1. 歌詞の概要
「Please Don’t Say It(プリーズ・ドント・セイ・イット)」は、We Are Scientists(ウィー・アー・サイエンティスツ)が2021年にリリースしたアルバム『Huffy』に収録された楽曲で、言葉にされることで壊れてしまう関係の緊張感と、その直前の静けさをテーマにした、きわめて情緒的な1曲である。
語り手は、パートナーが口にしようとしている“何か”(別れの言葉、真実、感情の結末)を直感的に察し、「どうかそれだけは言わないでくれ」と願う。
それは、“知っているけれど、聞きたくない”という矛盾した心の叫びであり、事実よりも沈黙の方が優しさになり得るという、人間関係の深い綾が描かれている。
この楽曲は、恋人や友人との関係が“決定的な瞬間”を迎える寸前の空気感を克明に描写しており、静かな言葉の裏に、崩壊寸前の心理的な揺らぎと希望の残り火が込められている。
2. 歌詞のバックグラウンド
「Please Don’t Say It」は、We Are Scientistsの7作目となるスタジオ・アルバム『Huffy』(2021年)の収録曲であり、このアルバム全体がカラフルでポップなロック・チューンのなかに、自己アイロニーや関係性の複雑さを忍ばせた作品として評価された。
本作では初期のギター中心のガレージ的音像から一歩踏み出し、よりメロディックで洗練されたプロダクションを導入。
「Please Don’t Say It」もその文脈の中で生まれた楽曲であり、軽快なサウンドと内省的なリリックのギャップが、We Are Scientistsらしい魅力として際立っている。
フロントマンのキース・マーレイ(Keith Murray)はインタビューにおいて、本楽曲について「明らかに言われるべきことがあるとわかっていながら、どうしても聞きたくない気持ちって、誰しもあるだろう」と語っており、それがこの曲の核となっている。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下に、印象的な歌詞の一部とその日本語訳を紹介する。
“Please don’t say it / I know what’s coming”
「言わないでくれ / その先に何があるかはわかってるから」
“You don’t have to spell it out / I can read it in your eyes”
「言葉にする必要はないよ / 君の目を見れば、全部伝わってる」
“Let’s not ruin what we’ve got / With some harsh goodbye”
「こんな別れの言葉で / 僕たちの関係を台無しにしないでくれ」
“We could leave this room / Without turning off the light”
「この部屋を / 灯りを消さずに出ていけるかもしれない」
歌詞全文はこちら:
We Are Scientists – Please Don’t Say It Lyrics | Genius
4. 歌詞の考察
「Please Don’t Say It」は、“真実を言葉にすることの破壊力”を描いた楽曲である。
人はときに、言葉にしないことで関係を保とうとする。沈黙が優しさになることもある。
語り手はすでに真実を知っている。けれど、それを「声」として聞いてしまった瞬間に、すべてが壊れてしまう。
その恐怖と未練が、「お願いだから、それだけは言わないで」という切実なフレーズに凝縮されている。
興味深いのは、この曲の語り手が事実そのものではなく、言葉の持つ力を恐れている点である。
「目を見れば伝わる」「言わなくてもわかってる」――それはある意味で、大人の諦念でもあり、幼さからの逃避でもある。
そして、「灯りを消さずに出ていく」というイメージは、別れに対する新しい視点を与えてくれる。
すべてを終わらせるのではなく、少し余韻を残して去っていく。
それは別れの形として冷酷ではなく、むしろどこかやさしさを帯びた**“静かな撤退”の描写**である。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Somebody That I Used to Know by Gotye
別れをめぐる食い違いと沈黙の奥にある未練を、冷静に描いた名曲。 - Slow Show by The National
言えなかった言葉が積もった関係の中で、語り手が静かに震える姿を描く美しいバラード。 - High and Dry by Radiohead
拒絶される予感と、すがることの恥ずかしさの狭間に揺れる心を表現した初期の名作。 - The Night We Met by Lord Huron
過去の関係を引きずり、言葉にできなかった後悔に苛まれる、静かな祈りのような曲。 -
It’s Cool, We Can Still Be Friends by Bright Eyes
友情という言い訳に逃げながらも、本当は終わりを受け入れられない若者の内面を描く楽曲。
6. “言葉にした瞬間、すべてが終わってしまう夜”
「Please Don’t Say It」は、言葉が持つ残酷な力、そして**その直前に存在する“ギリギリの優しさ”**を描いた極めて繊細なラブソングである。
これは“別れの歌”ではない。むしろ、“別れの予感”とどう向き合うかを描いた曲である。
語り手は逃げているのか、関係を守っているのか。それは聴き手の心のありようによって変わってくる。
だからこそ、この曲は誰かと別れたすぐあとではなく、**「まだ言われていないけれど、終わりが近いとき」**にそっと聴いてほしい。
沈黙のほうが痛いこともある。
でも、言葉にしないことで守られる何かも、きっとあるのだ。
この曲は、その複雑さを、ポップなメロディのなかにそっと閉じ込めている。
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