
発売日:2016年6月17日
ジャンル:インディー・ロック、オルタナティヴ・ロック、インディー・ポップ、エモ、シンガーソングライター、ローファイ
概要
Mitskiの『Puberty 2』は、2016年にDead Oceansから発表された通算4作目のスタジオ・アルバムであり、彼女のキャリアを決定的に押し上げた重要作である。前作『Bury Me at Makeout Creek』で、Mitskiはそれまでの室内楽的・ピアノ中心の作風から離れ、ギター、ベース、ドラムを軸にしたインディー・ロックへ大きく接近した。『Puberty 2』はその方向性を受け継ぎながら、より多彩な音響、より明確なポップ感覚、そしてより複雑な心理描写を備えた作品である。荒々しいギター・ロック、シンセの冷たい反復、ドリーム・ポップ的な浮遊感、ローファイな親密さが共存し、Mitskiのソングライティングが一段と立体的になったアルバムといえる。
タイトルの『Puberty 2』は、直訳すれば「思春期2」である。思春期とは、身体と感情が急激に変化し、自己像が不安定になり、他者との関係の中で自分の輪郭を探す時期を指す。しかし本作が描くのは、十代の成長物語ではない。むしろ、大人になってもなお続く第二の思春期、つまり社会的には成熟を求められながら、内面では欲望、孤独、嫉妬、自己嫌悪、愛されたいという願いに揺さぶられ続ける状態である。Mitskiはここで、成長を直線的なものとして描かない。人は年齢を重ねても、同じ不安を別の形で繰り返し、愛や幸福を求めながら、それに耐えられない自分自身に直面する。
本作の核心にあるのは、幸福への不信である。代表曲「Happy」では、幸福が擬人化され、訪れては去っていく存在として描かれる。幸福は安定した状態ではなく、一時的に身体に入り込み、後には汚れや空白を残して消えるものとして表現される。この視点はアルバム全体に通底している。Mitskiの歌において、幸福、愛、成功、親密さは、単純に望ましいものではない。それらは確かに求められるが、手に入った瞬間に失われる恐怖を伴い、自分がそれにふさわしくないのではないかという疑念を呼び起こす。『Puberty 2』は、幸福を求めるアルバムであると同時に、幸福を信じられないアルバムでもある。
キャリア上の位置づけとして、『Puberty 2』はMitskiがインディー・ロックの枠内で広く批評的評価を獲得し、次作『Be the Cowboy』でのさらなる飛躍へ向かうための決定的な作品である。『Bury Me at Makeout Creek』が荒削りなロック・アルバムとして感情を直接的に噴出させていたのに対し、『Puberty 2』ではその感情がより精密に構成されている。曲は短く、無駄が少なく、メロディと言葉の焦点が鋭い。だが同時に、音響面ではより広がりがあり、ギターの歪みだけでなく、シンセサイザーやリズムの変化によって、感情の揺れが多角的に表現される。
音楽的には、1990年代インディー・ロックやエモ、ローファイ、オルタナティヴ・ロックの影響を受けつつ、Mitski独自の演劇的な構成感が強く表れている。Pixies的な静と動のコントラスト、PJ Harveyに通じる身体性、Liz Phair以降の女性の私的語り、St. Vincentのような構築的なポップ感覚、そして日本の歌謡曲にも通じる旋律の強さが、Mitskiの音楽では独特に組み合わされる。特に本作では、ギター・ロックの荒さと、シンセ・ポップ的な冷たさが共存しており、感情の生々しさと音響の人工性がぶつかり合う。
歌詞面では、恋愛、孤独、アイデンティティ、自己価値、移民的な疎外感、女性として見られることへの疲労、そして欲望の扱いが重要なテーマとなる。Mitskiは感情を直接説明するだけでなく、それを身体、物、場所、動作に置き換える。「洗濯機」「炎」「月」「犬」「木曜日の少女」「花火」といったイメージは、単なる詩的な装飾ではなく、感情が具体的な世界に現れる瞬間として機能する。『Puberty 2』は、非常に個人的なアルバムでありながら、感情の構造を明確に捉えることで、多くのリスナーに共有可能な作品となっている。
全曲レビュー
1. Happy
オープニング曲「Happy」は、本作のテーマを最も鮮やかに提示する楽曲である。タイトルは単純に「幸福」を意味するが、Mitskiはこの曲で幸福を安定した感情状態としてではなく、擬人化された訪問者のように描く。幸福はやって来て、身体的な親密さを残し、そして去っていく。その後に残るのは、空虚さ、汚れ、片付けなければならない痕跡である。この発想は非常に重要で、本作全体における幸福への不信を象徴している。
