1. 歌詞の概要
「Necessary Evil」は、Unknown Mortal Orchestraが2015年にリリースした3rdアルバム『Multi-Love』に収録された楽曲であり、アルバム全体を貫くテーマ——愛の複雑さと、人間関係におけるグレーゾーンの感情——を象徴するようなトラックである。タイトルの「Necessary Evil(必要悪)」は、「避けたいけれど避けられない悪」「共存を余儀なくされる負の側面」を意味し、愛や関係性の中に潜む矛盾や不完全さを浮き彫りにする。
語り手は、関係における不健全な面や自己の矛盾を自覚しながらも、その関係を断ち切ることができず、むしろその混沌の中に存在のリアリティを見出している。この“毒と共にある愛”というコンセプトは、アルバム『Multi-Love』全体に通底している多重恋愛やポリアモリーという現代的な恋愛観とも密接に結びついている。
曲調はラテン・ジャズのような柔らかで軽快なリズムに彩られ、ウィスパー気味のボーカルと遊び心のあるメロディが、毒を砂糖で包んだような効果を生み出している。リスナーは心地よさに身を委ねながら、歌詞の中にある矛盾や悔恨に気づき、じわじわとその深みにはまっていく。
2. 歌詞のバックグラウンド
アルバム『Multi-Love』は、バンドの中心人物ルーバン・ニールソンの**実体験に基づいたポリアモラスな関係(彼と妻、そしてもう一人の女性との三者関係)**をもとに制作された、極めて個人的かつ実験的な作品である。「Necessary Evil」は、その関係の持つ複雑さ——喜び、嫉妬、自由、罪悪感、共依存——といった感情の渦を、最も軽やかに、しかし鋭く描き出した一曲だ。
この楽曲では、愛の理想像から外れた感情を否定せず、「必要な悪(necessary evil)」として受け入れるというある種の成熟が感じられる。ルーバン自身もインタビューで、「この曲は、自分の中にある矛盾と、どう折り合いをつけるかについて歌ったもの」だと語っており、逃れられない人間性そのものを認めようとする試みが、音楽として昇華されている。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下に、「Necessary Evil」の印象的な一節を抜粋し、日本語訳を併記する。
I’m the note she wrote
彼女が書いたメモ、それが僕だ
That she keeps in her coat
彼女がコートのポケットに入れてるメモAnd everything I do
僕のするすべてが
Is to try to bring a little happiness to you
少しでも君を幸せにしようとしてることなんだI know I’m the bad guy
自分が“悪者”だってわかってる
I’m used to being the one
いつだって“その役”ばかりやってきたんだ
出典:Genius – Unknown Mortal Orchestra “Necessary Evil”
4. 歌詞の考察
「Necessary Evil」の歌詞は、関係の中に潜む依存、罪悪感、そして自己犠牲といった複雑な感情を描いている。語り手は自分が“悪役”であることを受け入れているが、それは開き直りではなく、むしろ相手の幸福のために自らを犠牲にするような歪んだ愛情の形として描かれている。
「彼女がコートに入れているメモが僕だ」という詩的な表現には、過去の思い出として保持されながらも、もはや真正面からは向き合われていない存在としての自分の姿が示されている。そこには、“関係の中にいるのに居場所がない”という疎外感がにじむ。
「Everything I do is to try to bring a little happiness to you」というラインは、一見献身的だが、裏を返せば相手の感情を常に優先しすぎて自分を失っている状態とも読める。そして「I know I’m the bad guy」というフレーズに込められた自認は、あらゆる感情の中で“悪”を引き受けることでバランスを取ろうとする悲しさを物語っている。
この曲が最も強く訴えかけてくるのは、「関係における正しさとは何か?」「感情の矛盾はどう受け入れられるべきか?」という問いだ。それに対してルーバン・ニールソンは、“必要悪”としてそれを受け入れる姿勢を提示している。この不完全な受容こそが、現代的な人間関係のリアルであり、「愛の多様性」を描く上での鍵となっている。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Can’t Keep Checking My Phone by Unknown Mortal Orchestra
日常の中に潜む不安と依存を描いた、同アルバム収録のグルーヴィーな名曲。 - The Other Side of Paradise by Glass Animals
美しさと毒が同居する関係の危うさを描いた、幻想的でエモーショナルな一曲。 - Somebody Else by The 1975
自分を犠牲にしてでも相手の幸せを願うような、ねじれた愛情を描いた現代的バラード。 - No Destruction by Foxygen
ノスタルジーと皮肉が入り混じる、破綻した関係性へのひねくれたラブレター。 - Motion Sickness by Phoebe Bridgers
加害と被害、愛と怒りが混在する複雑な感情をリアルに歌い上げた傑作。
6. “悪役”であることの愛——「Necessary Evil」が提示する関係のリアル
「Necessary Evil」は、愛や恋愛を“正しさ”で語ろうとする現代に対して、“正しくなくても必要なもの”があるのではないかという問いを投げかける作品である。理想や倫理だけでは割り切れない感情のリアリティ——それが嫉妬であれ、依存であれ、後悔であれ——を、音楽としてすくい上げるこの曲は、**人間関係のグレーゾーンを誠実に描いた“愛のスケッチ”**と言える。
軽快なラテン風リズムに乗って語られるのは、実は非常に個人的で苦い真実だ。だがそれを隠そうとはせず、むしろ音楽の中に正直に封じ込めることで、リスナーに「自分もそうだったかもしれない」と思わせる共鳴力を持っている。
「Necessary Evil」は、ただの“ラブソング”ではなく、人と人が関係を築くとき、避けて通れない“影”とどう向き合うかというテーマを、静かに、しかし確かに問いかけてくる。それは、美しく、ほろ苦く、そして確かに“必要”な悪だったのかもしれない——そう自分に言い聞かせる夜のための歌である。
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