西海岸を拠点にしたカントリーロック・シーンの歴史を語るうえで、欠かせない存在のひとつがNew Riders of the Purple Sageである。
時にGrateful Deadの仲間や兄弟バンドとして語られることも多い彼らは、自由な精神と土の香りのするカントリーサウンド、そしてロックのエネルギーを掛け合わせ、独特の開放感あふれる音楽を作り上げた。
そのルーツにはヒッピー文化やジャム・バンド文化といった要素が深く流れ、時代の空気を反映しながらも、しっかりと自分たちのカラーを打ち出しているのが大きな魅力である。
本稿では、New Riders of the Purple Sageの背景や音楽性、代表曲やアルバムの魅力を探り、彼らがカントリーロックというジャンルに刻んだ足跡をたどってみたい。
結成と背景の歴史
New Riders of the Purple Sage(以下、NRPS)の起源は、1969年頃のGrateful Dead周辺にまでさかのぼる。
ギタリストであり、ペダル・スティール・ギターの名手でもあるジェリー・ガルシアが、Dead以外でよりカントリー色の強い音楽を演奏しようと考え、ジョン・“マーマデューク”・ドーソンやデヴィッド・ネルソンらとセッションを重ねたのが最初のきっかけであった。
当時のサンフランシスコは、ヒッピーやサイケデリック・カルチャーの発祥地として知られ、ロック・バンドが音楽的冒険を繰り広げる土壌が豊かに広がっていた。
Grateful Dead自身がブルース、フォーク、カントリー、ジャズなど幅広い音楽性をジャム・バンド的手法で融合していたのに対し、NRPSはよりストレートにカントリーテイストを押し出すグループとして成長していくことになる。
バンド名は、ゼイン・グレイの小説『Riders of the Purple Sage』をもじったもので、“新しい紫の賢人たち”を意味する。
この名前はアメリカ西部の大地に根ざした荒野や自由のイメージを想起させ、NRPSの音楽性を象徴する呼び名としてファンからも親しまれていった。
音楽性と特徴
NRPSの魅力は、やはりカントリーとロックのハイブリッド感にある。
グレイトフル・デッド譲りのラフで伸びやかなアンサンブルに、ペダル・スティール・ギターの哀愁を帯びたサウンドや、フォーク調の素朴なメロディを融合させ、心地よい牧歌的な空気を漂わせている。
一方で、ただ緩やかなだけではなく、ジャム・バンド由来のインプロビゼーションや心理的解放感が曲の合間に感じられるのが特徴である。
時にロック寄りのビートで疾走し、時にカントリーらしい二拍子のリズムに身を任せながら、聴き手の前に広がるのは青い空と広大な荒野の風景だ。
ジョン・ドーソンはカントリー色の強い作曲を得意とし、デヴィッド・ネルソンはロックやブルース由来のギターを巧みに織り交ぜる。
初期にはジェリー・ガルシアのペダル・スティール・ギターが彩りを加え、その後もバディ・ケイジやスニーキー・ピート・クラインヨウといった名手が加わり、さらにバンドは多彩な音色を獲得していった。
代表曲の解説
Henry
初期を代表する一曲。
ジョン・ドーソンによる軽快なカントリー調のメロディラインと、NRPSならではの伸びやかな演奏が耳に残る。
ペダル・スティールの音色が心地よく響き、歌詞の持つユーモアや旅情も相まって、いかにも自由なアメリカ西部をイメージさせる。
Glendale Train
同じく初期の有名曲であり、ライヴでも定番。
軽快なリズムの中で、荒野を駆け抜ける列車の景色が浮かんでくるような一曲である。
キャッチーなコーラス・ワークがポイントで、フォーク・ロック寄りの要素がうまく溶け合い、NRPSの幅広い音楽性を示している。
Panama Red
アルバム『The Adventures of Panama Red』に収録されたタイトル・トラック。
コミカルでウィットに富んだ歌詞が印象的で、バンドが得意とする“気取らないアメリカン・カントリー・ロック”の魅力が全開となっている。
レゲエやラテンの雰囲気をわずかに感じさせるグルーヴも、バンドの自由闊達なアプローチを映し出す。
アルバムごとの進化
New Riders of the Purple Sage(1971年)
記念すべきデビュー・アルバム。
ジェリー・ガルシアのペダル・スティール・ギターが全編にわたってフィーチャーされ、カントリーロック好きにはたまらないサウンドが詰め込まれている。
「Henry」や「Glendale Train」など、後のライヴでも欠かせない曲が並び、バンドの方向性を明確に示した一枚となった。
Powerglide(1972年)
デビュー作の好評を受けて制作されたセカンド・アルバム。
ジェリー・ガルシアはこの頃すでにGrateful Deadの活動に集中し始めていたが、依然としてNRPSとの音楽的なつながりは強く、フォークやブルース、ロックの影響が絶妙に交じり合う充実作となった。
アートワークにはフラワー・パワーの名残があり、サイケデリックなムードと西部的な要素を融合させたイメージが印象的。
