発売日: 1969年8月
ジャンル: クラウトロック、サイケデリック・ロック、アヴァンギャルド
概要
『Monster Movie』は、ドイツの前衛ロックバンドCanが1969年に発表した記念すべきデビュー・アルバムであり、“クラウトロック”というジャンルの始動を高らかに告げた革新的作品である。
元々はクラシックと電子音楽に精通したホルガー・シューカイ(b)やイルミン・シュミット(key)らが中心となって結成されたCanは、実験音楽とロックを結びつけることを目指し、当初はアメリカ人ボーカリストのマルコム・ムーニーを迎えて活動を開始した。
『Monster Movie』は、その初期衝動の記録であり、のちにダモ鈴木を迎える“トランス的グルーヴ”のCanとは異なる、よりロック寄りのエネルギーに満ちたアルバムである。
アメリカのガレージロックやサイケデリックの影響、フリー・ジャズ的な即興性、そしてドイツ語圏ならではの無機質なビート感覚が、ここで大胆に交錯する。
アルバムのプロデュースはCan自身によって行われ、録音も当時のDIY精神に則って西ドイツ・ケルンのスタジオで行われた。
エレクトロニクスや編集技法よりも、“生身のバンド”としてのダイナミズムが前面に出た作風となっており、Canのディスコグラフィの中でも異質かつ刺激的な一枚である。
この作品は、後のポスト・パンクやノイズ・ロック、ポスト・ロック、シューゲイザーにまで影響を及ぼす“前衛ロックの原点”として、現在でも高い評価を受けている。
全曲レビュー
1. Father Cannot Yell
冒頭から炸裂する、変拍子のリズムと錯乱的なギター。
マルコム・ムーニーの歯切れの良いシャウトが繰り返されることで、リスナーはあたかも言語の渦に飲み込まれるような感覚に陥る。
Canの“集団即興”のスタイルがすでに完成されていることを証明する一曲である。
2. Mary, Mary So Contrary
子どもの歌のようなタイトルながら、不穏なオルガンと浮遊感のあるギターが奇妙な夢を構築する。
サイケデリックとフリー・フォーク、アンビエントの境界にあるような楽曲であり、静かな狂気を孕んでいる。
3. Outside My Door
唯一ブルース調のリフが導入されている楽曲で、バンド初期のアメリカン・ロックへの傾倒がうかがえる。
マルコムの歌唱が最もストレートに聴ける楽曲でありながら、テープ逆再生やエフェクト処理が施されたギターが異常性を保っている。
後の作品にはあまり見られない“歪んだポップ性”が興味深い。
4. Yoo Doo Right
20分以上に及ぶアルバムの大作であり、Canというバンドの核心がここにある。
延々と繰り返されるミニマルなベース・ラインとドラミング、その上で語られるムーニーの不安定な独白。
録音当初は6時間に及んだジャム・セッションをテープ編集で凝縮したとされ、後のCanにおける“編集=作曲”という哲学の原型がすでに現れている。
脱構築されたラブソングであり、ロックにおける反復と恍惚の力を体現した一曲でもある。
総評
『Monster Movie』は、Canの出発点であると同時に、“ロックの構造そのものを破壊し、再構築する”という実験精神に満ちた作品である。
後年のCan作品に見られるエスニック・ビートやアンビエント要素はまだ希薄だが、それ以上に、音の“異物性”や“制御不能なエネルギー”が剥き出しで存在している。
マルコム・ムーニーのボーカルは、言葉という記号を解体する“ポスト言語的”な表現として機能しており、カタルシスではなく“緊張”が聴き手に与えられる。
ロックというフォーマットに飽和を感じていた1960年代末において、本作はまさに“異端”の響きを放っていた。
それはプログレでもなく、ジャズでもなく、サイケでもない——後に“クラウトロック”と名付けられる新しい地平だった。
『Monster Movie』は、ロックが制度である前に“衝動”であったことを思い出させる作品であり、今なおノイズやアヴァンギャルドを志すアーティストにとっての原典として機能し続けている。
おすすめアルバム(5枚)
- Faust – Faust IV (1973)
同じクラウトロックの代表格で、実験性とユーモアを併せ持つ作品。 - Neu! – Neu! (1972)
ミニマリズムとモーターリック・ビートを極限まで追求した名盤。 - The Velvet Underground – White Light/White Heat (1968)
ノイズと反復、実験精神という共通項が多く、Canのルーツとも呼べる作品。 - This Heat – Deceit (1981)
ポスト・パンク以降の文脈からCanの実験性を継承したカルト的アルバム。 -
Swans – Filth (1983)
ミニマルかつノイジーなアプローチで、Canの“Yoo Doo Right”的哲学をハードコアに押し進めた衝撃作。
制作の裏側(Behind the Scenes)
『Monster Movie』の録音は、バンドのメンバーが自ら機材を設営したケルンのスタジオにて行われた。
プロフェッショナルなエンジニアの介入を避け、即興性と実験性を保つため、録音から編集に至るまで、バンドが完全にコントロールした環境下で制作された。
特筆すべきは、「Yoo Doo Right」の録音方法であり、6時間にも及んだジャム・セッションを、テープの切り貼りによって“楽曲”に編集したという点である。
この手法はのちに「ホルガー・シューカイのサウンド・コラージュ的アプローチ」としてCanの代名詞ともなっていく。
つまり、『Monster Movie』は“ロック・バンドが編集室で作曲する”という革命的発想の第一歩であり、その後のサンプリング文化やDAW時代を先取りしていたのである。
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