1. 歌詞の概要
「Not Too Soon（ノット・トゥー・スーン）」は、Throwing Musesが1991年にリリースしたアルバム『The Real Ramona』の冒頭を飾る楽曲であり、彼らのキャリアの中でも特にキャッチーかつエモーショナルな作品である。アルバムのリリース当時、この曲はシングルとしても高い評価を得ており、イギリスではインディー・チャートで上位に入るなど、バンドにとっての代表曲のひとつとなった。
この曲の語り手は、愛情や感情の不均衡、関係性における葛藤を鋭く、そして時に痛烈に突きつけてくる。相手のことを“好きになるのが早すぎた”わけではない、と語りながらも、その気持ちは重たく、相手を呑み込もうとしてしまうほどに強い。「Not too soon」という言葉は、感情の“正当性”を主張する言葉でありつつ、その裏には“あなたがまだ受け止められないだけだ”という苛立ちが潜んでいる。
愛、所有欲、拒絶、そして自尊心――この曲に詰め込まれた感情は多層的で、歌詞の中では一見ストレートなフレーズの中に、切実さと皮肉が交錯する。それがThrowing Musesというバンドの核でもある、“感情を研ぎ澄ませて提示する姿勢”として際立っている。
2. 歌詞のバックグラウンド
「Not Too Soon」は、ギタリスト兼ヴォーカリストであるタニヤ・ドネリー（Tanya Donelly）によって書かれた楽曲であり、Kristin Hersh主導で作品を作っていたThrowing Musesにおいては珍しく、彼女がメインボーカルを務めた数少ない楽曲のひとつである。これは同時に、ドネリーがこの後The Breedersや自身のバンドBellyを結成し、独立していく“序章”でもあった。
歌詞は極めて個人的な内面を吐露するような構成で、Donellyの声のトーンと相まって、痛みと挑発が共存している。「Not Too Soon」は、彼女が自分自身のソングライティングスタイルを確立しつつあった時期の象徴的な作品であり、Kristin Hershとは異なる視点――より感情的かつ直接的な表現への指向がはっきりと表れている。
そのサウンドは、オルタナティブ・ロックの骨格を持ちながらも、ポップな要素が強く、特にギターリフとボーカルのメロディが非常に印象的だ。当時のUKインディーシーンでは、Breedersの「Cannonball」などと並んで、“女性ヴォーカルによる強い自己表現”として高く評価された。
3. 歌詞の抜粋と和訳
You can’t hurt me now
I got away from you, I never thought I would
もうあなたには傷つけられない
私はあなたから逃げ出したの、できるなんて思ってなかったけどYou can’t make me cry, you once had the power
もう私を泣かせられないわ
あなたには、かつてその力があったけどBut now I stand and laugh at you
でも今の私は、あなたを見て笑っているIs it too soon to say I’m over you?
もうあなたを忘れたって言うには、まだ早すぎる？
※ 歌詞引用元：Genius – Throwing Muses “Not Too Soon”
この歌詞は、過去に苦しめられた相手に対する反撃のようにも読めるが、その強がりの裏にはまだ解消されきらない痛みが滲んでいる。「あなたにもう力はない」と語りながらも、「もう忘れた」と言うのは“早すぎる”のかもしれない――この曖昧さが、リアルな感情の表現として非常に鋭い。
4. 歌詞の考察
「Not Too Soon」は、いわゆる“失恋ソング”ではあるが、そこには“自分を取り戻す過程”が明確に描かれている。ただの悲嘆や懐古ではなく、語り手は傷ついたことを認めながらも、もうそれに支配されるつもりはない。むしろその痛みを言葉にすることで、自分を取り戻していく。
注目すべきは、この楽曲の語り手が“加害者”を明確に指差す一方で、“被害者”として甘えることもなく、むしろ強さと脆さを共に抱えている点である。「笑っている」と語る語り手の姿は、単なる復讐心ではなく、“もう私はあなたと関係ない場所にいる”という自己解放の宣言でもある。
この曲が描いているのは、愛に裏切られた人間の“再起”である。ただしそれは劇的な逆転劇ではなく、もっと私的で、ささやかな「自分の場所を取り戻す」ための小さな勝利。そのために必要なのは、怒りや皮肉ではなく、“立っている”という事実なのだ。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Cannonball by The Breeders
Donellyと姉妹関係にあるKim Dealが率いるバンドによる、破壊的かつ官能的な自己表現。 - Fade Into You by Mazzy Star
喪失と沈黙のなかに漂う、甘くも痛ましい心象風景。 - Feed the Tree by Belly
Donellyが自身のバンドで放ったポエティックで神話的な愛の再定義。 - Seether by Veruca Salt
女性の内面にある怒りや反抗を、グランジ的サウンドで表現した90年代の代表曲。 - Dress by PJ Harvey
装うこと、見られること、性の政治を暴く衝撃のデビュー作。
6. タニヤ・ドネリーの「声」が開かれた瞬間
「Not Too Soon」は、Throwing Musesというバンドの歴史において特別な瞬間を切り取った楽曲である。それはKristin Hershという強烈な作家のもとで活動していたTanya Donellyが、自分自身の声、自分の感情、自分の語り方をはじめて“バンドの顔”として響かせた瞬間でもある。
この曲にこもるのは、ただの怒りではない。痛みを知ったからこそ得られる冷静さであり、それを歌うことによって、壊れかけた自己を再び立て直すための“再始動の歌”なのだ。
そしてこの後、彼女はThrowing Musesを去り、Bellyとしての活動を本格化させることになる――
「Not Too Soon」は、そんな彼女の旅立ちの予感に満ちた、晴れやかな決別の歌なのである。
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