
発売日:2016年1月15日 ジャンル:Indie Rock / Psychedelic Rock / Alternative Rock
概要
Mystery Jetsの5作目となるCurve of the Earthは、初期のひねりの効いたインディーロックから、より大きなスケールを持つサイケデリック/プログレッシブなロックへ踏み込んだ作品である。前作Radlandsではアメリカーナやカントリーロックの要素を取り入れていたが、本作ではその乾いた感触から離れ、シンセサイザー、長く伸びるギター、厚いコーラスを重ねながら、宇宙的な広がりを感じさせる音へ向かっている。
制作の中心となったのは、ロンドン北西部の使われなくなったボタン工場を改装したバンド自身のスタジオである。外部のスタジオで短期間に録音する方法ではなく、自分たちの場所で演奏や音色を試せる環境を作ったことが、アルバムのゆったりした曲構成にもつながっている。3〜4分のポップソングを次々に並べるより、一曲の中で静かな導入から大きなクライマックスまで時間をかけて進む曲が増えた。
一方で、Mystery Jetsらしいメロディの親しみやすさが消えたわけではない。複雑な展開を持つ曲でもボーカルの旋律には明確な輪郭があり、巨大な音像と個人的な感情が並んでいるところが本作の特徴だ。宇宙や時間を連想させるイメージが頻繁に現れるものの、そこで扱われるのは人間関係、喪失、記憶、変化といった身近な問題であり、壮大なサウンドと内側へ向いた歌詞の距離がアルバム独特の感触を作っている。
全曲レビュー
1. 「Telomere」
静かな電子音とボーカルから始まり、少しずつ楽器を積み上げて巨大なロックサウンドへ変化していくオープニング曲。タイトルのテロメアは染色体の末端にある構造を指し、生命や時間というアルバムの大きな視野を最初から示している。ヴァースでは声の周囲に広い空間を残す一方、後半ではギター、ドラム、コーラスが一斉に広がり、個人的な問いが宇宙規模へ拡大したように聞こえる。以前のMystery Jetsに多かった軽快な導入とはかなり異なり、本作の音の大きさと長い呼吸を最初の一曲で明確にする。
2. 「Bombay Blue」
細かなリズムと滑らかなベースの上を、ギターやシンセサイザーが漂うように進む。前曲の重量感に対して演奏には柔らかな動きがあり、一定のビートを保ちながら周囲の音だけが少しずつ形を変えていくため、景色の中を移動しているような感覚が生まれる。ボーカルも力を押し出すよりメロディを長く伸ばし、音の層に溶け込む歌い方だ。サイケデリックな装飾を使いながらポップソングとしての輪郭は崩さず、本作の実験性と親しみやすさがうまく釣り合っている。
3. 「Bubblegum」
アルバムの中では比較的コンパクトで、Mystery Jetsのポップバンドとしての強みが前に出た曲である。明るく弾むメロディに対してギターやシンセには少し霞んだ質感があり、単純に快活な曲にはならない。甘さを連想させるタイトルとも重なる軽やかな響きの裏側に、関係が永続するとは限らないという不安定さを感じさせるのが面白い。長い展開を持つ前後の曲の間に置かれることで、アルバムの流れを一度軽くする役割も果たしている。
4. 「Midnight’s Mirror」
ゆっくりとしたテンポを利用して、一つの感情を時間をかけて膨らませるバラードである。ピアノを中心とした静かな部分ではボーカルが近く聞こえるが、曲が進むにつれてギターやコーラスが加わり、後半には視界が急に開けたような大きな音へ到達する。夜や鏡というイメージは、自分自身や過去と向き合う状況として読むことができ、歌詞の内向きな視線とアレンジの拡大が対照的だ。静けさからクライマックスを作る本作の方法が、とりわけ分かりやすく現れている。
5. 「1985」
タイトルが示す過去への視線を、単純な懐古ではなく、現在から記憶を見直すような感覚へ変えた曲。柔らかな鍵盤やギターを重ねた前半から次第に演奏が大きくなり、一つのポップソングの中に複数の場面が連続しているような構成を取る。メロディには1970年代のプログレッシブロックやサイケデリックロックを思わせる広がりもあるが、演奏技術を見せること自体が目的ではなく、感情の変化に合わせて曲の景色を変えていく。アルバム中盤で本作の長編志向を最もはっきり感じさせる一曲だ。
6. 「Blood Red Balloon」
前半の壮大な曲群から少し距離を取り、リズムの動きと鮮やかな音色を前面に出す。ギターは巨大な壁を作るより細かなフレーズを差し込み、ベースとドラムが曲を前へ押すため、アルバム後半に入ってテンポ感が戻ってくる。タイトルにある赤い風船という具体的で強い視覚イメージも、宇宙や時間といった抽象的な題材が多い本作ではよく目立つ。明るく聞こえる表面と、その下に残る不安や喪失感の組み合わせによって、単純な息抜きにはならない。
7. 「Taken by the Tide」