音楽的には、低く反復するリズムとサックスのような荒れた音色が、不穏な推進力を生む。曲はインディー・ロックでありながら、単純なギター中心の構成ではなく、機械的な反復と生々しい管楽器の響きが混ざり合う。Mitskiのヴォーカルは抑制されているが、そこには奇妙な冷静さがある。幸福を語る曲でありながら、歌声は熱狂的ではなく、むしろ事後処理をする人間のように淡々としている。
歌詞の中で幸福は、約束されたゴールではなく、身体を通過していく一時的な出来事として描かれる。これは、幸福を得ることよりも、幸福が去った後にどう生きるかを問題にしている。Mitskiにとって、幸福は祝福であると同時に、喪失の予告でもある。「Happy」は、その両義性をアルバム冒頭で提示し、『Puberty 2』が単なる失恋や自己嫌悪のアルバムではなく、感情そのものの不安定さを扱う作品であることを示している。
2. Dan the Dancer
「Dan the Dancer」は、他者に見られること、身体をさらすこと、そして親密さの中で初めて自己を開示することを描いた楽曲である。タイトルのDanは踊る人物として提示されるが、この踊りは単純な解放ではない。むしろ、普段は自分を隠している人物が、誰かの前でだけ身体を動かすという、非常に限定された自己開示として描かれる。
曲は短く、緊張感のあるギターとリズムによって進む。Mitskiの楽曲には、短い中に物語を凝縮する力があるが、「Dan the Dancer」もその典型である。数分にも満たない時間の中で、人物の孤独、羞恥、欲望、そして一瞬の解放が描かれる。音楽は抑制されながらも、内側で何かが震えているような質感を持つ。
歌詞のテーマとして重要なのは、身体が感情の表現媒体になる点である。言葉では伝えられないことが、踊るという行為によって示される。しかしその踊りは、誰にでも見せられるものではない。Mitskiはここで、親密さを「完全に理解し合うこと」としてではなく、普段隠している姿を一瞬だけ見せることとして描いている。これは『Puberty 2』全体に通じるテーマである。人は愛されたいが、見られることを恐れる。近づきたいが、近づいた瞬間に自分の脆さが露出する。「Dan the Dancer」は、その緊張をコンパクトに表現した楽曲である。
3. Once More to See You
「Once More to See You」は、秘密の関係、隠された愛、そして公にできない親密さを扱った曲である。タイトルは「もう一度あなたに会うために」という意味を持ち、そこには切実な願望と、会うこと自体が難しい状況が含まれている。Mitskiの歌詞では、愛はしばしば開かれた幸福ではなく、隠され、制限され、社会的な視線から守られなければならないものとして描かれる。
音楽的には、柔らかなギターと浮遊感のあるメロディが中心で、アルバムの中でも夢幻的な響きを持つ。だが、その美しさは穏やかな安心ではなく、手に入らないものへの憧れとして機能する。Mitskiの声は近く、抑制されており、秘密を打ち明けるように響く。曲全体が薄い膜に包まれているようで、現実から少し離れた場所にある親密な記憶のように感じられる。
歌詞では、相手と一緒にいることを誰にも知られたくない、あるいは知られてはいけないという感覚がある。これはクィアな関係性の読みを可能にするだけでなく、より広く、社会的に承認されない愛や、他者の視線にさらされたくない親密さを表している。Mitskiは、愛を単純に美しいものとして描かない。愛は、隠す必要があるからこそ濃密になり、同時に苦しみを伴う。「Once More to See You」は、その秘密の甘さと痛みを繊細に描いた楽曲である。
4. Fireworks
「Fireworks」は、悲しみが消えたのではなく、ただ日常の中で鈍くなっていく感覚を描いた楽曲である。タイトルの花火は、瞬間的な光、祝祭、爆発、美しさを連想させる。しかしMitskiはこの曲で、花火の明るさを単純な喜びとしてではなく、内面の痛みと対比される外界の眩しさとして扱っている。
歌詞では、感情が壊れた後でも、生活が続いてしまうことの奇妙さが描かれる。深い悲しみや喪失を経験しても、ある時点から人は朝起き、働き、食べ、他人と話すようになる。だがそれは完全に回復したという意味ではない。むしろ、痛みが身体の奥に沈み、表面上は機能できるようになるだけである。Mitskiはこの状態を、非常に冷静な言葉で捉えている。
