発売日: 2005年9月13日
ジャンル: サイケデリック・ロック、アート・ロック、オルタナティブ・ロック、スペース・ロック
概要
『Odditorium or Warlords of Mars』は、The Dandy Warholsが2005年にリリースした5作目のスタジオ・アルバムであり、過剰とカオスを極めた“ロック・オペラ的実験作”である。
前作『Welcome to the Monkey House』で打ち出したニューウェイヴ路線の後、バンドは一転してギター主体のサイケデリックで脱構築的な音楽性へと揺り戻す。
本作では、1960〜70年代のプログレッシブ・ロック、サイケデリア、そしてクラウトロック的な反復性が強く意識されており、あえてリスナーを選ぶような不可解さと冗長さが魅力でもある。
タイトルの通り、「オッディトリウム(奇想館)」と「火星の戦士たち」という架空の2つの世界が合体したような構成で、現実と幻想、皮肉と壮大さ、快楽と空虚が交錯するロマンティックで奇妙な空間が広がっている。
批評家からの評価は分かれたが、アートとしてのバンドの姿勢を貫いた点では一貫性があり、特定のファン層からは熱狂的に支持される“カルト・クラシック”である。
全曲レビュー
1. Colder Than the Coldest Winter Was Cold
語りとノイズ、無調のような構成で始まるイントロダクション。
バンドの自宅スタジオ“Odditorium”での録音が活かされたサイケ的プロローグ。
2. Love Is the New Feel Awful
歪んだベースとドローンが特徴的な中毒性のある楽曲。
「愛は新しい不快感だ」というフレーズが、バンドのアイロニカルな世界観を象徴する。
3. Easy
シンプルなコード進行と幻想的な空気感。
ポップソングとしての機能を果たしながらも、どこかで意図的に“空転”しているような印象を与える。
4. All the Money or the Simple Life Honey
アルバムの中で最もストレートなロック・ナンバー。
“金か、シンプルな人生か”という問いを軽やかに投げかけるサビが印象的。
プロモーションで多く取り上げられた。
5. The New Country
カントリー調のリズムとハーモニカ。
タイトル通り、アメリカーナ的要素とサイケデリアが交錯する異色のナンバー。
6. Holding Me Up
サイケ・バラードとブルースの中間のような一曲。
重心の低いグルーヴが心地よく、アルバムの中でも最も感情的なトラックの一つ。
7. Did You Make a Song with Otis
ミニマルで脱力した対話形式の曲。
Otisという架空の人物とのやりとりのように構成されており、聴覚劇的な側面がある。
8. Everyone Is Totally Insane
ファズ・ギターとオルガンの連打で進む、圧倒的な躁的エネルギーに満ちたナンバー。
“みんな完全に狂ってる”という主張が、逆説的に現代社会を映す。
9. Smoke It
代表曲のひとつ。
ミニマルなコードと語り口調のボーカル、シンプルだが中毒性のあるリズム。
“Smoke it if you got one”という繰り返しが、自由と退廃を軽やかに謳う。
10. Down Like Disco
スロウでメロウな楽曲。
“ディスコのように落ちていく”という言葉は、享楽の果ての虚無を描いているようでもある。
11. There Is Only This Time
ビートルズ的なコード感とメロトロン風シンセが響く、幻覚的なポップソング。
“今、この瞬間だけがある”というメッセージがサイケデリックな瞑想を誘う。
12. A Loan Tonight
アルバムを締めくくるスロー・ナンバー。
孤独と儚さ、時間の感覚をテーマにした、静かな終幕。
総評
『Odditorium or Warlords of Mars』は、The Dandy Warholsが音楽を“作品”として捉える姿勢を貫いた最も野心的なアルバムである。
まとまりのなさ、実験性、意図的な冗長さ。
それらはすべて、“ポップミュージックの構造を破壊し、組み替える”という芸術的試みに他ならない。
その意味で本作は、聞き手に快楽を与えるというよりも、音の迷宮を歩かせるような体験となっている。
ただし、1曲ごとの即効性は高くない。むしろ通して聴くことで、“Odditorium”という名の仮想空間が立ち上がり、火星の戦士たちが繰り広げるロック神話が見えてくる。
これは娯楽ではなく、体験なのだ。
おすすめアルバム
- The Flaming Lips / Embryonic
実験性とサイケ、カオスと構造が同居する奇妙な傑作。 - The Brian Jonestown Massacre / Take It from the Man!
サイケデリックと退廃、DIY精神が通底する兄弟的作品。 - Spacemen 3 / The Perfect Prescription
ミニマル・ドローンと幻覚的ビートの源流として、影響関係が深い。 - David Bowie / Diamond Dogs
コンセプトアルバム的構造とアートロック的アプローチにおいて共振する。 - Pink Floyd / Obscured by Clouds
アルバム全体で構築される音響世界と映画的な叙情が、本作と通底。
制作の裏側(Behind the Scenes)
『Odditorium』というタイトルは、実際にThe Dandy Warholsが所有する自宅スタジオの名称から取られている。
このスタジオは、古い映画館を改装した建物であり、内装やインテリアにもヴィンテージ機材やアートが多く用いられている“創造の迷宮”である。
レコーディングは長期にわたって行われ、バンド自身がプロデュースからアートワーク、流通戦略までをほぼ独自に手掛けたDIY的作品である。
この時期、バンドはEMIとの関係に悩み始めており、本作にはレーベルとの摩擦を逆手に取った“反商業主義的メッセージ”も暗に込められていた。
コメント