発売日: 2017年10月27日
ジャンル: ドリームポップ、パワーポップ、オルタナティブ・ロック、エレクトロ・ポップ
概要
『Pacific Daydream』は、Weezerが2017年にリリースした11枚目のスタジオ・アルバムであり、バンドがカリフォルニア的幻想とポップの新境地を融合させた、コンセプチュアルでメロディックな作品である。
前作『The White Album』(2016年)では、サーフロックやビーチポップへのノスタルジーを提示していたが、本作ではその延長線上にありながらも、より洗練されたポップ性とデジタル感覚を取り入れている。
その結果、Weezerらしいギターロックから距離を置き、ドリーミーで甘美な音像が全編を包み込む、いわば“ヴァーチャルな西海岸”を描いた一作となった。
プロデューサーにはButch Walkerを迎え、全体的にラジオフレンドリーかつスムースな仕上がりとなっている一方で、歌詞には孤独、仮想、憧れと現実の落差といった、現代的なテーマが織り込まれている。
全曲レビュー
1. Mexican Fender
アルバムの幕開けを飾る、軽快でシンプルなギターポップ。
楽器店で出会った女性への一目惚れをテーマに、Rivers Cuomoのソングライティングの“即物的な比喩”が楽しく炸裂する。
2. Beach Boys
タイトル通り、The Beach Boysへのオマージュに満ちたトラック。
ドリーミーなハーモニーとシンセが重なり、海辺の風景と内省的な感情が交錯する。
3. Feels Like Summer
本作のリードシングルで、明快なエレクトロポップ調のナンバー。
サウンドはポップそのものだが、実は「夏の終わりの切なさ」がテーマとなっており、表層と内面のギャップが特徴的。
4. Happy Hour
レイドバックしたビートとソウル風のアレンジが印象的な一曲。
社会的疲労や感情の抑圧を“ハッピーアワー”という逃避の時間に託した、都会的で孤独なポップソングである。
5. Weekend Woman
ビートルズ風のメロディと、日常に根ざした愛を描くリリック。
派手さはないが、じわじわと効いてくる誠実なラブソング。
6. QB Blitz
デジタル的な音処理と内省的なメロディが融合した、隠れた名曲。
「心の中にある四分衛の突撃(QB Blitz)」という比喩は、感情の衝動や不安の爆発を暗示している。
7. Sweet Mary
60年代ポップスのエッセンスを現代に移植したような、郷愁漂うラブソング。
Rivers Cuomoのナイーブな感性が、シンプルなコードとリフで的確に表現されている。
8. Get Right
ミディアムテンポのリズムに乗せて、自己矛盾と葛藤を吐露する歌詞が展開される。
切なさと解放の中間に揺れる感情を、音が丁寧にすくい取っている。
9. La Mancha Screwjob
ドン・キホーテを想起させるタイトルを冠し、理想と現実の衝突をテーマにした皮肉な楽曲。
「俺の夢は潰された、ラ・マンチャ流のやり口で」という一節が象徴的である。
10. Any Friend of Diane’s
アルバムのラストにして、最も叙情的な一曲。
メロディの美しさとリリックの柔らかさが融合し、儚くも温かな余韻を残して幕を閉じる。
総評
『Pacific Daydream』は、Weezerがバンドとしての“ギター主導のロック”から一時的に距離を置き、ポップ・アートとしての音楽表現を突き詰めた一作である。
海辺のように穏やかで、夕焼けのように切ない——そんなサウンドスケープが全編を覆い、リスナーに“現実逃避のための夢”を与えてくれる。
一聴すると軽やかで聴きやすいが、歌詞には孤独、アイデンティティの揺らぎ、社会的疲弊といった陰の感情が滲んでおり、だからこそ“夏”や“海”といったモチーフが一層幻想的に響く。
また、Weezerが得意とする“セルフパロディ”や“ノスタルジーの操作”が、本作ではより洗練された形で現れており、シンプルな楽曲構成の裏に豊かな意味層が広がっている。
派手なギターリフも、大合唱もないが、その代わりに“現代的なメランコリー”が静かに横たわる、まさにタイトルの通り「太平洋的白日夢」と呼ぶべきアルバムである。
おすすめアルバム(5枚)
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The White Album / Weezer
ビーチとノスタルジーをテーマにした前作。『Pacific Daydream』の美学をより生演奏寄りに体現している。 -
Currents / Tame Impala
ポップと内省、電子音と感情表現の融合という点で、本作と響き合う傑作。 -
Pet Sounds / The Beach Boys
“夏の音楽”を再定義した永遠の名盤。『Beach Boys』収録のオマージュとしても本作との接点は深い。 -
Strange Trails / Lord Huron
ドリームポップとフォークの中間で揺れる音世界。儚く幻想的な雰囲気は『Pacific Daydream』と共鳴する。 -
Dreamland / Glass Animals
現代的でカラフルな音像と、内向的なリリックが融合する作品。Weezerの“夢と現実のはざま”という主題と通じる。
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