音楽的には、曲は比較的明るく前進する。リズムには推進力があり、メロディも開かれている。しかし、その明るさは歌詞の内容と不穏なズレを作る。これはMitskiの重要な技法である。暗い内容を暗い音で包むのではなく、むしろ明るい構造の中に置くことで、感情の不自然さを浮かび上がらせる。「Fireworks」は、悲しみの爆発ではなく、悲しみが日常に吸収されていく過程を描いた曲であり、本作の中でも特に成熟した心理描写を持つ。
5. Your Best American Girl
「Your Best American Girl」は、Mitskiの代表曲のひとつであり、『Puberty 2』の中心的な楽曲である。ここでは恋愛の不可能性が、人種、文化、家庭、自己像の問題と結びついている。タイトルの「あなたにとって最高のアメリカン・ガール」は、相手の理想に自分が完全には合致しないこと、そしてその理想がアメリカ社会の規範と結びついていることを示す。
曲の前半は静かで、Mitskiの声は抑えられている。だがサビに入ると、ギターが大きく歪み、感情が一気に噴出する。この展開は、歌詞のテーマと強く結びついている。自分は相手の母親が望むような存在ではない。自分の背景、育ち、文化、身体は、相手の世界に完全には収まらない。その認識は痛みであるが、曲は単なる自己否定で終わらない。サビの轟音は、相手の理想に合わない自分を、むしろ強く肯定するようにも響く。
この曲が重要なのは、恋愛の歌でありながら、同化への欲望とその不可能性を同時に描いている点である。Mitskiは、愛されるために「最高のアメリカン・ガール」になりたいという願望を持ちながら、自分がそうではないことを知っている。そして最終的には、その断絶を引き受ける。これは移民的な疎外感、アジア系アメリカ人としての自己認識、白人中心的な親密さの規範への違和感を含む、非常に複層的な楽曲である。
音楽的にも、「Your Best American Girl」は本作のハイライトである。静と動のコントラスト、メロディの強さ、ギターの爆発、抑制と解放のバランスが見事に機能している。インディー・ロックの形式を用いながら、アイデンティティと欲望の問題を鋭く表現した、2010年代を代表する楽曲のひとつである。
6. I Bet on Losing Dogs
「I Bet on Losing Dogs」は、本作の中でも特に痛切なバラードであり、Mitskiの自己破壊的な愛の表現が凝縮された楽曲である。タイトルは「負ける犬に賭ける」という意味であり、勝つ見込みのないもの、傷つくと分かっている関係、報われない相手に自ら賭けてしまう心理を示している。これはMitskiの歌詞世界における愛の重要な側面である。愛は合理的な選択ではなく、むしろ破滅へ向かうと知りながら選んでしまうものとして描かれる。
音楽的には、スローで重く、シンセの響きが深い空間を作る。ギター・ロック的な爆発は抑えられ、代わりに沈み込むような音像が中心となる。Mitskiの声は近く、ほとんど祈りのように響く。曲の遅さは、諦めにも、執着にも聴こえる。勝つための賭けではなく、負けることを知りながらその場に留まること。その苦しさが、音の重さに反映されている。
歌詞では、相手が負ける瞬間を見届けたいというような、非常に複雑な欲望が表れる。これは単なる献身ではない。相手の破滅に寄り添うことで、自分の存在価値を確認しようとする心理でもある。Mitskiはこの曲で、愛の中にある自己犠牲と支配欲、献身と自己消滅の境界を曖昧に描く。「I Bet on Losing Dogs」は、愛されないことを知りながら愛してしまう人間の姿を、非常に静かで残酷な形で提示した名曲である。
7. My Body’s Made of Crushed Little Stars
「My Body’s Made of Crushed Little Stars」は、アルバムの中でも最も荒々しく、焦燥感に満ちた楽曲である。タイトルは「私の身体は砕けた小さな星でできている」という詩的な表現だが、曲の音像は美しい宇宙的イメージよりも、むしろ切迫した叫びに近い。星という言葉には夢や可能性が含まれるが、それが「砕けた」状態で身体を構成しているという表現は、理想や希望が破片となって自分の中に刺さっているような感覚を生む。
