
発売日: 2024年9月27日
ジャンル: インディーロック、ポストパンク、ドリームポップ
概要
『Moisturizer』は、イギリスのインディーロックバンド、Wet Legが2024年にリリースした待望のセカンドアルバムであり、前作の奔放なエネルギーを引き継ぎつつも、より緻密で成熟したサウンドを特徴としている。
デビュー作『Wet Leg』の爆発的な成功を経たRhian TeasdaleとHester Chambersは、そのプレッシャーをユーモアと創造性で乗り越えた。
『Moisturizer』は、よりパーソナルなテーマや、微細な感情の揺れを捉えることに挑戦した作品である。
プロデューサーには再びダン・キャリーを迎えつつ、新たにPJ HarveyやRadioheadの仕事で知られるジョン・パリッシュも一部参加。
そのため、音の厚みと奥行きが格段に増しており、バンドの表現力が大きく進化している。
文化的には、パンデミック後の現代社会における人間関係や孤独感、自己肯定感の揺らぎをテーマにしており、リリース直後から批評家たちの熱い支持を集めた。
インディーロックの枠に収まりきらない自由な発想は、Wet Legを”一発屋”ではないことを強く証明するものとなった。
全曲レビュー
1. Moisturizer
アルバムのタイトル曲にして、冒頭を飾るナンバー。
しっとりとしたギターとドリーミーなコーラスが交錯し、心地よい倦怠感を演出する。
「乾いた心に潤いを」というテーマが、軽やかな皮肉と共に表現される。
2. Soggy Dreams
緩やかなテンポで進むドリームポップ寄りの楽曲。
にじんだギターとリヴァーブの効いたボーカルが、ぼんやりとした夢のような世界を描き出す。
3. Plastic Sofa
再び飛び出すWet Legらしいウィット。
安っぽい日常と感情の空虚さを、軽快なリズムとミニマルなギターリフで笑い飛ばしている。
4. Lotion Commotion
ファンキーなベースラインが印象的な一曲。
スキンケアをめぐる騒動をメタファーに、自己改善に囚われる現代人の滑稽さを描く。
5. Cry Baby
内省的なバラード。
脆く震えるようなボーカルが、涙とともに癒やしを求める姿を繊細に伝える。
6. SPF 100
過剰防衛をテーマにした皮肉たっぷりのパンク調ナンバー。
ハードなギターとスピード感あふれるビートが、自己防衛本能の過剰さを可笑しくも鋭く突く。
7. Moisturizer (Reprise)
インストゥルメンタルの小品。
アルバム前半のテーマを静かに反芻するような、短くも美しい余韻を残す。
8. Happy Flakes
幸福と虚無の交差を描いた楽曲。
カラフルなサウンドの中に漂う孤独感が、乾いた笑いを誘う。
9. Slippery Slope
自己崩壊の予兆をテーマにしたダークな一曲。
ねじれたギターと、リズムの不安定さが、聴き手に不穏な緊張感を与える。
10. Sunburn
希望と絶望が交錯する終末的なバラード。
焦げつくようなギターと、空虚に響くボーカルが胸を打つ。
11. Aloe Vera
癒やしを求める最後の一縷の願いを込めたナンバー。
サウンドは控えめながら、リリックは痛烈であり、「自分を救うのは結局自分自身しかいない」というメッセージが響く。
12. Moist World
アルバムを締めくくるスケールの大きな曲。
混沌とした世界にあっても、柔らかく生き延びようとする意思を、優雅なコーラスと緻密なアレンジで描き切る。
総評
『Moisturizer』は、Wet Legが単なる一発屋ではないことを強く印象づける、見事なセカンドアルバムである。
前作の奔放な衝動性を活かしつつ、今作ではさらに深く、より個人的なテーマへと踏み込んでいる。
リリックは一見ふざけているようでいて、裏には鋭い観察と切実な感情が隠されており、聴くたびに新たな発見がある。
また、音作りも飛躍的に進化しており、ギターサウンドのレイヤリングや、リズムの緩急、空間の使い方など、繊細な工夫が随所に光る。
一曲一曲が強い個性を持ちながらも、アルバム全体としては一つの”乾きと潤い”をめぐるコンセプトのもとに有機的に繋がっている。
特にタイトル曲「Moisturizer」や「Sunburn」「Aloe Vera」などは、現代人の心象風景を鋭く、しかもユーモラスにすくい上げており、時代の空気を的確に捉えている。
聴く者に一時的な高揚感だけでなく、静かな余韻と小さな自己発見をもたらすこのアルバムは、Wet Legのアーティストとしての成熟を証明する傑作と言えるだろう。
おすすめアルバム(5枚)
- Wolf Alice『Blue Weekend』
ドリームポップとロックの間を漂うサウンドが共通。叙情性とエッジのバランスが絶妙。 - Japanese Breakfast『Jubilee』
明るさと哀しみを同時に抱えるポップ作品。Wet Legの今作と同じく多面的な感情表現が光る。 - PJ Harvey『Stories from the City, Stories from the Sea』
都会的な孤独感と柔らかな攻撃性を併せ持つ名盤。サウンドの深みという点で通じる。 - Alvvays『Blue Rev』
ドリーミーでメロディアスなサウンドと、感情の機微を捉えたリリックが共鳴する。 - Big Thief『Dragon New Warm Mountain I Believe in You』
ジャンルを越境しながらも一貫した感情の真実味を保つアルバム。Wet Legの進化とも重なる。
ファンや評論家の反応
『Moisturizer』はリリース直後から、英米の主要メディアで高く評価された。
「NME」は「Wet Legはデビュー作以上に自由で、しかしより深い感情を掘り下げた」と評し、
「Pitchfork」は「表面的なポップの背後に、切実な痛みと希望を隠した巧妙な作品」と絶賛した。
ファンの間でも、”成長を感じた”、”何度聴いても飽きない”という声が多く、
『Wet Leg』で彼女たちを知ったリスナーにも、新たな魅力を届けることに成功している。
特に日本では、前作に引き続き、タワーレコードの各店頭で大々的に展開され、
若い世代を中心にじわじわと熱量を広げている様子がうかがえる。
今後の来日公演への期待もますます高まっているのだ。
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