
1. 歌詞の概要
「Can’t Be Sure」は、The Sundaysの記念すべきデビュー・シングルとして1989年にリリースされた楽曲であり、のちに彼らの名盤『Reading, Writing and Arithmetic』(1990年)にも収録された。この楽曲は、繊細なギター・アルペジオとハリエット・ウィーラーの透明な歌声によって、内省的な世界観と確かな美意識を提示した一曲である。
タイトルの「Can’t Be Sure(確かじゃない)」が示すように、歌詞の中心にあるのは“曖昧さ”や“確信のなさ”である。何を愛しているのか?自分の望みは何なのか?何を信じるべきなのか?——そうした問いに対する答えを持たずに、それでもなお日々を生きるという“現代人の感覚”が、詩的で控えめな表現の中に封じ込められている。
一見すると何気ない日常の独白のようだが、その実、自由や欲望、自己認識、そして社会への静かな反抗といったテーマが静かに渦巻いており、The Sundaysが単なるドリーミーなギターポップの枠に収まらない、深く鋭い感性を持っていたことを物語っている。
2. 歌詞のバックグラウンド
The Sundaysは1980年代末にロンドンで結成され、1989年にこの「Can’t Be Sure」でインディー・シーンに鮮烈なデビューを果たす。当時、この楽曲はイギリスの音楽メディアから高く評価され、NMEの「年間最優秀シングル(Single of the Year)」にも選ばれた。その知的で内向的な佇まいは、The Smithsの後継と評される一因ともなった。
ハリエット・ウィーラーの詞世界は、あくまで個人の目線から構築されており、政治的でも社会的でもない。しかしその分、“個人が世界に対して持つ違和感”を非常に純粋な形で表現している。曲中に現れる「I’m not sure what I love anymore(もう何を愛しているのか分からない)」という一節は、1980年代末から90年代初頭にかけての、情報や選択肢に溢れた時代の感情を象徴している。
3. 歌詞の抜粋と和訳
And did you know desire’s a terrible thing?
欲望って、恐ろしいものだって知ってた?The worst that I can find
私が知る限り、一番厄介なものAnd did you know desire’s a terrible thing?
欲望って、恐ろしいものよBut I rely on mine
でも私は、それにすがってるの
このパートでは、“欲望”に対する矛盾した感情が語られている。危うくて、厄介で、でもそれがなければ生きられない——このようなジレンマが、淡々とした語り口のなかに鮮やかに描かれている。
And I can’t be sure
だけど、私は確信が持てないI can’t be sure
確かじゃないの
この繰り返しは、自己肯定感の揺らぎや、世界の曖昧さに対する静かな抵抗を感じさせる。確信が持てないということ自体が、この楽曲における“誠実さ”であり、現代的な感受性そのものでもある。
※歌詞引用元:Genius – Can’t Be Sure Lyrics
4. 歌詞の考察
「Can’t Be Sure」がこれほどまでに心に残るのは、明確な答えや結論を提示しないからだ。この曲は、私たちが日常で抱える“微かな違和感”や“言葉にならない思い”を、そのまま肯定してくれるような佇まいをしている。
欲望を持つことの怖さと、それでもなお生きるためにそれに頼ってしまう脆さ。他者とつながりたい気持ちと、つながることの面倒くささ。愛することの喜びと、愛がいつの間にか消えてしまう恐れ——そうした複雑で相反する感情を、“確かではない”という言葉で見事に包み込んでいる。
The Sundaysの世界では、弱さは否定されるべきものではない。むしろそれは、音楽として最も豊かな表現の源泉なのである。「Can’t Be Sure」は、答えを出すための歌ではなく、“問いをそのまま抱えて生きていく”ための歌であり、それこそがこの楽曲を普遍的なものにしている理由だろう。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Ceremony by New Order
感情の深層を淡く描いた、余白の多いロック・バラード。 - The Boy with the Thorn in His Side by The Smiths
理解されない痛みと孤独を文学的に綴った名作。 - He War by Cat Power
静かで内省的だが、芯の強さを感じさせる女性の声。 - Glory Box by Portishead
愛と欲望のジレンマを退廃的に描いたトリップホップの傑作。 - Unravel by Björk
壊れていく愛を慈しむように歌う、奇跡のようなバラード。
6. “わからなさ”を肯定するインディー・アンセム
The Sundaysの「Can’t Be Sure」は、確信を持つことがもてはやされる時代にあって、「わからないこと」こそが本当の誠実さであると、そっと教えてくれる稀有な楽曲である。
この曲には、大きなメッセージもドラマチックな展開もない。だが、静かに繰り返される“確信のなさ”こそが、私たちの本音に最も近い。そしてその不安定さに寄り添ってくれるからこそ、この曲は30年以上経ってもなお、多くの人の心に“しっくり”と寄り添うのだ。
感情の輪郭がぼやけた夜、何を信じていいか分からなくなった日。そんなときに「Can’t Be Sure」が流れてくると、自分の揺らぎごと受け入れてくれるような、やさしさと切なさに包まれる。The Sundaysが初めて世界に示したこの一曲は、今も“揺らぎながら生きる”私たちにとっての、静かな灯火なのだ。
コメント