発売日: 2022年10月21日
ジャンル: インディー・ロック、オルタナティブ・ロック、ポスト・パンク
概要
『Reason in Decline』は、Archers of Loafが2022年に発表した24年ぶりのスタジオ・アルバムであり、再結成後のバンドが新たに提示する“成熟した怒り”と“現代の混迷”を鋭く描き出した作品である。
1998年の『White Trash Heroes』を最後に活動を休止していた彼らは、2011年に再結成しながらも新作の発表は長らくなかった。
そんな中で届けられた本作は、単なる懐古ではなく、現代社会への批評とエネルギーを内包した新章の幕開けとして、多くのリスナーに衝撃と敬意をもって迎えられた。
音楽的には、往年のラフでローファイな質感よりも、はるかにタイトで重厚なバンドサウンドへと進化している。
それは、彼らが年齢とともにサウンドを“整える”ことを選んだというよりも、今の時代に必要な鋭さと明瞭さを選択した結果であるように思える。
タイトルが示すとおり「理性の衰退」は、このアルバムの根底を貫く主題である。
政治、分断、フェイクニュース、過剰なノイズと衝動が渦巻く現代において、何を信じ、どう生きるか。
その問いが、音の中に確かに鳴り響いている。
全曲レビュー
1. Human
再始動の狼煙を上げる鋭利なオープナー。
「人間とは何か」を短くも強烈に突きつける内容で、鋭く切り込むギターとパンキッシュなテンポが印象的。
明らかに”今の世界”を見据えたイントロダクションとなっている。
2. Saturation and Light
サイケデリックなテクスチャーを持ちつつも、メロディは非常に明瞭。
光と飽和という対立する概念を通じて、感覚過多の時代における心の鈍化と渇望を描いている。
3. Screaming Undercover
怒りを内面に潜めたまま叫ぶというタイトルが全てを物語る。
かつての“外に向けた怒り”から、“内なる叫び”へと変化した感情の成熟を感じさせる。
4. Mama Was a War Profiteer
風刺と怒りが交錯する異色の1曲。
“戦争成金”を母親に重ねる比喩は、国家と家族、戦争と日常の距離感を象徴している。
現代アメリカの暴力的現実への批評性がにじむ。
5. Aimee
エモーショナルなメロディが光るバラード寄りの楽曲。
個人の名前が冠されているが、愛の歌というよりも、喪失や記憶、そしてその不確かさが主題のように思える。
6. In the Surface Noise
“表層のノイズ”という現代社会そのものを象徴するタイトル。
情報過多の中で、何が真実で何が虚構なのか見極められない世界を、そのまま音像にしているような不穏な構成。
7. Breaking Even
一見前向きな響きだが、実際には“得も損もない”という停滞の感覚を示唆している。
諦観と淡々とした進行の中に、妙にリアルな切実さが宿る。
8. Misinformation Age
本作のハイライトともいえるナンバー。
フェイクニュース時代の病理を、皮肉と怒りで切り裂く。
「誤情報の時代」における理性の断片を拾い集めようとするような、真摯な問いかけが込められている。
9. Operative
機械的なリズムが支配する1曲で、人間性が削がれていくプロセスを描いているかのようだ。
社会の中で“機能する者=Operative”としての自分を見つめ直す視点が鋭い。
10. War Is Wide Open
アルバムを締めくくるにふさわしい、重々しくも希望のないエンディング。
「戦争は誰にでも開かれている」——つまり暴力と破壊の構造は、今やすべての人間の隣にあるという冷厳な事実。
絶望の中に、問いだけが残る。
総評
『Reason in Decline』は、再結成バンドにありがちなノスタルジーの再演ではない。
それはむしろ、過去を脱ぎ捨てた現在進行形のArchers of Loafによる、現代社会への鋭い批評と自己省察に満ちた作品である。
音楽的にはタイトで現代的なロックサウンドへと進化しており、90年代的なローファイ感覚からは明確に距離を置いている。
だが、彼らの根底にある“反抗”や“反語的ユーモア”、そして“社会に対する居心地の悪さ”は何ら変わっていない。
むしろ、その感情は年齢と経験を経てより深く、より重く、より鋭くなっている。
このアルバムは、世界が混迷を極める中で、ロックという形式がまだ何かを語り得るのかという問いに対する、ひとつの力強い答えなのだ。
「理性の衰退」をテーマにしながらも、この作品そのものが理性的な怒りと冷静な批評の塊であるという矛盾が、このアルバムを特別なものにしている。
おすすめアルバム
- Drive-By Truckers / The Unraveling
現代アメリカ社会を鋭く批評した、政治的で骨太なロック。 - Protomartyr / Ultimate Success Today
ポスト・パンクの手法で現代の不安を描き出す、同時代性の強い作品。 - The National / Sleep Well Beast
成熟したロックバンドによる内省と現代批評の融合。 - Cloud Nothings / The Shadow I Remember
パンキッシュな攻撃性と内省的な視点が共存する現代的インディー・ロック。 - Osees / A Foul Form
反抗と混沌を濃縮した短距離的ロック。Archers of Loafの初期精神との連続性あり。
ファンや評論家の反応
『Reason in Decline』は、批評家から「再結成バンドにありがちな焼き直しではなく、現代の緊張感を正面から描いた快作」として高く評価された。
PitchforkやStereogumなど主要音楽メディアでは、彼らの帰還をただの“再会”ではなく、“更新された表現”として歓迎している。
ファンの間でも、「今の時代に必要なArchers of Loaf」との声が多く、初期の粗暴なエネルギーを愛する層からも、新たな展開として受け入れられている。
SNSでは“#reasonindecline”が一時的に話題となり、特に「Misinformation Age」や「Mama Was a War Profiteer」の政治的メッセージが強く共感を呼んだ。
四半世紀を超えて蘇ったこのバンドは、過去の亡霊ではなく、今を撃つ生きた声として再び時代に爪痕を残している。
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