アルバムレビュー:Rid of Me by PJ Harvey

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発売日: 1993年5月3日
ジャンル: オルタナティヴ・ロック、ノイズロック、ポストパンク


剥き出しの叫びと囁き——PJ Harveyが“女”であることを解体した音の告白

1993年、PJ Harveyはセカンド・アルバムRid of Meをリリースし、
その鋭利で暴力的なサウンドと、冷ややかで官能的なヴォーカルによって一躍“90年代UKロックの異端的存在”としての地位を確立した。

本作は、Steve Albini(スティーヴ・アルビニ)による生々しい録音が最大の特徴であり、
ギター、ベース、ドラム、そして声——そのすべてが削ぎ落とされ、極限まで引き伸ばされたテンションの中で鳴り響く。
ここには、プロデュースされた“美しさ”や“聴きやすさ”はない。

むしろ、Rid of Meは徹底して「不快」で「居心地が悪い」。
だがその不快さこそが、PJ Harveyというアーティストの身体と声による“抗議”なのだ。
愛、性、暴力、服従、支配——女性であることの痛みと欲望を、彼女は剥き出しの音楽で語ってみせた。


全曲レビュー:

1. Rid of Me

囁き声から始まり、突如としてノイズと絶叫が爆発する、衝撃的なオープニング。
「私を振り払ってみなさいよ(Rid of me)」という挑発は、被支配からの逆転を意味する暴力的な自立宣言でもある。

2. Missed

ミニマルで無機質なリズムの上に、喪失感と自己嫌悪がにじむ。
「あなたを逃した(missed)」という言葉には、哀しみよりも悔しさが滲む。

3. Legs

官能と嫌悪が混じり合う、息を呑むような緊迫感。
ギターのノイズと囁くような歌声が、身体性とトラウマを呼び起こす。

4. Rub ‘Til It Bleeds

繰り返されるリフと「血が出るまで擦る」という生々しいリリック。
愛や欲望が“痛み”と完全に同義となっている。

5. Hook

スピード感あるロカビリー調の変則トラック。
滑稽なテンションと暴力的な言葉の落差が、逆説的なユーモアを生む。

6. Man-Size Sextet

ストリングスをフィーチャーしたバロック調の異色曲。
女性の身体と“男らしさ”の境界を破壊的に問い直す。

7. Highway ’61 Revisited

ボブ・ディランの名曲を、鋭利なパンク・ブルースに解体して再構築。
Harveyの声が、新たな怒りと冷笑を吹き込む。

8. 50ft Queenie

アルバム中でもっとも攻撃的でキャッチーなナンバー。
「私は15メートルのクイーニーよ!」と叫ぶHarveyは、自らを巨大化し、男たちを見下ろす。
フェミニズム的アイロニーとパフォーマンスが融合した代表曲。

9. Driving

アコースティック主体の短い曲。
だが、その優しさの中にある冷たさは、むしろ他の曲以上にぞっとする。

10. Ecstasy

感情が押し殺されたような歌唱と、緩やかにうねるバンドサウンドが特徴。
喜びではなく、無感情の中にある快楽という、奇妙な感情を映し出す。

11. Snake

曲名通り、にょろにょろと這うようなリズムと、攻撃的なギターが支配する。
性的なメタファーがむき出しで、Harveyの語り口はあくまで冷酷。

12. Man-Size

男性性に対する反抗とパロディ。
「男サイズの私」は、社会が定義する“女性らしさ”を拒否する、ラディカルなアンセム。

13. Dry

前作のタイトル曲をここで再録。
乾いた感情、不感症、愛の機能不全を鋭利に描く名曲。

14. Me-Jane

ターザンとジェーンの神話を逆転させた寓話的トラック。
ジェーンはもはや“ついていくだけの存在”ではない。

15. Snake (Reprise)

短く不穏な再提示。
感情が一度再起動するような、不気味な締めくくりの前奏のように機能する。

16. Rid of Me (Demo)

オリジナルとは別音源で、制作の痕跡を感じさせるヴァージョン。
より生々しく、より脆く、それゆえに強い。


総評:

Rid of Meは、PJ Harveyというアーティストが「女性であること」と「人間であること」を暴きながら、音楽を通じて肉体と言葉を再定義したアルバムである。

この作品には“聴きやすさ”も“救い”もない。
だが、痛みを語ることこそが力であるという確信に満ちている。

ここでHarveyは、愛されるために歌っていない。
理解されるためでも、慰めるためでもない。
ただ、自らの存在を、声と音で“記録”しているのだ。
それは、叫びであり、祈りであり、抵抗である。


おすすめアルバム:

  • Sleater-Kinney / The Woods
     女性の怒りとノイズを詰め込んだ、2000年代フェミニスト・ロックの金字塔。
  • Nirvana / In Utero
     Steve Albini録音、肉体と精神の傷をさらけ出した名作。
  • Björk / Homogenic
     声とビートによる感情の彫刻、Harveyと並ぶ90年代の女性表現者。
  • Throwing Muses / University
     言語と音の断片で感情を編む、女性オルタナの先駆。
  • Cat Power / Moon Pix
     繊細と壊れやすさの極致、PJとは対照的な静かな痛みの記録。

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