発売日: 1987年4月27日
ジャンル: ポップロック、アートロック、ダンスロック
崩れゆく神話と希望の断片——創造性と商業主義の狭間で
『Never Let Me Down』は、David Bowieが1987年に発表した16作目のスタジオ・アルバムであり、80年代後期の彼の“岐路”を象徴する作品である。
『Let’s Dance』から続くポップ路線の集大成でありながら、その表面にある華やかさの裏には、ボウイ自身の創作的な疲弊と葛藤が色濃く刻まれている。
タイトルは「僕を失望させないで」という願いであると同時に、自らのキャリアやファンへの責任感を暗に含む二重の意味を持つ。
制作にはカルロス・アロマーやピーター・フランプトンといった旧知のミュージシャンが参加し、演奏自体は確かであるものの、当時のデジタル志向のプロダクションが重く、楽曲の持つメッセージ性や感情を覆い隠してしまっている印象も否めない。
のちにボウイ自身が「もっと良くできたはず」と語ったこの作品は、商業的には成功しつつも、芸術的には試練の章として位置づけられている。
全曲レビュー
1. Day-In Day-Out
オープニングを飾るアップテンポなポップ・ナンバー。
貧困と都市社会の暴力をテーマにしたリリックは鋭く、サウンドとのギャップが逆に社会的皮肉を強調している。
2. Time Will Crawl
環境破壊と終末観を予言するような楽曲。
のちにボウイ自身が誇りに思うと語った一曲で、2018年のリマスター版ではリアレンジも施され再評価された。
3. Beat of Your Drum
性的な暗喩と個人的願望を交差させた歌詞が印象的。
ギターサウンドはグラマラスで美しいが、リズムトラックの機械的な質感が冷たさを与えている。
4. Never Let Me Down
アルバムのタイトル曲にして、ボウイの個人的な支えだった人物への賛歌。
親密で優しいトーンの歌唱が光り、感情が素直に伝わってくる数少ないトラック。
5. Zeroes
サイケデリック期のロックバンドや自己神話を茶化したようなナンバー。
シタール風のサウンドやエフェクトもあり、60年代回帰的な実験が垣間見える。
6. Glass Spider
幻想的かつ恐怖をはらんだナレーションで始まるアートロック的トラック。
後に“Glass Spider Tour”の中心として展開され、ステージ演出含めてボウイの演劇的側面を強調した。
7. Shining Star (Makin’ My Love)
ミッドテンポのダンス・ナンバー。
ポップなメロディに対して、ラップ・パートが突然挿入されるなど構成はやや奇妙。完成度には賛否が分かれる。
8. New York’s in Love
スピード感のあるロック・トラック。
タイトル通り、都市の熱狂と恋愛感情が交差するような軽快な楽曲だが、ややインパクトに欠ける。
9. ’87 and Cry
政治的な怒りと不安を表現した楽曲。
冷戦末期の空気感を反映しており、歌詞には皮肉が込められているが、音の派手さに埋もれてしまう印象も。
10. Bang Bang
イギー・ポップの楽曲をカバー。
ボウイのロックンロール愛と友情が滲むが、全体としてはエンディングとしてやや弱く感じられる構成。
総評
『Never Let Me Down』は、David Bowieという巨大なアーティストが“スーパースターとしての自分”と“芸術家としての自分”の間で揺れ動いた末に生まれた、複雑な足跡のような作品である。
完成度にはバラつきがあり、プロダクションの重さや選曲の不均衡は否めないが、その中に込められたメッセージや苦悩は無視できない重みを持つ。
のちに“ボウイ史上最も失敗したアルバム”とも評されつつ、2018年に生演奏によるリアレンジ版『Never Let Me Down 2018』が発表されることで、ボウイ自身の“やり直し”の意志とともに再評価の気運も高まった。
このアルバムは、煌びやかなポップの中で静かに“限界”を告白していたのかもしれない。
それでも彼は歌い続けた——決して見捨てないという言葉と共に。
おすすめアルバム
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Let’s Dance / David Bowie
本作のポップ路線の原点ともいえる大ヒット作。ナイル・ロジャースによる洗練されたプロダクションが光る。 -
Black Tie White Noise / David Bowie
90年代初頭における再出発のアルバム。『Never Let Me Down』以降の再構築が始まる。 -
The Next Day / David Bowie
キャリア晩年の意欲作。過去作を参照しながらも、自己言及的で鋭い批評精神が蘇る。 -
No Exit / Blondie
同時期のベテランが90年代以降に再評価を狙って放った作品。再出発の難しさと誠実さを共有。 -
Peter Gabriel (So) / Peter Gabriel
ポップと芸術性の均衡を見事に保った作品。80年代の空気と対話する視点を得られる。
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