Gypsy Cowboy(1972年)
同年にリリースされたサード・アルバムは、タイトルが示すように“放浪するカウボーイ”をイメージした世界観が広がっている。
リラックスした雰囲気とともに、徐々にエレクトリックな要素を強めながらも、カントリーの根幹はしっかりと守り通している。
NRPSのバラエティ豊かな音楽性をあらためて証明する内容であり、初期の代表作としてファンの評価も高い。
The Adventures of Panama Red(1973年)
NRPSのキャリアにおける一つの頂点とも言える作品で、陽気さとストーリーテリングが融合した魅力が詰まっている。
タイトル曲「Panama Red」はもちろん、各曲のテーマや歌詞にもウィットや冒険心があふれ、まるで“コミックブックをめくる”ように楽しめるアルバムだ。
明るいサウンドと軽妙なリズムはカントリーロックの理想形のひとつとして、多くのリスナーに支持されてきた。
バンドの変遷とその後
最初期にペダル・スティール・ギターを務めていたジェリー・ガルシアがGrateful Deadの活動に注力し始めると、バディ・ケイジやスニーキー・ピート・クラインヨウが交代で参加。
時代が進むにつれ、ジョン・ドーソンとデヴィッド・ネルソンを軸にしつつも、メンバーチェンジが幾度となく行われていった。
1970年代後半はディスコやAORなど新しい音楽潮流の到来、さらにはサイケデリック・カルチャーの沈静化もあり、NRPSは大きく商業的な成功には至らなかった。
それでも、ライヴや小規模ツアーを中心に地道な活動を続け、根強いファンベースを築いていく。
ジョン・ドーソンはその後、音楽活動から距離を置いた時期もあったが、再結成やフェス出演などを通じてバンド名は途切れることなくロック史に記録されていった。
影響を与えたアーティストと再評価
NRPSの自由闊達なアンサンブルや、カントリーにロックのエネルギーを注ぎ込むスタイルは、後のウィルコやジェイ・ファーラー(サン・ヴォルト)、ライアン・アダムスなど、いわゆる“オルタナ・カントリー”や“アメリカーナ”のシーンにも影響を与えたと言われる。
彼らの長閑さや陽気さ、そしてジャム・バンド的な精神が、幅広い世代の音楽家たちに愛され続けているのだ。
また、グレイトフル・デッドやジェファーソン・エアプレイン、クイックシルヴァー・メッセンジャー・サーヴィスといった“サンフランシスコ・サウンド”の文脈でも、NRPSの名前はしばしば取り上げられる。
ヒッピー世代のユートピア的な理想と、アメリカン・ルーツ音楽が融合した一つの典型例として、歴史的評価が高まっている。
オリジナルエピソード
- 初期のNRPSのツアーでは、Grateful Deadのメンバーが飛び入りで演奏することもしばしばあった。 そのため、ライヴではDeadのファンとNRPSのファンが入り混じり、ステージ上でも即興的なセッションが繰り広げられるなど、実験的でお祭り的な雰囲気が醸成されていた。
- “Henry”や“Panama Red”といった曲に象徴されるように、当時はドラッグや自由なライフスタイルへの言及も多かった。 これは単にショッキングな題材ではなく、ヒッピー・ムーブメントの延長線上にある“自由と冒険”という価値観の一部として自然に取り込まれていたといえる。
- ペダル・スティール・ギターの音色がNRPSのサウンドに強い個性を与えているが、ジェリー・ガルシアは元々この楽器のプレイ経験が浅く、バンドとして活動する中で急速に上達したという逸話がある。 ラフなスタートから生まれた“未完成の美”が、初期アルバムの魅力を形作っているのかもしれない。
まとめ
New Riders of the Purple Sageは、ヒッピー文化の熱気が残るサンフランシスコで、カントリーの素朴さとロックの奔放さを掛け合わせ、のびやかな音楽を生み出したバンドである。
Grateful Deadとの深い繋がりにより、ジャム・バンド的なインプロビゼーション精神やコミュニティ志向のスタイルを継承しつつ、カントリーロックというジャンルを独自に探求してきた。
彼らの楽曲を聴くと、ペダル・スティール・ギターのメロディアスな響きとともに、アメリカ西部の広大な空を感じることができるだろう。
フォークやブルース、時にはレゲエやラテンのエッセンスさえ取り込みながら、常に肩の力を抜き、音楽そのものを楽しむ姿勢を忘れない――それがNRPSの真髄だ。
時代の移り変わりの中で大ヒットこそ逃したものの、彼らの緩やかで温かみのあるサウンドは、多くの後進ミュージシャンやリスナーにとっての宝物となっている。
もしカントリーロックのルーツや、サンフランシスコ・サウンドの深い部分を探求したいのなら、ぜひNew Riders of the Purple Sageの初期アルバムに耳を傾けてほしい。
そこには、自由と冒険を謳歌した時代の匂いと、アメリカン・ルーツを愛する者のピュアな情熱が詰まっている。
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