アルバムレビュー：Readymades by Chumbawamba

アルバムレビュー

2025.06.15

発売日: 2002年6月3日
ジャンル: フォークトロニカ、アコースティック・ポップ、サンプリング・ポリティカル・ポップ

概要

『Readymades』は、チャンバワンバが2002年にリリースした10作目のスタジオ・アルバムであり、
彼らの政治的メッセージと音響芸術が最も静かで美しく融合した、“静謐なラディカリズム”の結晶である。

タイトルの「Readymades」は、マルセル・デュシャンが提示した“既製品芸術”の概念を借用しており、
本作もまた、民謡や労働歌、歴史的スピーチ、古いメロディと現代のビートをコラージュする音響的レディメイド作品となっている。

1997年の大ヒット『Tubthumper』、そして実験的カットアップ・ポップの極地『WYSIWYG』を経て、
チャンバワンバはここでフォークと電子音楽のミニマリズムへと移行。
商業性をさらに後景に退け、静かに、しかし明確に“抵抗”を語る音楽へと進化した。

政治性は依然として中心にありながら、メッセージはより詩的・叙情的に、
そしてリスナーの内面へと語りかけるようなトーンを持っている。
そのため本作は、“語る”から“ささやく”へと移ったチャンバワンバの再定義ともいえる。

1. Salt Fare, North Sea
本作のオープニングにして代表曲。
北海沿岸の漁村文化と労働の誇りを、バグパイプと女性ヴォーカルの優しいハーモニーで描く。
境界を越える者たちへの賛歌でもある。

2. Jacob’s Ladder (Not in My Name)
反戦ソング。アメリカの戦争介入と、それに追従する“名もなき庶民”の苦悩が描かれる。
抑えたビートに乗せて「私の名ではやるな」と繰り返す。

3. Just Desserts
階級と報いの物語を民話的語り口で展開。
穏やかな旋律に乗せて、“小さな復讐”の肯定を静かに伝える。

4. Don’t Try This at Home
サンプリングと語りが交錯する、メディアと暴力をテーマにした小曲。
警告と誘惑が交差する構成が秀逸。

5. Without Reason or Rhyme (The Killing of Harry Stanley)
実際の警察誤射事件（ハリー・スタンリー事件）を題材にした実録バラッド。
アコーディオンと女性ボーカルが事件の悲劇性を静かに際立たせる。

6. Don’t Pass Go
『Shhh』にも収録されたトラックのアコースティック・アップデート版。
モノポリー的資本主義ゲームの皮肉を、シンプルなギターと語りで表現。

7. A Man Walks into a Bar
ブラックユーモアと現実逃避を重ね合わせた短編的楽曲。
“バーに入る男”が辿るのは、社会不安と内的崩壊。

8. Buy Nothing Day
反消費主義の讃歌。静かなリズムと広がるコーラスで、購買という行為そのものを詩的に問い直す。

9. Following You
監視社会をテーマにしたスリリングなトラック。
ミニマルビートと囁きのようなヴォーカルが、不気味な閉塞感を生む。

10. Freedom Is a Voice
声を上げることが自由の証明であるというメッセージ。
詩的だが芯の強い一曲。まさにチャンバワンバの哲学の縮図。

11. The Untraditional
伝統に偽装された抑圧に反旗を翻す、軽やかな風刺ソング。
フォークメロディの裏にある“伝統破り”の美学。

12. Here’s the Rest of Your Life
アルバムの終曲にして、人生そのものへの静かな投げかけ。
希望とも絶望とも取れる余白を残す、美しいフェードアウト。

『Readymades』は、チャンバワンバが**“声を張り上げずに革命を語る方法”を編み出した傑作**であり、
その音はかつての怒りを否定するのではなく、怒りを“伝える”手段として音楽が再構築された結果である。

ポップミュージックとしては異例の静けさ。
だがその静けさこそ、“沈黙を強いられる者の声”に最も近い音なのかもしれない。

ここにあるのは、語り、断片、記憶、土地、抵抗──それらが音楽という形で編まれた、“小さな抗議の祈り”の集積である。

『Readymades』の音楽的スタイルは、次作『Un』でさらに洗練され、
チャンバワンバはより一層“静かな反乱”の音楽へと傾斜していく。

かつて「I get knocked down」と叫んだ彼らは、今ここで、
「立ち上がるために、まず静かに耳を澄ませろ」と歌っている。
その声は、今もなお、騒がしすぎる時代の中で、最も必要とされているかもしれない。