感情のぼやけを詩的に描く、英国版Lunaとも言える名作。 - Mazzy Star / Among My Swan
繊細さと距離感、美しさと痛みを同時に奏でる女性ボーカル・ドリームポップの極北。 - Kings of Convenience / Quiet is the New Loud
静寂の美学と恋の細部へのフォーカスという意味で、Lunaと親和性が高い。 - Yo La Tengo / And Then Nothing Turned Itself Inside-Out
静けさと熟成が溶け合った、00年代のインディー・ロックにおける大人の名盤。
ファンや評論家の反応
『Romantica』は、リリース当時から“Lunaの最も甘美で繊細な作品”として好意的な評価を受け、
“90年代ドリームポップの最後の輝き”とも称された。
PitchforkやAllMusicでは「日常の中にあるロマンスを抽象化した傑作」「静かに息をするようなアルバム」と評され、
特に「Black Postcards」や「Lovedust」はファンの間で長く愛されている。
この作品は、愛しさと苦さのあいだで揺れる夜にこそ、もっともよく響く。
それこそが、Lunaというバンドの最も深い魔法なのだ。
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