発売日: 2003年9月15日
ジャンル: ロック、オルタナティヴ・ロック、アートロック
現実に触れながら夢を見る——最後の“通常運転”としてのボウイ
『Reality』は、David Bowieが2003年に発表した24作目のスタジオ・アルバムであり、長らく続いた90年代以降の探求的アプローチを経て、彼が“ロック・アーティスト”としての地平に帰還した作品である。
前作『Heathen』が終末的で静謐な内省の書だったとすれば、本作はより現実的で直接的なサウンドと視点を持ち、
音楽的にも人生観的にも“地に足のついたボウイ”が描かれている。
再びプロデューサーにトニー・ヴィスコンティを迎え、全体の音像はタイトでダイナミック。
録音にはツアー・メンバーを中心とした精鋭バンドを起用し、アナログ的な肉体性とデジタル以降の感性が自然に交差している。
また、複数のカバー曲が収録されており、ボウイが音楽的ルーツや過去作に目を向けながら、同時に未来の終わりを見据えていたことがうかがえる。
本作は、ボウイが2004年の心臓発作によって長期の沈黙に入る直前に発表した“最後の通常モード”のアルバムでもある。
全曲レビュー
1. New Killer Star
皮肉なタイトルが印象的なオープニング。
核戦争とメディア消費社会を戯画化しつつ、タイトなギター・リフと明快なメロディで聴かせるロック・ナンバー。
2. Pablo Picasso
ジョナサン・リッチマン率いるModern Loversの楽曲をカバー。
ピカソという“天才”への風刺を、ボウイならではの軽妙さで再解釈。遊び心と知性が共存する好例。
3. Never Get Old
「歳を取らない」と繰り返すその裏に、加齢と死を意識した苦味が潜む。
ボウイのアイロニカルな美学がポップな形で昇華された楽曲。
4. The Loneliest Guy
極限まで削ぎ落とされたピアノとヴォーカル。
静寂と虚無の狭間にいる孤独な人物像を、まるで自画像のように描くスロー・ナンバー。
5. Looking for Water
焦燥感に満ちたビートと乾いたギター。
喪失と渇望がテーマで、現代における“救い”を求める精神の彷徨を音にしている。
6. She’ll Drive the Big Car
ニューヨークに暮らす中年女性の物語を描いた、ボウイ流短編小説的ポップス。
語り手としての視点が秀逸で、都市生活の虚無と逃避願望を静かに描写する。
7. Days
過去への穏やかな眼差しが印象的なバラード。
喪失と赦しがテーマで、これまでの人生を静かに振り返るようなトーンが漂う。
8. Fall Dog Bombs the Moon
アメリカの政治と企業構造に対するボウイらしい皮肉が込められた、ミディアムテンポの楽曲。
ポップなサウンドに対して、リリックは重く社会的。
9. Try Some, Buy Some
ジョージ・ハリスン作のカバー。
スピリチュアルで荘厳なアレンジは、原曲よりもボウイらしい“宗教性”と距離感を持って響く。
10. Reality
アルバムタイトルを冠した、快活でエネルギッシュなナンバー。
“現実”は変わり続けるものであり、それに抗うことも、受け入れることも選べる——というメッセージが宿る。
11. Bring Me the Disco King
1990年代初期から構想されていたバラード。
ジャズ的アプローチとリズムの脱構築が試みられ、アルバム中最も実験的で幽玄なトラック。
“最後のダンス”を暗示するような歌詞も含め、本作の終幕にふさわしい重みを持つ。
総評
『Reality』は、David Bowieがキャリアを通じて築いてきた数々の仮面を一度降ろし、“生身のロック・アーティスト”としての姿を鮮明に映し出したアルバムである。
ここにあるのは、再構築でも変身でもなく、過去と未来に向き合いながら“今”という瞬間を音楽に刻む姿勢だ。
音楽的には洗練されたロックをベースに、ジャズ、フォーク、カバー曲の再解釈まで、多彩だが統一感があり、
聴き手にとっても非常に“手の届く”ボウイが描かれている。
このアルバムを最後にボウイは約10年の沈黙へと入り、次に現れるのは『The Next Day』という“亡霊のような帰還”である。
だからこそ『Reality』は、“現実に向き合い続けた最後のボウイ”として、静かに、だが確かに輝き続けている。
おすすめアルバム
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The Next Day / David Bowie
10年ぶりの復帰作。『Reality』の続編とも言える構成で、過去作への自己言及が特徴。 -
Heathen / David Bowie
前作。より静かで精神的な深みを持った作品で、『Reality』との対比が美しい。 -
Blackstar / David Bowie
遺作にして最も実験的な傑作。『Reality』での“現実”が、ここでは“死”と“変容”へと昇華される。 -
You Want It Darker / Leonard Cohen
老境の芸術家が死と信仰に向き合った深遠なアルバム。『Reality』と精神的に共鳴する。 -
Mummer / XTC
現実逃避と現実受容が交差する80年代ポップの佳作。タイトル通りの“仮面”性が、ボウイ的でもある。
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