
発売日: 2012年4月30日
ジャンル: インディー・ロック、アメリカーナ、フォーク・ロック
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概要(約1000文字)
『Radlands』は、英国インディー・ロック・バンド、Mystery Jetsが2012年に発表した4作目のスタジオ・アルバムである。
それまでのロンドン的シーン感覚から大きく舵を切り、アメリカ南部の土の匂いと広がる空気を抱えた音楽世界を描き出した作品だ。
タイトルは“Badlands(荒地)”をもじった造語であり、“Rad”=“radical(過激)”と“radical love(根源的な愛)”の二重の意味を込めている。
制作はテキサス州オースティン近郊に構えた自作スタジオ“Radlands Ranch”で行われた。
フロントマンのBlaine Harrisonは、当時アメリカ文化に深く傾倒しており、ボブ・ディラン、ザ・バンド、ニール・ヤングといったアメリカーナの伝統を自分たちの言葉で再解釈した。
結果として『Radlands』は、英国バンドがアメリカ神話へと接近しながらも、どこか皮肉で夢想的なトーンを保つ、独特のハイブリッド作品となった。
サウンド面では、カントリー調のギターやピアノに加え、電子的な処理やブリティッシュ・ポップ的なハーモニーも共存。
古いアメリカ音楽への憧れと、英国特有の風刺精神が交錯する構造は、単なる模倣を超えた新鮮な響きを生んでいる。
前作『Serotonin』(2010)のロマンティックで都会的なポップ路線から、よりナチュラルで牧歌的な表現へ移行した点は、バンドの成熟を象徴している。
また本作を最後に、共同創設メンバーであったKai Fish(ベーシスト)が脱退しており、Mystery Jetsにとっての一つの時代の終わりも告げる作品でもあった。
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全曲レビュー
1曲目:Radlands
乾いたアコースティック・ギターとハーモニカが導入を飾る。
アメリカの荒野を彷彿とさせるサウンドと共に、“夢と現実の狭間に生きる放浪者”の物語が始まる。
2曲目:You Had Me at Hello
キャッチーでメロウなミドルテンポ。
恋の始まりと終わりを同時に回想するような甘苦しさが漂う。
Blaine Harrisonの柔らかい声が、切なさの中に温もりを残す。
3曲目:Someone Purer
アルバムのハイライト。
“より純粋な誰か”を求める魂の叫びが、壮大なギター・アンサンブルとともに広がる。
牧歌的な旋律と都会的な洗練が融合する、Mystery Jetsの代表曲のひとつ。
4曲目:The Ballad of Emmerson Lonestar
架空の人物“エマーソン・ローンスター”を主人公にした寓話的ナンバー。
カントリー・ロックのリズムにのせて、アメリカの荒野と人間の孤独を描く。
5曲目:Greatest Hits
軽快なポップ・ロック調の曲。
かつての恋人との思い出を“グレイテスト・ヒッツ”に喩える皮肉なユーモアが効いている。
6曲目:The Hale Bop
ディスコ風のベースと軽やかなハーモニー。
アルバムの中でも異色の、ダンサブルで近未来的な雰囲気を持つ。
7曲目:Take Me Where the Roses Grow
穏やかなカントリー・バラード。
“バラの咲く場所へ連れていって”という詩的な願いが、死と救済のイメージに重なる。
8曲目:Sister Everett
宗教と信仰をテーマにした楽曲。
牧師の娘エヴァレットというキャラクターを通して、愛と信仰の矛盾を描き出す。
9曲目:Lost in Austin
タイトル通り、オースティンでの制作体験を反映した自伝的トラック。
異国での孤独や文化の違いをユーモラスに表現している。
10曲目:The Nothing
ゆったりとしたテンポで幕を閉じる終曲。
存在の虚無、喪失、そして再出発への余韻を残す静謐なバラードである。
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総評(約1200〜1500文字)
『Radlands』は、Mystery Jetsが“ロンドンの外側”へ出た作品であり、同時に内面的な旅の記録でもある。
アメリカ南部での滞在という地理的変化が、音楽的にも精神的にもバンドに新しい地平をもたらした。
