1. 歌詞の概要
「New Long Leg(ニュー・ロング・レッグ)」は、イギリスのポストパンク・バンド Dry Cleaning(ドライ・クリーニング)が2021年に発表したデビューアルバム『New Long Leg』のタイトル・トラックであり、アルバムの中でも特に象徴的で謎めいた存在感を放つ楽曲である。
この曲のタイトル「New Long Leg」は、一見すると意味を持たないような不思議な言葉の組み合わせだが、それこそがDry Cleaningの真骨頂である。“新しい長い脚”とは何か――という問いは、実際には明確な答えを拒む。むしろ、それが何かを探ろうとするリスナーの視線こそがこの曲の主題であるかのように、言葉の断片が浮遊し、意味の皮膜を漂うように展開していく。
この曲では、都市生活者の無意識の言動、メディアによる言語の氾濫、感情を希釈していく日常のテンションなどが、フローレンス・ショウ(Florence Shaw)の無感情で静かな語りによって描かれている。それは、まるで社会そのものの“ノイズ”を冷静に再構成する試みのようでもある。
2. 歌詞のバックグラウンド
Dry Cleaningは、伝統的なポストパンクの影響を受けながらも、極めて現代的な文脈の中で言語と音の関係性を再定義するバンドである。とりわけボーカルのフローレンス・ショウは、“歌う”のではなく“語る”という手法を徹底しており、リリックはストーリーではなく断片的な言葉の集積として存在している。
「New Long Leg」は、そうしたバンドの姿勢を最も端的に表す楽曲のひとつであり、リスナーに明確な意味やメッセージを手渡すのではなく、曖昧さ、不確かさ、無意味性の中に潜む“リアル”を感じさせるように構成されている。
アルバム自体がロックダウン中に制作されたこともあり、この曲にも外界との断絶や、身体感覚の歪み、不意に現れる感情の暴発といった“コントロール不可能な現代性”が滲んでいる。
3. 歌詞の抜粋と和訳
I think of myself as a hardy banana
私は、自分を“タフなバナナ”だと思ってるAll I can do is passively drift
私にできるのは、ただ受動的に漂うことだけThe return of the peace sign
ピースサインが戻ってきたのI don’t remember anyone’s name
誰の名前も覚えていないI’m smiling constantly and people constantly step on me
私はずっと微笑んでるのに、人々はずっと私を踏みつける
歌詞引用元:Genius Lyrics – New Long Leg
4. 歌詞の考察
この楽曲の魅力は、“意味があるようでいて意味がない”言葉の羅列にある。そこに共通するのは、アイロニー、空虚、身体感覚の分裂、現実への距離感といったテーマである。たとえば「タフなバナナ」という奇妙な自己比喩は、脆さと頑丈さを併せ持つ不安定な自己像を象徴しているように思える。
また、「I’m smiling constantly and people constantly step on me(私は笑い続けてるのに、人々は踏みつけてくる)」というラインは、現代における“表面の快活さ”と“内なる疲弊”のギャップを見事に言い表しており、その痛々しさが感情を押し殺した語り口によって一層際立っている。
「New Long Leg」は全体として、“混沌のなかにいる自己”を描いた詩的ドキュメントである。バラバラに配置されたイメージや言葉は、それぞれが無関係なようでいて、ある“心の状態”を正確に描写している。これは、意味ではなく感覚で読む歌詞なのだ。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- The Sprawl by Sonic Youth
意味を解体しながら感情だけが浮かび上がるノイズとポエトリーの融合。 - I Know the End by Phoebe Bridgers
ポストアポカリプス的な現在における内面の変容と混乱を、断片的に綴ったエモーショナルな名作。 - Front Row Seat to Earth by Weyes Blood
人類と自然、身体と精神の断絶を静かに俯瞰する美しきバロックポップ。 - Track 10 by Charli XCX
言語の意味を曖昧にしながら、感情の振動を拡張していくデジタル・エレジー。
6. “意味がないから、意味がある”
「New Long Leg」は、Dry Cleaningの音楽における**“ノイズの詩学”**とも呼べるスタイルを象徴する楽曲であり、語られるのは“意味の空洞”そのものである。だがその空洞に、私たちは日々見過ごしている現実の破片を見つけるのだ。
日常の中で断片的に発せられる言葉、すぐに忘れてしまう会話、なんとなく感じる疲労や違和感――そういったものが、Dry Cleaningの手にかかると一つの美学となり、“都市を生きる詩”へと昇華する。
「New Long Leg」は、私たちが無意識に感じている“何か”を言葉にしないまま、確かに伝えてくる。そしてその曖昧さこそが、Dry Cleaningというバンドの最大の魅力なのである。理解しなくていい。ただ、感じればいい。そう語りかけるような不思議な楽曲である。
コメント