音楽的には、ローファイで激しいギターが前面に出る。録音は粗く、Mitskiの声も叫びに近い。曲は短く、ほとんど息継ぎの余裕がない。この圧縮された激しさは、現代生活の焦り、経済的不安、将来への恐怖、自己実現を求められる圧力と結びついている。歌詞では、仕事、成功、存在意義をめぐる切迫感が表れる。何かにならなければならない、しかしどうすればよいか分からない。その苛立ちが音として噴出している。
この曲の重要性は、Mitskiが繊細なバラードだけでなく、パンク的な荒さによっても感情を表現できることを示している点である。美しい言葉と醜い音が衝突し、身体そのものが崩壊寸前のエネルギーとして描かれる。「My Body’s Made of Crushed Little Stars」は、『Puberty 2』における第二の思春期の焦燥を最も直接的に表した楽曲であり、短いながらも強烈な存在感を持つ。
8. Thursday Girl
「Thursday Girl」は、反復的なシンセと浮遊するヴォーカルが印象的な楽曲であり、本作の中でも特に無気力と自己破壊が強く漂う。タイトルの「木曜日の少女」は、週末の祝祭にも、週明けの社会的リズムにも完全には属さない中間的な存在を思わせる。木曜日は、何かが始まりそうでまだ始まらない日であり、疲労が溜まりながらも終わりには届かない日でもある。この曖昧な時間感覚が、曲全体のムードとよく合っている。
歌詞では、止めてほしいという願いと、止められたいのに自分では止まれない感覚が描かれる。Mitskiはここで、自己破壊を派手なドラマとしてではなく、ぼんやりと続く習慣のように表現する。自分が危険な方向へ向かっていることを分かっていながら、それを止める力がない。誰かに介入してほしいが、その願いを明確に言うこともできない。その曖昧さが、この曲の不穏さである。
音楽的には、リズムとシンセの反復が、感情の停滞を表現している。大きな爆発はなく、むしろ同じ場所で揺れ続けるような構成である。Mitskiの声は遠く、疲れており、身体から少し離れてしまったように響く。「Thursday Girl」は、『Puberty 2』の中でも特に暗い曲だが、その暗さは激しい絶望ではなく、感覚が鈍っていくような空白として現れる。
9. A Loving Feeling
「A Loving Feeling」は、短くキャッチーな曲でありながら、歌詞には強い皮肉と痛みがある。タイトルは「愛している感覚」を意味するが、曲の中で描かれるのは、愛情が正当に扱われず、秘密や不均衡な関係の中に押し込められる状態である。Mitskiはここで、愛が存在することと、その愛が健全な形で共有されることは別であると示している。
音楽的には、テンポが速く、メロディも明快で、アルバムの中では比較的ポップな印象を持つ。しかし、歌詞では、相手に都合よく扱われること、隠された関係に置かれること、愛されているようで実際には尊重されていない状態が描かれる。この明るい音と苦い内容の対比が曲の魅力である。
Mitskiの歌において、親密さはしばしば不平等な力関係を含む。「A Loving Feeling」では、愛の感覚そのものは本物であっても、それが相手の都合によって消費されることで、自己価値が傷つけられる。短い曲でありながら、関係性の中にある曖昧な搾取を鋭く切り取っている。ポップな軽さの中に毒を含ませるMitskiの技術がよく表れた楽曲である。
10. Crack Baby
「Crack Baby」は、アルバム後半の中でも特に重く、依存と欠乏感を扱った楽曲である。タイトルは非常に強い社会的・身体的なイメージを含み、薬物依存、出生、欲望、欠落、環境によって形成される傷を連想させる。Mitskiはこの言葉を通じて、何かを求め続けているのに、それが何なのか分からない状態を描く。
音楽的には、ゆっくりとしたテンポと重いベース、暗いメロディが特徴である。曲全体には、夜の底を歩くような感覚がある。Mitskiの声は抑えられているが、その抑制がかえって欲望の深さを際立たせる。ここで描かれる渇望は、恋愛だけに限定されない。愛、承認、安心、帰属、幸福、身体的な快感、過去に失った何か。求めている対象が曖昧であること自体が、曲の核心である。
歌詞では、「何かが欲しい」が、その何かを名指せない状態が続く。この欲望の曖昧さは、『Puberty 2』全体に通じる。Mitskiの登場人物たちは、愛されたい、幸福になりたい、自分の場所がほしいと願うが、それを手に入れても満たされるとは限らない。「Crack Baby」は、その根源的な欠乏感を最も暗い形で描いた楽曲であり、本作の精神的な深淵を担っている。
