1. 歌詞の概要
Unknown Mortal Orchestraの「Multi-Love」は、2015年にリリースされた同名アルバムのタイトル・トラックであり、愛の多様性、多重関係(ポリアモリー)、そして感情の複雑さをテーマにした現代的かつ個人的なラブソングである。表面的にはファンキーで明るいポップ・チューンだが、その内側には愛と欲望、自由と痛みのせめぎ合いが描かれており、ルーバン・ニールソンの私的な経験をもとにした深い物語が込められている。
楽曲タイトルにある「Multi-Love」は、“複数の愛”を意味し、通常の一対一のロマンスではなく、複数のパートナーと同時に築かれる恋愛関係のリアリティと苦悩を描いている。これは単なるリベラルな恋愛賛美ではなく、その中で起こる感情の摩擦や、理想と現実のギャップまでも含んでいるのが特徴である。
歌詞の語り手は、自分とパートナー、そしてもう一人の第三者との関係に巻き込まれながら、自分自身の感情の混乱に向き合っていく。その過程で見えてくるのは、「自由な愛」がもたらす光と影、そして「愛とは何か?」という根源的な問いだ。
2. 歌詞のバックグラウンド
「Multi-Love」は、バンドのフロントマンであるルーバン・ニールソンの実体験をもとに書かれた。彼とその妻は、ある時期、第三者を迎え入れたポリアモラスな関係を築いていた。この経験は彼の創作活動に大きな影響を与え、アルバム全体のテーマとなっている。
特筆すべきは、ニールソンがこの楽曲において道徳的な判断や教訓を押しつけることなく、ただ自分自身の感情を露わにしている点である。彼はインタビューの中で、「Multi-Love」は喜びと痛みの両方が混在した、不安定でかけがえのない時間を記録した“日記”のようなものだと語っている。
音楽的には、70年代のソウルやサイケ、プリンスの影響を色濃く受けたプロダクションが施されており、複雑な感情をあえてポップで華やかなサウンドに包み込むことで、内容とのコントラストが強烈な印象を与える。この手法が、愛の甘さとほろ苦さを同時に感じさせる要因となっている。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下に、「Multi-Love」の印象的なフレーズを抜粋し、日本語訳とともに紹介する。
Multi-love has got me on my knee
マルチラブは僕をひざまずかせた
We were one, then become three
僕らはひとつだった、そして三人になったShe doesn’t want to be your man or woman
彼女は男にも女にもなりたくない
She wants to be your love
彼女はただ“あなたの愛”になりたいだけMulti-love, checked into my heart and trashed it like a hotel room
マルチラブは僕の心に入り込んで、まるでホテルの部屋みたいにめちゃくちゃにした
出典:Genius – Unknown Mortal Orchestra “Multi-Love”
4. 歌詞の考察
「Multi-Love」の歌詞は、愛が一対一であるべきという伝統的な枠組みに疑問を投げかけながらも、それを単純に肯定するものではない。語り手は、新しい愛の形に惹かれながらも、そこに渦巻く感情の葛藤や痛みから逃れられない。このアンビバレントな姿勢こそが、楽曲に深いリアリズムを与えている。
特に「We were one, then become three(僕らは一つだった、そして三人になった)」というラインには、喜びと困惑の両方が込められている。三角関係というよりも、“三者の協調”を試みた愛の形が、最終的には“めちゃくちゃにされた部屋”のように収拾がつかなくなるという展開には、現代的な恋愛観の限界と可能性が同時に描かれている。
また、「She doesn’t want to be your man or woman」というフレーズは、ジェンダーや役割の固定観念を超えた愛の在り方を提案している。ここでは“愛”が性別やラベルに縛られない感情として浮かび上がってくる。
「Multi-Love」は、恋愛を“所有”や“定義”の対象としてではなく、流動的で一時的な共鳴体験として捉えている。そこには確かに傷があり、痛みがあり、失うものもあるが、それでもその時間は確かに美しく、誰にも否定できない真実であったと語られている。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Digital Witness by St. Vincent
現代社会の人間関係とリアルの喪失を描いた、知的で皮肉なポップ・トラック。 - Seasons (Waiting on You) by Future Islands
恋愛における変化と時間の流れを、エモーショナルなボーカルで歌い上げた名曲。 - Someone Great by LCD Soundsystem
喪失と愛の記憶を、ミニマルなビートと詩的な語り口で描く、感情の音楽。 - Time Moves Slow by BADBADNOTGOOD ft. Samuel T. Herring
ゆるやかなソウルの中に、過ぎ去った愛への静かな後悔を刻んだトラック。 -
Let It Happen by Tame Impala
関係の終わりと自己変容を、サイケでありながらダンス可能なサウンドで描いた作品。
6. 愛の可能性と限界を映すミラー——「Multi-Love」が現代に問いかけたこと
「Multi-Love」は、愛とは何か?を再定義することに挑戦した曲である。複数の人を同時に愛することができるのか。自由であることと、責任を持つことは両立するのか。感情は拡張可能なのか、それともどこかで崩壊を迎えるのか。こうした問いに対して、ルーバン・ニールソンは明確な答えを出さない。むしろ、その問いそのものの美しさと儚さを描くことに徹している。
この曲には、現代社会における親密さの変容、自己と他者の境界、そして自由と制限という対立する価値観が交錯している。ポップなサウンドの奥に隠されたのは、愛という感情がいかに複雑で、定義不可能なものであるかという痛切なリアリティである。
「Multi-Love」は、単なる恋愛の歌ではない。それは、今この時代における人間関係の姿を映し出す鏡であり、そこに映るのは私たち自身の、揺れ動く感情と不完全な愛の形なのである。Underworld的な夜の都市の詩情とは対照的に、これは陽の光の中で迷う心のラブソングだ。だからこそ美しく、記憶に残る。
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