1. 歌詞の概要
「Mmm Mmm Mmm Mmm」は、カナダ出身のフォーク・ロック・バンド**Crash Test Dummies(クラッシュ・テスト・ダミーズ)**が1993年に発表したセカンド・アルバム『God Shuffled His Feet』からのシングルであり、不条理で孤独な子どもたちの物語を、風変わりなユーモアと静かな哀しみで描いた異色のヒット曲である。
タイトルで繰り返される「Mmm Mmm Mmm Mmm」という意味のないフレーズは、一見コミカルにも思えるが、実は歌詞の“語ることすら難しい沈黙”を象徴している。
この曲は三つの異なるストーリーを扱っており、それぞれの子どもが社会の中で異物として扱われ、理解されないままに孤立していく様子を描写している。
主人公たちは、生まれつき髪の色が変わる病気を持っていたり、交通事故の後で傷跡が残ったり、宗教的な儀式のために裸にならざるを得なかったりと、“普通”であることから逸脱した存在として描かれる。そして、彼らの経験が語られた後に訪れる「Mmm Mmm Mmm Mmm」は、言葉にできない感情や、語り手自身の戸惑い、社会の無理解を象徴しているのだ。
2. 歌詞のバックグラウンド
この曲は、Crash Test Dummiesのリードシンガーでありソングライターの**ブラッド・ロバーツ(Brad Roberts)**によって書かれたもので、当初から風変わりなバラードとして構想されていた。
ブラッドの重低音ボーカル、風変わりな詞世界、そして淡々としたリズムが融合した「Mmm Mmm Mmm Mmm」は、1993年当時の音楽シーンでは異彩を放ちつつも世界的な大ヒットとなり、アメリカではBillboard Hot 100で4位、イギリスでは2位を記録するなど、国際的に注目を集めた。
曲のアイデアの源泉について、ブラッドは「異なる者たちの物語を描きたかった。そしてそれは、道徳的な教訓ではなく、世界の奇妙さを記録するような感覚だった」と語っている。
そこには、悲劇をユーモアとともに語るという、カナダ的とも言える**“ブラックな優しさ”**がある。
また、90年代初頭は“グランジ・ムーブメント”の真っ只中であり、ニルヴァーナやパール・ジャムのような感情の爆発を中心とした音楽が主流であった中で、この曲の静謐で奇妙な空気感は、まさに“静かなる異物”としてリスナーの耳に強く残ったのである。
3. 歌詞の抜粋と和訳
“Once there was this kid who / Got into an accident and couldn’t come to school”
昔、ある少年がいた
事故に遭って 学校に来られなくなった“But when he finally came back / His hair had turned from black into bright white”
でもようやく戻ってきたとき
彼の髪は黒から真っ白になっていた“And when they finally made her / They saw birthmarks all over her body”
そしてある少女がいた
服を脱がされたとき 全身にあざがあった“She couldn’t quite explain it / They’d always just been there”
彼女は説明できなかった
それはずっと前から そこにあったから“Mmm mmm mmm mmm…”
うーん…(沈黙)
引用元:Genius
4. 歌詞の考察
「Mmm Mmm Mmm Mmm」が表現しているのは、“語るに語れぬ違和感と他者との断絶”である。
この楽曲に登場する子どもたちは、誰も悪くない。ただ違っているだけで、社会から無言の拒絶や注視の目を向けられる。
ここにあるのは、いじめや差別という明確な暴力ではなく、もっと微細で、誰もが無自覚に加担してしまう“沈黙の排除”だ。
「She couldn’t quite explain it」という歌詞には、生まれつき異なることに対する“説明責任”を押しつけられる構造が浮かび上がる。
人と違うことには理由が必要で、それが語られないと社会は納得しない。
だが、彼女にとってその痣はただ“ある”だけであり、理由も物語も必要ないものなのだ。
この曲の真髄は、“Mmm Mmm Mmm Mmm”という無意味なフレーズに込められた意味の豊かさにある。
それは「言葉にならない」「語れない」「語る気がない」「語っても理解されない」など、多義的であると同時に、聴き手の想像力を試すような空白をつくっている。
決して“かわいそうな子どもたち”として感傷的に描くことなく、むしろ世界の奇妙さ、説明不能な人間の多様さをユーモラスに描く。
この視点こそがCrash Test Dummiesの真骨頂であり、この楽曲がいまだに語り継がれる理由なのである。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- “Flagpole Sitta” by Harvey Danger
社会から浮いてしまった若者の不安と皮肉をポップに描いた90年代の隠れた名曲。 - “Jeremy” by Pearl Jam
異物として扱われた少年の絶望を、シリアスに描いたグランジの代表的プロテストソング。 - “Loser” by Beck
スラッカー文化を背景に、あえて無意味さを強調した実験的ローファイ・アンセム。 -
“We’re Going to Be Friends” by The White Stripes
子ども時代の記憶を、優しさと静けさの中に包み込んだオルタナティヴ・フォーク。 -
“Common People” by Pulp
階級や差異を皮肉とストーリーテリングで暴く、ブリットポップの知性派アンセム。
6. 意味のない“うーん”が伝える深い真実——「Mmm Mmm Mmm Mmm」の不思議な力
「Mmm Mmm Mmm Mmm」は、一見するとふざけた曲のようにも思える。だがその中には、社会の中で“ちょっと変わっている”とされる者たちが、どれだけ複雑な孤独を抱えているかが静かに刻まれている。
ブラッド・ロバーツの低音の歌声は、感情をあらわにすることなく、むしろ**“声にしない”ことでその痛みや奇妙さを際立たせる**。
言葉が失われた瞬間にこそ、最も多くの意味が詰まっている——それがこの楽曲の哲学である。
「Mmm Mmm Mmm Mmm」は、誰にも言えない物語のための子守唄であり、世界の不思議と不条理をそっと許すための歌なのだ。
語られない声に耳を傾けること、それ自体が救いであり、音楽の力でもある。
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