11. A Burning Hill
アルバムを締めくくる「A Burning Hill」は、静かで短い曲でありながら、『Puberty 2』全体の結論として非常に重要な意味を持つ。タイトルの「燃える丘」は、自己そのものが燃えているようなイメージを持つ。丘は地形としてそこにあり続けるものだが、それが燃えているということは、存在そのものが炎に包まれ、変化し、消耗していることを示す。
音楽的には、アコースティック・ギターを中心とした簡素なアレンジで、Mitskiの声が近くに置かれている。前曲までの重いシンセや歪んだギターから離れ、最後に非常に小さな音へ戻る構成は効果的である。ここでは大きな爆発も劇的な救済もない。残るのは、疲れた人間が自分の現実を静かに受け入れようとする姿である。
歌詞では、自分が炎であり、森であり、それを見つめる者でもあるというような、自己の分裂した認識が描かれる。Mitskiは自分自身を破壊する力と、破壊される対象と、それを観察する意識として同時に捉える。そして最後には、白いシャツを着て、仕事に行くという日常的なイメージが置かれる。この結末は非常に重要である。大きな救いは訪れないが、生活は続く。燃えている自分を抱えたまま、清潔な服を着て、社会の中へ戻っていく。
「A Burning Hill」は、『Puberty 2』の成熟を象徴する曲である。アルバムは激しい欲望、孤独、自己嫌悪、愛への渇望を描いてきたが、最後に提示されるのは劇的な解決ではなく、静かな継続である。燃えていても、生きる。傷ついていても、働く。満たされなくても、明日を迎える。この小さな受容が、アルバムの最後に深い余韻を残す。
総評
『Puberty 2』は、Mitskiのキャリアにおいて、表現の鋭さと音楽的な多様性が高い水準で結びついた重要作である。前作『Bury Me at Makeout Creek』で確立されたインディー・ロック的な荒さを受け継ぎつつ、本作ではシンセ、反復的なリズム、ドリーム・ポップ的な音像、より洗練された曲構成が導入されている。その結果、アルバムは単なるギター・ロック作品ではなく、感情の複雑な揺れを多様な音響で描く作品となった。
本作の中心テーマは、幸福、愛、自己価値に対する根源的な不安である。「Happy」では幸福が一時的に訪れて去っていく存在として描かれ、「I Bet on Losing Dogs」では報われないと分かっている対象へ自ら賭ける心理が歌われる。「Crack Baby」では、何かを求め続けているのに、その対象が分からない欠乏感が描かれる。Mitskiは、欲望を単純に肯定しない。欲望は生きる力であると同時に、自分を傷つけるものでもある。愛されたいという願いは、自己喪失への恐れと常に隣り合っている。
また、本作はアイデンティティのアルバムでもある。「Your Best American Girl」はその最も明確な例であり、恋愛の不可能性を、人種、文化、家庭、社会的規範の問題へと接続している。Mitskiは、個人的な失恋を単なる私的感情として閉じ込めず、それがどのような社会的構造の中で生じているのかを示す。自分が誰かの理想に合わないこと、愛されるためには別の誰かにならなければならないように感じること。その痛みは、多くの移民的背景を持つリスナーや、主流文化の外側に置かれてきた人々にとって深く響くものとなっている。
音楽的には、曲ごとの振れ幅が大きいにもかかわらず、アルバム全体には一貫した緊張感がある。「My Body’s Made of Crushed Little Stars」の荒々しいローファイ・パンク、「Thursday Girl」のシンセによる無気力な浮遊感、「A Burning Hill」の簡素なアコースティック、「Fireworks」の明るい推進力、「I Bet on Losing Dogs」の沈み込むようなバラード。これらは異なる方向を向いているが、すべてが「不安定な自己」を描くために機能している。Mitskiの楽曲は短く、構成も無駄がない。だからこそ、一曲ごとの感情の焦点が非常に強くなる。
歌詞面での特徴は、感情を抽象的に説明せず、具体的なイメージへ置き換える力である。幸福は訪問者になり、愛は負け犬への賭けになり、身体は砕けた星でできており、自己は燃える丘になる。これらの比喩は奇抜さのために用いられているのではない。むしろ、言葉にしにくい感情を、触れられるもの、見えるもの、身体に起こるものとして提示するために使われている。その結果、Mitskiの歌詞は非常に個人的でありながら、抽象的な普遍性にも届いている。