カントリーやフォークの影響は顕著だが、それらは決して模倣ではなく、異国の地で自分たちのアイデンティティを探す試みとして機能している。
「Someone Purer」に象徴されるように、本作には“浄化”や“赦し”といったスピリチュアルな要素が通底している。
都市生活における虚無や倦怠から離れ、自然や信仰に再接続しようとする意志が音楽の底に流れているのだ。
同時に、「Greatest Hits」や「Lost in Austin」では、ユーモアとアイロニーが顔をのぞかせる。
つまり、『Radlands』は真面目すぎず、どこか演劇的な軽やかさを持っている。
この“軽やかな信仰心”こそ、Mystery Jetsというバンドの持ち味であり、彼らが他のUKインディー勢と異なる点である。
サウンドの質感はアナログ的で、温度感が高い。
ドラムやギターの録音は空気をたっぷり含み、オースティンの乾いた風景を思わせる。
その一方で、英国ポップらしいコーラス・アレンジやメロディ・センスが確固として存在し、イギリスとアメリカの文化が見事に融合している。
この“二重性”は、まさにタイトルが示す「Radlands(過激で荒れた土地)」という概念そのものなのだ。
本作はリリース当時、賛否を呼んだ。
従来のポップ志向を好むファンからは“土臭すぎる”との声もあったが、批評家筋からは“バンドの成熟を示す一作”として高く評価された。
今聴くと、2010年代初頭の“インディー・ロックの拡散期”を象徴するドキュメントでもある。
当時、イギリスの多くのバンドがアメリカーナやルーツ・ロックを取り入れたが、『Radlands』ほど誠実にそれを自分たちの文体へ落とし込んだ作品は少ない。
Mystery Jetsはこの作品で、単なるUKインディーの枠を超え、“どこにも属さない音楽”を獲得したと言えるだろう。
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おすすめアルバム(5枚)
- Serotonin / Mystery Jets
都会的ポップから『Radlands』への橋渡しとなる前作。 - Curve of the Earth / Mystery Jets
『Radlands』の精神的続編とも言える2016年作。より内省的で宇宙的。 - Cassadaga / Bright Eyes
ルーツ・アメリカーナと内省性の融合という意味で通底する。 - Modern Vampires of the City / Vampire Weekend
宗教的モチーフと文化的距離感の融合。英国的アイロニーとの共通点も多い。 - The Band / The Band
アメリカ南部の伝統音楽を再定義した永遠の原点。
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歌詞の深読みと文化的背景
『Radlands』の歌詞には、放浪、信仰、愛、そして“自己の再発見”というモチーフが繰り返し現れる。
「Someone Purer」はその代表例であり、都会の虚無から抜け出し、より純粋な生き方を求める魂の告白である。
一方で「The Ballad of Emmerson Lonestar」や「Sister Everett」では、アメリカ南部文化に根差す宗教や寓話を通じて、人間の矛盾を描き出す。
つまり本作は、外的な“アメリカ紀行”であると同時に、内的な“精神のロードムービー”なのだ。
また、2010年代初頭のイギリスにおいて、若いバンドが“アメリカーナ”に向かうこと自体がひとつの現象だった。
Mystery Jetsはその流れの中で、ポーズではなく誠実な表現を提示し、イギリス人がアメリカ神話をどう再構築するかという文化的対話を実践した。
『Radlands』はその試みの成功例として、今も独自の輝きを放っている。
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ビジュアルとアートワーク
ジャケットは、砂漠の夕暮れを思わせる暖色系のトーンで統一され、荒野の中で静かに立つ人影が印象的である。
その佇まいは、都市の喧騒を離れ、自分自身と向き合う“巡礼者”のようでもある。
音楽と視覚が完全に呼応した、美しいロードトリップ・アルバム――それが『Radlands』なのだ。



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