Not Dead Yet by Lord Huron(2021)楽曲解説

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1. 歌詞の概要

「Not Dead Yet」は、Lord Huronが2021年にリリースしたアルバム『Long Lost』に収録された楽曲で、陽気なテンポと対照的に、死の影を強く意識したテーマが展開されるユニークな一曲です。タイトルの通り「まだ死んでいない」という言葉を繰り返しながら、語り手は自らの死期を感じつつも、なお生きていることへの執着と、人生を賭けて追い求めたい「愛」や「意味」の存在を訴えます。

歌詞は生への渇望と同時に、終わりが近いことへの諦念も滲ませており、「今この瞬間」を強く肯定する姿勢がにじみ出ています。語り手は人生の限られた時間の中で、どうしても得たいものがあり、それがたとえ叶わないとしても、「まだ死んでいない」からこそ挑むべきだと奮い立ちます。

この曲は、軽快なリズムとキャッチーなメロディーに包まれていながら、実は非常に深く、切実なメッセージを含んでいる作品です。「死」を認識しているからこそ輝く「生」。その相反する感情が絶妙なバランスで共存しているのです。

2. 歌詞のバックグラウンド

「Not Dead Yet」が収録されたアルバム『Long Lost』は、アメリカのゴーストタウンにある架空のレコーディングスタジオ「Whispering Pines Studio」を舞台にしたコンセプト作品であり、時間、記憶、死者との対話といったテーマを軸に制作されています。Lord Huronはこのアルバムにおいて、「音楽の亡霊たち」とでも呼ぶべき過去の音楽様式や美学を再解釈し、ノスタルジーに満ちた音像で物語を構築しています。

「Not Dead Yet」はアルバムの中でも比較的明るく、ロックンロール調のリズムが際立つナンバーですが、その内実はアルバム全体の主題と深く繋がっています。語り手は「死が迫る中でなおも生きている」ことを強調し、今ここで何かを成し遂げたい、愛したいという切実な欲求を吐露します。この曲は、軽やかでありながら死生観を深く掘り下げた、アルバムの核とも言える存在です。

3. 歌詞の抜粋と和訳

以下に、「Not Dead Yet」の印象的な歌詞を抜粋し、日本語訳を添えて紹介します。

引用元:Genius Lyrics – Lord Huron “Not Dead Yet”

I can’t wake up on the floor again / I don’t wanna crawl in bed
もう床の上で目覚めたくない
ベッドに逃げ込むのも嫌なんだ

If I can’t catch a ride on the last lone train / I guess I’ll have to walk instead
もし最終列車に乗り遅れたら
仕方ない、自分の足で歩いていくさ

Still got hell to pay / And I ain’t dead yet
まだ地獄を見る覚悟はある
だって、まだ死んじゃいないからな

I’m not dead yet / Let me in
俺はまだ死んでいない
だから、そこへ行かせてくれ

この歌詞の中で繰り返される「I ain’t dead yet(まだ死んじゃいない)」というフレーズは、切実でありながらも挑戦的で、聴く者に強烈な印象を与えます。生きていることそのものが武器であり、希望であり、何かを為す理由であることが明確に伝わってきます。

4. 歌詞の考察

「Not Dead Yet」は、人生の終わりを自覚した人物の視点から語られています。しかし、それはただの絶望や諦念ではありません。むしろ逆に、死の影が目前にあるからこそ、自分がまだ生きているという事実にしがみつき、今という瞬間を燃やそうとする意志の歌です。

歌詞に出てくる「最終列車」や「地獄を支払う(Still got hell to pay)」という表現は、死や罪の清算を暗示するメタファーとして機能しています。そして、列車に乗り遅れても「歩いて行く」と語る主人公の言葉からは、最後まで抗おうとする強靭な意志がにじみ出ています。

この曲の主人公は、時間の終わりを迎える前に、愛したい人に会い、語りたい言葉を伝え、やり残したことを果たしたいと願っています。そのため、「Let me in(中に入れてくれ)」というフレーズには、ただの物理的な扉を開ける意味ではなく、誰かの心に入りたい、人生に関わりたいという切なる願いが込められているのです。

また、「Not Dead Yet」はアルバム『Long Lost』の中でも特に“現在”に焦点を当てた楽曲と言えます。多くの楽曲が過去や死者との対話をテーマにしているのに対し、この曲はあくまで「今ここで生きている」という事実を突きつけます。そのコントラストによって、より一層主人公の叫びがリアルに響くのです。

5. この曲が好きな人におすすめの曲

  • “The Curse” by Josh Ritter
    死と再生、そして愛の超越的なつながりを描いた楽曲で、ストーリーテリングの濃さが「Not Dead Yet」と共鳴します。

  • “Till I Fall Asleep” by Lucero
    ロックンロールの泥臭さと、死に際での後悔や執着が滲む一曲。生きることへのもがきが感じられます。

  • Motion Sickness” by Phoebe Bridgers
    恋愛と死のメタファーが交差する、現代的な内省ソング。意識の揺らぎと自己認識が重なる点で近いテーマ性を持ちます。

  • “Hunger” by Florence + The Machine
    内なる空虚さと渇望をエネルギッシュなメロディに乗せて歌い上げる一曲。生への欲望を感情的に描写している点が共通しています。

6. 生の叫びとしての“死にかけロックンロール”

「Not Dead Yet」は、Lord Huronの音楽における“死”の扱いを逆説的に表現した楽曲です。通常、彼らの楽曲では死後の世界や失われた時間、亡霊との対話が主題となりますが、この曲はまさにその真逆で、「まだ死んでいない」という事実に全力でしがみつく主人公の姿を描いています。

この曲が興味深いのは、その死生観を「ロックンロール」の形で表現していることです。カントリーやフォークに傾倒してきたLord Huronの中でも、この曲は異例のアップテンポと躍動感を持っており、まるで命の最後の炎を一気に燃やし尽くそうとするような勢いがあります。

また、アルバム『Long Lost』が架空の亡霊たちによるラジオ局からの発信というコンセプトで作られている中、この曲はそのラジオの生放送のような、リアルタイムの躍動を担う役割を果たしています。まるで亡霊たちの静けさの中で一人だけ生きている男が叫んでいるかのようなコントラストが、聴き手に強い印象を残します。


**「Not Dead Yet」**は、人生の終わりを前にした男が、なおも生きることを渇望する壮絶なラブソングであり、生存の証明です。その叫びは激しく、時に滑稽で、そしてどこまでも人間的です。Lord Huronが描く死と記憶の世界の中で、この曲は唯一“生の音”を放つ輝きとして、深く胸に刻まれる作品です。

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