『Puberty 2』というタイトルが示すように、本作は大人になっても終わらない思春期のアルバムである。社会的には成熟し、働き、自立し、恋愛し、生活しているように見えても、内側ではまだ自己像が揺らぎ続ける。誰かに選ばれたい。誰かの理想になりたい。だがその理想に合わせることは、自分自身を失うことでもある。幸福になりたい。だが幸福が訪れると、それを失う恐怖が生まれる。Mitskiはそうした矛盾を、甘さや慰めに回収せず、鋭いまま提示している。
本作の結末である「A Burning Hill」は、アルバム全体の中で特に重要である。ここでMitskiは、すべてを解決するのではなく、燃えている自分を抱えたまま日常へ戻る。これは敗北ではない。むしろ、劇的な救済がなくても生活を続けるという、非常に現実的な強さである。『Puberty 2』は、自己嫌悪や孤独のアルバムでありながら、最後にはかすかな生存の感覚を残す。幸福を信じきれなくても、愛に傷ついても、自分が燃えていても、白いシャツを着て外へ出る。その小さな行為が、本作の最終的な強度となっている。
日本のリスナーにとって『Puberty 2』は、Mitskiの代表作としてだけでなく、2010年代インディー・ロックにおける感情表現の更新を理解する上で重要なアルバムである。ギター・ロックの形式を使いながら、そこに移民的な疎外感、女性の欲望、自己価値の不安、幸福への不信を凝縮している。Mitskiは、感情を大きく叫ぶだけでも、静かに告白するだけでもない。彼女は感情を構造化し、短い曲の中で鮮烈に提示する。その精度こそが、『Puberty 2』を単なる私的な作品ではなく、同時代の多くのリスナーにとって重要なアルバムにしている。
おすすめアルバム
1. Mitski – Bury Me at Makeout Creek
『Puberty 2』の前作にあたり、Mitskiがギター中心のインディー・ロックへ転換した重要作。荒々しいサウンドと切迫した歌詞が特徴で、「Townie」「First Love / Late Spring」「Last Words of a Shooting Star」などに、本作へつながる自己破壊、愛への渇望、孤独のテーマが明確に表れている。
2. Mitski – Be the Cowboy
『Puberty 2』の次作であり、Mitskiの演劇的・ポップ的な側面がさらに洗練された作品。短い曲の中に登場人物的な語りと強いメロディを凝縮し、孤独、欲望、成功、演じることの疲労を描く。『Puberty 2』の内面的な痛みが、より人工的で舞台的なポップへ展開されたアルバムとして聴ける。
3. Japanese Breakfast – Psychopomp
Mitskiと同時代のインディー・シーンで重要な位置を持つ作品。喪失、家族、記憶、アジア系アメリカ人としての感覚を、ドリーム・ポップやインディー・ロックの音像で表現している。Mitskiほど鋭い自己破壊性は前面に出ないが、個人的な経験とアイデンティティの問題をインディー・ロックへ結びつける点で関連性が高い。
4. PJ Harvey – Stories from the City, Stories from the Sea
女性の欲望、都市、愛、自己像を力強いロック・サウンドで描いた作品。『Puberty 2』の「Your Best American Girl」や「My Body’s Made of Crushed Little Stars」にある身体性とギター・ロックの強度を理解する上で有効である。Mitskiの表現とは異なるが、女性シンガーソングライターがロックの中で自己と欲望をどう提示するかという点で深く響き合う。
5. St. Vincent – Strange Mercy
ギター、シンセ、アート・ポップ的な構成を用いて、欲望、不安、身体性、人工性を描いた作品。Mitskiの『Puberty 2』にある鋭い比喩、短い楽曲の構築感、感情と音響の緊張関係を理解する上で関連性がある。ロックの生々しさとポップの人工性を同時に扱う点で、本作と比較して聴く価値が高い。

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