アルバムレビュー：Reading, Writing and Arithmetic by The Sundays

発売日: 1990年1月15日
ジャンル: ドリーム・ポップ、インディー・ポップ、ギター・ポップ

概要
全曲レビュー
総評
おすすめアルバム
歌詞の深読みと文化的背景
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概要

『Reading, Writing and Arithmetic』は、The Sundaysが1990年に発表したデビュー・アルバムであり、儚さと知性が共存する、英国インディー・ポップの金字塔的作品である。

The Sundaysは、ヴォーカルのハリエット・ウィーラーとギタリストのデヴィッド・ガヴリンを中心に結成されたロンドンのバンドで、本作はマンチェスター・ムーブメントやシューゲイザーの影響を受けつつも、まったく異なる文体で時代に現れた。

本作の最大の特徴は、ハリエットの透き通るような声と繊細な英語詞、そしてアコースティックとエレクトリックが織りなす柔らかなギター・アンサンブルにある。
イギリス文学のような言葉の響きと、春の朝のように涼やかな音像は、80年代後半から90年代初頭の英国ギター・ポップの中でも特異な存在感を放った。

アルバムタイトルは「読み・書き・算数」という学校教育の基本を意味しており、日常と感受性を繊細な言葉で綴る彼らの姿勢そのものを象徴している。

全曲レビュー

1. Skin & Bones

軽やかなギターのイントロから、ハリエットの声がそっと差し込むオープナー。
“皮と骨”というタイトルは、装飾を剥ぎ取った剥き出しの感情を示唆している。

2. Here’s Where the Story Ends

本作を代表する名曲。
終わりから始まる物語という逆説的なタイトルが、青春の失われた瞬間への郷愁を静かに描く。
多くのカバーを生んだ、90年代UKポップの代表曲。

3. Can’t Be Sure

デビュー・シングルにして、インディーチャートで1位を記録。
「確かじゃない」と歌うその揺らぎは、恋やアイデンティティの不確かさを見事に掬い取る。

4. I Won

ささやかな勝利と諦めが混じるようなミッドテンポ。
“勝った”という言葉の裏に、孤独や皮肉がにじむ。

5. Hideous Towns

忌まわしい町というタイトルは、育った場所への葛藤や都会生活への距離感を示す。
軽やかなアレンジと、内向的なリリックの対比が印象的。

6. You’re Not the Only One I Know

繊細なコード進行に乗せて、優しさと突き放しが同居する歌詞が展開される。
「あなたは私の唯一の知り合いじゃない」という一言に宿る、静かな強さと哀しさ。

7. A Certain Someone

特別な“誰か”についての想像が、美しいギターと共に浮かび上がる。
具体性を避けた語り口が、普遍的な感情へと昇華している。

8. I Kicked a Boy

恋と暴力、無邪気と罪悪感。
シンプルなフレーズに内面の複雑さが詰まった、短くも深い楽曲。

9. My Finest Hour

個人的な栄光の瞬間を回想するようなリリック。
しかしその“栄光”は、決して大げさなものではなく、日常のささやかな光にすぎない。

10. Joy

ラストを飾るのは、タイトル通り“喜び”をうたう明るく爽やかな一曲。
希望に満ちた締めくくりが、アルバム全体をふんわりと包み込む。

総評

『Reading, Writing and Arithmetic』は、音楽の中に詩を持ち込み、詩の中に日常を描いたようなアルバムである。

華やかさや技巧に頼ることなく、静かで知的で、しかし決して冷たくない感性が全編を貫いている。
特にハリエット・ウィーラーの歌声は、“天使のよう”と形容されることもあるが、それ以上に人間の微細な心の揺れを音にできる希有な存在である。

このアルバムは、誰にでもある「春の終わり」「通学路」「無言のやさしさ」といった感情を静かに想起させる。
それは、ポップであると同時に文学であり、詩であり、日記のようでもある。

The Sundaysは本作によって、一時的に時代の寵児となったが、決して流行の中に溶けることなく、30年以上を経た今でも“季節の音”として聴かれ続けているのである。

歌詞の深読みと文化的背景

The Sundaysの歌詞は、ティーンエイジの孤独や、若き女性の感受性を描きながらも、決して感傷的ではない。
そこには、イギリス文学や詩の素養を感じさせる構成と語彙が散りばめられており、ハリエットの発音の美しさと相まって、まるで“朗読される詩”のようでもある。

また、80年代末から90年代初頭にかけてのイギリスは、サッチャー政権下での社会的分断と個人主義の台頭が進行していた時期。
そうした時代背景に対し、本作は静かな個人の感情とささやかな生活の美しさを取り戻す試みとしても読めるのだ。

『Reading, Writing and Arithmetic』は、そうした社会の喧騒からそっと離れ、“言葉と音と心”を丁寧に紡いだ、孤高のポップ・アルバムである。