発売日: 2015年4月21日
ジャンル: メロディック・ハードコア、パンクロック、ハードコア・パンク
“我らの時代の平和”とは何か——9年の沈黙を破った、鋭くも誠実な問いかけ
『Peace in Our Time』は、カリフォルニアのメロディック・ハードコア・バンドGood Riddanceが、
2006年の『My Republic』以来9年ぶりに発表した復帰作であり、
バンドにとっての第二の幕開けとも呼ぶべきターニングポイントとなった作品である。
アルバムタイトルは、1938年にイギリス首相ネヴィル・チェンバレンがナチス・ドイツとの宥和政策後に述べた、
皮肉なまでに有名な言葉「Peace for our time(我らの時代の平和)」をもじったものであり、
形だけの平和、無関心によって維持される沈黙、そして真正面から向き合わないことで崩壊する倫理を暴くメッセージが込められている。
サウンド面では、初期のラフでスピーディなハードコア感と、
中期以降に培われたメロディックで洗練された構成力が見事に融合。
録音はおなじみThe Blasting Roomで、Bill Stevenson & Jason Livermoreコンビがプロデュース。
それにより、懐かしさと新しさが共存するサウンドデザインが完成している。
全曲レビュー
1. Disputatio
アルバムの幕開けは、知的で攻撃的なインストルメンタル。
タイトルはラテン語で“論争”を意味し、バンドの議論的姿勢を象徴する短編。
2. Contrition
罪の意識と赦しをテーマにした高速ナンバー。
リフの切れ味と反復するフレーズが、倫理的な痛みを刻む。
3. Take It to Heart
“それを心に刻め”という直訳的メッセージと、疾走感が見事に重なる。
信念とは、外に叫ぶのではなく、内に持ち続けるものなのだと示す一曲。
4. Half Measures
“中途半端”をやめろというメッセージが突き刺さる、ストイックなアジテーション。
スピードとシンプルさのなかに怒りが凝縮されている。
5. Grace and Virtue
“品位”と“美徳”という抽象概念を、メロディックな構成で丁寧に掘り下げた曲。
現代社会における倫理の意味を静かに問いかける。
6. No Greater Fight
タイトル通り“これ以上に偉大な闘いはない”という誇り高きメッセージ。
Good Riddanceの政治的ラディカリズムが最も端的に現れる1曲。
7. Dry Season
情緒的なギターリフと、静かに語るようなボーカルが印象的。
感情が枯渇した時代にこそ、誠実さの価値が問われる。
8. Teachable Moments
「教訓の瞬間」という教育的フレーズをテーマに、
“失敗から学ぶ”という人間的営みの尊さをパンクというフォーマットで再提示。
9. Washed Away
あらゆる感情や歴史が“洗い流される”現代に対する抵抗の歌。
クリーンで硬質なサウンドがテーマと完璧に噛み合っている。
10. Our Better Nature
“人間の善なる側面”を信じるのか、それとも欺瞞として見破るのか。
その狭間で揺れるリリックが、グルーヴィーな演奏と共に響く。
11. Shiloh
アメリカ南北戦争の激戦地“シャイロー”を想起させるタイトル。
歴史と現在を重ね合わせた構成が、社会批評としても光る。
12. Running on Fumes
疲弊しながらも走り続ける現代人の姿。
エネルギーの枯渇と、それでも進むしかないという諦念がにじむ。
13. Year Zero
すべてを“ゼロ”からやり直すというユートピア的、あるいはディストピア的構想。
閉塞感と再出発が交差するアルバム終盤の山場。
14. Glory Glory
讃美歌のようなタイトルとは裏腹に、シニカルかつ鋭い社会批評。
“栄光”の意味をめぐる静かな反論が、印象的なラストを飾る。
総評
『Peace in Our Time』は、Good Riddanceが単なる“復帰”ではなく、“再定義”を選んだことを示す知的で情熱的な傑作である。
政治的な鋭さは失われておらず、むしろその言葉はより練られ、より個人的な倫理として磨かれている。
音楽的にも、90年代のラフな衝動と、00年代の洗練された構築美が見事に融合しており、
それはまるで“過去を背負いながら、現在を生き抜く”というGood Riddance自身の在り方を象徴しているかのようである。
「我らの時代の平和」とは、もしかすると無関心や沈黙で得られる静寂ではなく、
語ること、考えること、行動することによってしか手に入らない“倫理的な闘争の継続”なのかもしれない。
おすすめアルバム
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Strike Anywhere – Iron Front (2009)
政治的視点とメロディック・ハードコアの融合。現代への直接的応答として。 -
Propagandhi – Failed States (2012)
政治と個人の倫理を高い言語レベルで描いた、知的ハードコアの金字塔。 -
Anti-Flag – American Spring (2015)
同年の作品。復帰作としてのテーマやメッセージ性が重なる。 -
Bad Religion – True North (2013)
老練のインテリ・パンクによる回帰作。疾走感と哲学の融合。 -
Modern Life Is War – Fever Hunting (2013)
内面の葛藤と社会的批評が交錯する、復活作としての重みを共有。
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