
発売日: 2002年6月25日
ジャンル: オルタナティヴ・ロック、アートロック、エクスペリメンタル・ロック
ノイズの中に“歌”が戻ってきた——Sonic Youthが都市の再生を音で描いた午後
2002年、Murray Streetは新たな時代のSonic Youthの始まりを告げる作品としてリリースされた。
前作NYC Ghosts & Flowersが詩的・即興的な探求に傾倒した実験作であったのに対し、
本作では“曲としての構造”と“ノイズの美学”のバランスが、これまで以上に見事に融合されている。
アルバムタイトルは、彼らのスタジオが位置するニューヨークのマレー・ストリートに由来する。
2001年9月11日の同時多発テロは彼らの制作環境にも直接的な影響を与えたが、
本作にはそうした傷跡や再生へのまなざしが、直接ではなく風景や音の余白の中に織り込まれている。
さらに本作からジム・オルーク(Jim O’Rourke)が正式メンバーとして参加。
彼の繊細かつ実験的な美学が、音の配置や録音の奥行きに新たな空気をもたらしている。
全曲レビュー:
1. The Empty Page
Thurstonの穏やかな歌声と繊細なギターが印象的なオープニング。
“空白のページ”という比喩は、喪失と再出発の間をさまようような詩的な静けさを帯びている。
都市のざわめきを背景にした小さな祈りのような楽曲。
2. Disconnection Notice
中盤でのリズムのずれやフレーズの反復が、精神的断絶や都市生活の違和感を表現。
歌というよりは“モノローグ”に近く、次第に音が崩れていく感覚が鮮烈。
3. Karen Revisited
リー・ラナルドによるメインボーカル。
叙情的なメロディと、後半約7分に及ぶノイズジャムとの対比が鮮やか。
“カレン”という記憶の人物が、時間と共に形を失っていく様が音で描かれる。
4. Rain on Tin
インストゥルメンタルに近い、9分を超える長尺トラック。
3本のギターが雨粒のように交錯し、やがて風景となって流れ出す。
ポストロック的アプローチの中に、静かな恍惚が宿る。
5. Radical Adults Lick Godhead Style
Kim Gordonが放つ、挑発とユーモアに満ちたナンバー。
「ラディカルな大人たちが“神のようなスタイル”を舐める」——
セレブ文化、ポストフェミニズム、アイロニー。彼女の美学が凝縮された一曲。
6. Plastic Sun
パンキッシュでノイジーな短編のようなトラック。
“プラスチックの太陽”というイメージが、虚構的で過剰な世界を映し出す。
7. Sympathy for the Strawberry
Kimのゆらぐヴォーカル、果実の名を冠した謎めいたタイトル。
反復と波のような展開で、心象風景が音に溶けていく。
Strawberry Fieldsへの逆説的オマージュか。閉じていくアルバムの夢のようなラスト。
総評:
Murray Streetは、Sonic Youthが“ノイズの海に構造と叙情性を取り戻した”アルバムである。
この作品で彼らは、都市の傷跡や時間の経過、個人的記憶と社会的出来事を、
押しつけがましさのない、音の風景として提示している。
ギターの交差はもはや実験ではなく“呼吸”となり、
ポエトリーリーディングはメロディとして定着し、
日常は抽象と交わりながら、詩となって耳に届く。
この作品以降、Sonic Youthは“ノイズバンド”という肩書きでは語れない、
都市の記憶装置としてのバンドへと変貌していくのだ。
おすすめアルバム:
-
Jim O’Rourke / Eureka
繊細なポップと実験精神の絶妙な融合。Sonic Youthとの関係も深い。 -
Radiohead / Hail to the Thief
構造的な楽曲と政治的空気を持ち合わせた、都市の憂鬱を描く作品。 -
Talk Talk / Spirit of Eden
静けさと即興、音の余白にこそ“物語”が宿るという概念の原点。 -
The Notwist / Neon Golden
エレクトロニカとポストロックが交差する、都市的孤独のサウンドスケープ。 -
Sonic Youth / Sonic Nurse
Murray Streetの延長線上にある、より洗練された構成と深い叙情。
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