水や潮の流れを思わせるタイトル通り、一定方向へ進むというより、押し寄せては引いていくように強弱を変えるアレンジが中心となる。抑えたヴァースでは声と楽器の間に余白があり、音数が増える部分では歪んだギターとドラムがその空間を埋めていく。自分の意思だけでは止められない変化に巻き込まれていく感覚として歌詞を読むことができ、サウンドの膨張と収縮がその感覚を補強する。後半へ向けてアルバムを再び暗い方向へ動かす曲でもある。
8. 「Saturnine」
低い位置で鳴る楽器と抑制されたテンポによって、前曲まで以上に陰影の濃い空間を作る。「saturnine」という言葉が持つ陰気さや沈んだ気分とも重なるように、メロディには簡単には解消されない緊張が残されている。派手なサビを早く提示するのではなく、反復する演奏の中で少しずつ音を厚くしていくため、聴き手は長い時間をかけて曲の内部へ引き込まれる。終盤にこの重い曲を配置することで、次の最終曲が単なる華やかなフィナーレにならない土台を作っている。
9. 「The End Up」
最後はピアノとボーカルを軸にした穏やかな始まりから、バンド全体を使った大きな終結へ向かう。題名自体が「最終的にどこへ行き着くのか」という感覚を含み、それまで繰り返されてきた時間や変化への視線を、人間の生活に近いところへ戻しているように聞こえる。演奏は徐々に密度を増すが、単純に音量を上げるだけではなく、声や楽器の重なりを増やすことでクライマックスを作る。本作で何度も使われた「小さな音から巨大な空間へ」という構成を最後にもう一度示し、余韻を残してアルバムを閉じる。
総評
Curve of the Earthで大きく変わったのは、Mystery Jetsが曲の長さや構成を以前ほどポップソングの定型に合わせなくなったことである。ヴァースからサビへ素早く進むだけでなく、一つのフレーズを反復しながら楽器を足し、数分かけてクライマックスを作る。その結果、個々のメロディだけでなく「どの音がいつ入ってくるのか」が曲の魅力として強く意識されるようになった。
その方法は、サイケデリックロックやプログレッシブロックの語彙と相性がよい。シンセサイザーの長い音、残響を深くかけたギター、複数の声を重ねたコーラスによって実際の演奏空間よりはるかに広い場所を想像させながら、中心には覚えやすい歌のメロディが置かれている。複雑さを演奏技巧の誇示へ向けず、あくまで歌を大きく見せるために利用している点が、このアルバムを聴きやすくしている。
歌詞についても同様で、科学や宇宙、時間を連想させる言葉はスケールが大きいものの、そこで描かれる感情はもっと身近だ。人との距離が変わること、過去が現在の自分に残っていること、自分では制御できない変化を受け入れることなどが、巨大なサウンドの内側に置かれている。語り手の個人的な感情をそのまま小さく描くのではなく、周囲の景色を大きくすることで逆に人間の小ささを感じさせるところに、本作の歌詞とアレンジの接点がある。
弱点を挙げるなら、静かな導入から音を重ねて大きな終盤へ向かう展開が複数の曲で使われるため、アルバム後半では構成上の驚きが薄れる瞬間もある。それでも「Bubblegum」や「Blood Red Balloon」のような軽快な曲を途中に置き、全編を長大なロック曲だけで固めなかったことで流れは保たれている。初期のMystery Jetsが持っていた変則的なポップ感覚を捨てるのではなく、それをより広い音響と長い曲構成へ移した作品であり、バンドの中期以降を理解するうえで大きな転換点となったアルバムである。
おすすめアルバム
Radlands by Mystery Jets
直前作でありながら、本作とはかなり手触りが違う。アメリカーナやカントリーロックに近い乾いたギターを中心としており、そこからCurve of the Earthの厚く広がるサウンドへ移った変化を比較しやすい。
Twenty One by Mystery Jets
初期Mystery Jetsのポップな側面を知るならこの作品。複雑なアイデアを短い楽曲へ詰め込む作りが中心で、長い時間を使って展開するCurve of the Earthと聴き比べると、バンドの作曲法の変化がよく分かる。
The Dark Side of the Moon by Pink Floyd
広い音響空間の中で時間や人間の生を扱い、個々の曲をアルバム全体の流れへ組み込む方法に共通点がある。Mystery Jetsの本作に見られるサイケデリックで壮大なロックを、より古い時代の作品からたどる際の一枚となる。
Lonerism by Tame Impala
サイケデリックロックの音色を現代的な録音感覚で組み直した同時代の代表的作品。Tame Impalaの方がリズムとスタジオ加工への比重は大きいが、霞んだシンセやギターの向こうに強いポップメロディを置く点は本作とも響き合う。
A Moon Shaped Pool by Radiohead
本作と同じ2016年に発表され、ロックバンドの編成を基礎にしながら、残響、鍵盤、重なり合う音によって広い空間を作った作品である。Radioheadの方がより抑制的で暗いが、派手なギターだけに頼らずアレンジそのものから感情の起伏を作る方法を比較できる。

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