アルバムレビュー：Megatop Phoenix by Big Audio Dynamite

発売日: 1989年9月4日
ジャンル: ダンスロック、サンプリング・ロック、アートファンク

概要
全曲レビュー
総評
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概要

『Megatop Phoenix』は、Big Audio Dynamiteが1989年に発表した4作目のスタジオ・アルバムであり、オリジナルメンバーによるラスト・アルバムとして特別な意味を持つ作品である。
バンドの中心人物であるミック・ジョーンズは、ここでひとつの総括として、BADの音楽的美学――すなわちサンプリング文化、ジャンル混交、そしてポップと政治の融合――を極限まで推し進めた。

タイトルの「Megatop Phoenix」は、サウンド的な巨大さ（Megatop）と再生（Phoenix）のメタファーを掛け合わせたもので、アルバム全体が混沌のなかから何かが蘇るような構造になっている。
それは、80年代の終わりを予感させる時代性を鋭敏に捉えながら、アシッドハウス、ヒップホップ、サイケデリア、レゲエ、そしてパンクの残り香までもを織り交ぜたサウンド・コラージュの集大成なのだ。

結果として本作は、当時のダンスフロアを意識しつつも、ラジカルな知性とポップカルチャーの博覧会的センスが交錯する“音の万華鏡”として成立している。

全曲レビュー

1. Start

アルバムのプロローグとして機能する短いサウンドスケープ。
ノイズ、断片的なサンプル、ラジオ風の音が交錯し、これから始まる旅の混沌と方向性を予感させる。

2. Rewind

タイトル通り“巻き戻し”のように、音の引用と過去への言及が散りばめられたトラック。
レトロ感と現代性が同居し、サンプラーを駆使した独自の時間軸が構築されている。

3. Union, Jack

イギリス国旗“ユニオンジャック”を冠するこの曲は、国家とアイデンティティ、ポスト帝国主義的視点への問いを音楽で表現。
ダンスビートの中に、政治と文化の絡まりが凝縮されている。

4. Contact

エネルギッシュでファンキーなダンスナンバー。
リズムが跳ねるように展開し、クラブミュージックとしての即効性と、耳に残るキャッチーさが共存する。
前作から引き継がれるBADらしいスタイルの完成形とも言える。

5. Dragon Town

アジアン・モチーフを取り入れたサウンドと、猥雑な都市の風景が交錯する異色曲。
ロンドンの多文化的側面や、アンダーグラウンドな空気を抽象的に表現している。

6. Baby, Don’t Apologise

ややスウィートなラブソングの形式をとりつつ、実際は別れと再生をめぐるサイケデリックな幻想が広がる。
メロディラインはポップだが、トラックは実験性に富む。

7. House Arrest

タイトルは「軟禁」を意味するが、音楽的にはハウスミュージックの文脈を反映したアッパーチューン。
サンプリングとビートループが全編にわたり強調され、フロアユースにも適した構成になっている。

8. The Green Lady

この曲のミステリアスなコード進行と浮遊感は、BADにしては異例の美しさを持つ。
“緑の女神”という抽象的存在を通して、自然と幻想が重ねられていく。
インストゥルメンタルに近い構成が印象的。

9. London Bridge

サウンドコラージュの真骨頂。
ロンドンの喧騒と歴史、文化の多層性が、音と声と引用で綴られる都市の断片的詩。
BADが目指した「音で語る都市論」がここに結実している。

10. Stalag 123

第二次世界大戦時の捕虜収容所“Stalag”をテーマに、戦争、監視、記憶の問題を浮かび上がらせる異色作。
リリックは断片的ながら、パワフルで重苦しいトーンが全体を支配する。

11. James Brown

再録のような形で、再びファンクの神を召喚。
ダンサブルでありつつ、ポップカルチャー批評としての二重性を備える、BADならではの文脈操作が面白い。

12. If I Were John Carpenter

タイトルはホラー映画の巨匠ジョン・カーペンターに言及。
シンセベースのサウンドと冷たいループが映画音楽的で、ポップとホラーが交錯するユニークな試み。

13. Mick’s a Hippie Burning

皮肉とユーモアに満ちたセルフリフレクション的トラック。
“ミックは燃えてるヒッピー”というフレーズに、ロックレジェンドとしての自分を脱構築する意図が込められている。

総評

『Megatop Phoenix』は、Big Audio Dynamiteの実験精神がもっとも極まったアルバムであり、1980年代のサンプリング文化と音楽的多様性を象徴するアート作品である。
それはただのダンス・ロックでも、ポップアルバムでもない。
むしろ、社会、記憶、都市、歴史といった複数の主題が、音の断片とテクスチャの中に溶け込んだ“ポストモダン・ミュージック”として聴くべき作品なのだ。

クラブと批評性、楽しさと知性、政治とサイケデリア。
そのすべてを詰め込みながら、なお軽やかに踊れる――それがBADの美学であり、『Megatop Phoenix』はその極北にある。
オリジナルBADの集大成として、そして90年代を目前に控えた“音楽の再構築”の起点として、このアルバムは今なお重要な意義を持っている。