発売日: 1991年9月30日
ジャンル: シューゲイザー、オルタナティヴ・ロック、ノイズロック
概要
『Raise』は、Swervedriverが1991年に発表したデビュー・アルバムであり、ノイズと速度感に満ちたドライヴィングなギター・サウンドを特徴とするシューゲイザーの異端作である。
同時期に注目されたMy Bloody ValentineやRide、SlowdiveといったUKのシューゲイザー勢とは一線を画し、より疾走感を重視したロック的な構造がこの作品の核となっている。
オックスフォード出身の彼らは、もともとパンクやガレージ・ロックに強い影響を受けており、本作でもその荒削りなエネルギーが前面に押し出されている。
作品はCreation Recordsからリリースされ、ジャケットの赤いフレームと車のイメージも象徴的だ。
このアルバムでは、「轟音と速度」がほとんど哲学のように貫かれている。
フィードバック、リヴァーブ、ディストーションが入り乱れる中、車のエンジンのように唸るギターが全編を支配している。
当時のイギリスでは、シューゲイザーが「内省と感傷」のジャンルとして扱われがちだったが、Swervedriverはその中で「外に向かって疾走する」新たな可能性を提示した。
全曲レビュー
1. Sci-Flyer
重厚なギターのフィードバックに導かれながら始まるオープナー。
宇宙的な広がりを持つ音像と、地を這うようなベースラインが交錯し、まさに「Sci-Fi」な旅の幕開けを告げる。
2. Pile-Up
ドライブ感が前面に押し出されたトラック。
ギターが交差しながら、リズムセクションがトンネルの中を走る列車のように疾走する。
都市の喧騒とエスケープ欲をそのままサウンド化したような楽曲である。
3. Son of Mustang Ford
本作の代表曲であり、バンドのイメージを決定づけた一曲。
タイトル通り、アメリカ車文化への憧憬をギター・ノイズで描き出している。
荒野を疾走するかのようなサウンドと、陶酔的なリフが融合した名演である。
4. Deep Seat
少し沈み込むようなムードを持つ中盤のハイライト。
音の重なりと奥行きが心地よく、ボーカルが埋もれるほどにノイズが支配している。
しかしその混沌の中にも、美しい旋律が見え隠れする。
5. Rave Down
初期シングルとしても知られる本曲は、グランジやUSオルタナティヴに近い重量感がある。
「rave down」という言葉には、爆発的な熱狂とその後の失速が暗示されており、サウンドの起伏がそれを体現している。
6. Sunset
アグレッシヴな展開の中に、短い静寂が訪れる構造が印象的。
轟音の中にも余白を感じさせるアレンジは、バンドの作曲力を感じさせる一面である。
7. Feel So Real
90年代的な無常感が漂うサイケデリックなトラック。
メロディよりも質感に重きを置いた構成で、終盤のギター・レイヤーはまるでエンジンの残響のように耳に残る。
8. Sandblasted
スローでヘヴィな楽曲。
「砂に焼かれるような感覚」を意味するタイトル通り、耳をざらつかせるギターと浮遊感あるヴォーカルが対照的に共存している。
ライブでも高頻度で演奏される重要曲。
9. Lead Me Where You Dare…
エンディングにふさわしい、長尺で展開豊かなナンバー。
荒々しいギター・ワークが再び炸裂し、アルバムの余韻を爆発的に締めくくる。
リスナーを「どこまでも走らせる」かのような強引なエネルギーが宿っている。
総評
『Raise』は、シューゲイザーというジャンルに対して「速度」「衝動」「物理的な迫力」という新たな解釈を与えた特異な作品である。
My Bloody Valentineの『Loveless』が「夢を見るアルバム」なら、本作は「夢から覚めて爆走するアルバム」なのだ。
音のレイヤーは緻密でありながら、ドラムとギターの物理的な重さが常に前面に出ているため、リスナーはノスタルジーではなく「現在進行形の興奮」に没入することになる。
また、「車」や「逃走」といったモチーフが全体を通して反復されており、聴く者に「都市からの脱出」「自由の体現」という象徴的な体験を与える。
こうしたテーマの統一感も、アルバムとしての完成度を高めている要素のひとつである。
シューゲイザーのファンにとってはもちろん、オルタナティヴ・ロックやグランジを好むリスナーにとっても新鮮な体験となるはずだ。
おすすめアルバム
- My Bloody Valentine / Loveless
轟音と甘美なメロディの極北。シューゲイザーの金字塔。 - Ride / Nowhere
よりメロディックで内省的なシューゲイザーの代表作。 - Dinosaur Jr. / Green Mind
Swervedriverのルーツとも言えるUSオルタナの名盤。 - Sonic Youth / Goo
ノイズとアート性の融合。都市的なサウンドの原型。 - The Jesus and Mary Chain / Psychocandy
ポップとノイズの危ういバランス。Swervedriverに先立つ爆音美学。
制作の裏側(Behind the Scenes)
本作は、Thames ValleyにあるJam Studiosなど複数のスタジオで録音され、プロデュースはバンド自身とAlan Moulderが担当した。
MoulderはMy Bloody ValentineやRideなどのミックスでも知られる名エンジニアであり、本作でもギター・レイヤーの整理と空間構築において重要な役割を果たした。
ギターにはGibson SGやFender Jazzmasterが用いられ、ディストーションペダルはBig MuffやRatなどが多用されたとされる。
バンドはレコーディングの際、「あえて音が潰れる瞬間」を探るようなスタンスで臨み、轟音とメロディの共存を追求したという。
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