発売日: 2006年6月13日
ジャンル: オルタナティヴ・ロック、アートロック、インディーロック
別れと余白、そしてメロディ——Sonic Youthが最も“静かに美しかった”瞬間
Sonic Nurse(2004年)でノイズとポップの均衡を極めたSonic Youthは、
続く2006年の本作Rather Rippedで、さらなる内省と簡素化へと舵を切る。
ここには長尺の即興も、過剰なノイズの爆発もない。
あるのは、凝縮されたギターワークと日常の詩、そして淡い別れの予感である。
レコーディングは初期のように短期間で行われ、
ジム・オルークが去った後の4人編成に戻ったことで、
より“ソニック・ユースらしさ”が原点に近い形で表出している。
かつての暴力性はここにはない。
だが、それ以上に強い感情が、音数の少ないアンサンブルとメロディの陰影に宿っている。
Rather Rippedとは、どこか破れたような、あるいは鋭く裂かれた“穏やかな衝撃”なのだ。
全曲レビュー:
1. Reena
Kim Gordonによる明るくも憂いを帯びたオープニング。
“Reena”という名前に込められた個人的な記憶が、日差しの中に立ち上がる。
トリプルギターの透明感ある重なりが心地よい。
2. Incinerate
軽やかなギターリフと、Thurston Mooreのポップなメロディ。
“燃え尽きた恋”を語りながら、それでも柔らかい余韻を残す、
バンドの中でも屈指のキャッチーな楽曲。
3. Do You Believe in Rapture?
宗教や信仰の偽善を静かに問いかけるメッセージソング。
コードは少なく、沈黙の余白に語りが染み込む。
社会批評性と音の静謐さが高次で融合している。
4. Sleepin’ Around
ギターのうねりとラウドな展開が顔を覗かせるロックナンバー。
浮気、不安、破れた関係——日常の中の裂け目をギターでなぞるような構成。
5. What a Waste
Kimの低音ボーカルが炸裂する、パンク的な疾走感を持つ一曲。
怒りというより、虚無と皮肉が支配する都会的ディスコース。
6. Jams Run Free
ドリーミーな展開の中に、どこか儚さを漂わせるKimのヴォーカル。
“ジャムは自由に流れる”——かつてのインプロヴィゼーションの精神を詩的に再提示する。
7. Rats
Lee Ranaldoによるヴォーカル曲。
不穏なコードと語りが交錯し、都市の下層に潜む生き物のような視点を描く。
8. Turquoise Boy
本作で最も内省的かつ美しいバラード。
ギターの反復が深海のように静かで、Kimの歌声が夢の中から聞こえてくるよう。
時間が止まったかのような余韻を残す名曲。
9. Lights Out
Thurstonによる軽やかでシンプルなポップソング。
“すべての光が消えても、君のことを想う”——終末と希望の狭間で揺れるラブソング。
10. The Neutral
Kimが囁くように語る、ニュートラル=中立をめぐる小曲。
音数が極限まで絞られ、詩の余白が心に残る。
11. Pink Steam
長尺のギター・イントロに続いて、Thurstonの語りが始まる幻想的トラック。
“ピンクの蒸気”という詩的イメージが、音の中で緩やかに上昇していく。
12. Or
アルバムの幕を閉じる、まるで問いかけのようなタイトルを持つラスト曲。
未来への決断を匂わせる曖昧な言葉と、どこか閉じきらない音の輪郭が印象的。
総評:
Rather Rippedは、Sonic Youthがキャリアの終盤に辿り着いた最もコンパクトで、最もパーソナルな作品である。
それは若き日の破壊衝動とは異なる、
“失われていくものを優しく見つめるまなざし”によって生まれた音楽だ。
この作品で彼らは、“ノイズ”を爆発させるのではなく、旋律の影に静かに溶かし込む。
そうして浮かび上がるのは、成熟した都市生活者の哀しみと、
それでもなお残る美しいものへの希求なのだ。
おすすめアルバム:
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Yo La Tengo / Summer Sun
静かな光と影が揺れる、都市生活の余白を描いたサウンド。 -
Stephen Malkmus / Stephen Malkmus
90年代的ユーモアとポップの中庸を歩む、インディー後のロック。 -
Cat Power / The Greatest
繊細さとソウルの融合、女性的まなざしの成熟形。 -
The Velvet Underground / Loaded
反逆の時代を経てたどり着いたメロディと街角の叙情。 -
Sonic Youth / The Eternal
活動最後のアルバム。Rather Rippedの叙情性とノイズの総括として位置づけられる。
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