
イントロダクション
Big Audio Dynamite(ビッグ・オーディオ・ダイナマイト)は、The Clashを脱退したMick Jonesが、パンクのその先を探るために作り上げた、きわめて先鋭的な音楽プロジェクトである。略称はB.A.D.。その名の通り、彼らの音楽は大きく、騒がしく、危険で、そして時代の常識を爆破するようなエネルギーを持っていた。
The Clashがパンク、レゲエ、ダブ、ロックンロール、スカ、ファンクを混ぜながら「ロックバンドの可能性」を拡張したとすれば、Big Audio Dynamiteはさらにその先で、サンプリング、ヒップホップ、映画音声、ダンスビート、エレクトロニックな処理をロックに持ち込んだ。つまり彼らは、ポストパンクの後、オルタナティブ・ダンスやビッグビート、デジタル時代のロックへ向かう橋を架けたバンドである。
Big Audio Dynamiteは1984年、The Clashの元ギタリスト/ボーカリストであるMick Jonesによってロンドンで結成された。バンドはパンクロック、ダンスミュージック、ヒップホップ、レゲエ、ファンクなどを混ぜ合わせた存在として知られている。(wikipedia.org) そこに映画監督でありDJ、映像作家でもあるDon Lettsが加わったことが決定的だった。Lettsは音楽だけでなく、映画、レゲエ、クラブカルチャー、映像編集の感覚をバンドへ持ち込み、B.A.D.の「音の映画」のような世界を作り上げた。
彼らの代表作This Is Big Audio Dynamiteは、1985年に発表された。ギター、ベース、ドラム、キーボードに加え、サンプラーと映画の台詞を大胆に使ったこの作品は、当時のロックとしては異様に未来的だった。「E=MC²」、「Medicine Show」、「The Bottom Line」などは、ポスト・クラッシュの音楽的冒険を象徴する楽曲である。
Big Audio Dynamiteは、過去を壊すだけのバンドではなかった。彼らは映画の記憶、都市のノイズ、ジャマイカのベースライン、ヒップホップの反復、パンクの反骨をつなぎ合わせ、新しいロックの文法を作ろうとした。彼らの音楽は、ギターだけでは語れない時代が来ることを、いち早く告げる衝撃波だった。
Big Audio Dynamiteの背景と結成
Big Audio Dynamiteの誕生には、The Clashの終焉が深く関わっている。Mick JonesはThe Clashの中心人物のひとりだった。Joe Strummerとともに歌い、曲を書き、ギターを鳴らし、バンドの多様な音楽性を支えてきた。しかし1983年、JonesはThe Clashを脱退する。そこには音楽性、バンド運営、メンバー間の関係など、複雑な問題があった。
The Clashを離れたMick Jonesにとって、次に何をするかは重要だった。単にThe Clashの続きのようなパンクバンドを作ることもできただろう。しかし彼は、過去をなぞる道を選ばなかった。むしろ、The Clashでやり残したこと、あるいはThe Clashでは十分に進められなかった音楽的実験を、Big Audio Dynamiteで一気に押し進めた。
重要な相棒となったのがDon Lettsである。Lettsは、ロンドンのパンクシーンにレゲエを持ち込んだ重要人物であり、The Clashとも深い関係を持っていた。映像作家としても活動し、音楽、映画、クラブカルチャーを横断する感覚を持っていた。Big Audio Dynamiteにおける彼の役割は、単なるボーカルやサンプル担当ではない。彼はバンドの視覚的・映画的な意識を形作った人物だった。
初期メンバーには、Mick Jones、Don Letts、Dan Donovan、Leo “E-Zee Kill” Williams、Greg Robertsらがいる。1985年のデビューアルバムThis Is Big Audio Dynamiteのクレジットでも、Jonesがボーカルとギター、LettsがボーカルとFX、Donovanがキーボード、Williamsがベース、Robertsがドラムとドラムマシンを担当している。(wikipedia.org)
この編成が面白いのは、通常のロックバンドでありながら、すでに「ロックバンド以上のもの」になっている点だ。ギター、ベース、ドラムはある。しかし、そこにサンプル、映画の台詞、ドラムマシン、ダブ的な空間処理、クラブ的な反復が入り込む。Big Audio Dynamiteは、バンドという形を保ちながら、実質的には音のコラージュ集団だった。
1980年代半ばは、サンプリング技術がポピュラー音楽に本格的に入り始めた時期である。ヒップホップはすでにサンプル文化を発展させていたが、ロックバンドが映画音声やリズムマシンをここまで大胆に使う例はまだ珍しかった。B.A.D.は、ギター中心のロックから、編集と引用のロックへ向かう重要な一歩を踏み出したのである。
音楽スタイルと特徴
Big Audio Dynamiteの音楽スタイルは、ひとつのジャンルで説明できない。パンク、ポストパンク、ヒップホップ、レゲエ、ダブ、ファンク、ロック、ニューウェーブ、エレクトロ、ダンスミュージック、映画音楽、サンプリング文化が混ざり合っている。
彼らの最大の特徴は、サンプリングの使い方である。B.A.D.の曲では、映画の台詞、銃声、効果音、断片的な声が、楽器と同じように配置される。これは単なる飾りではない。曲の構造そのものを作っている。特に「Medicine Show」では、スパゲッティ・ウェスタン映画からの台詞が大胆に使われており、曲全体が西部劇の断片を再編集したような世界になっている。(wikipedia.org)
第二の特徴は、ダブとレゲエの影響である。The Clashもレゲエやダブを取り入れたが、Big Audio Dynamiteではその感覚がさらに編集的になる。ベースラインは太く、空間は広く、音は抜き差しされる。曲の中に余白があり、声や効果音がその余白に浮かぶ。
第三の特徴は、ヒップホップ的な反復とビートである。Mick Jonesはパンクギタリストでありながら、Big Audio Dynamiteではギターを主役にしすぎない。リズム、サンプル、ベース、コーラス、音の断片が同じレベルで並ぶ。これは、ロックバンドがヒップホップ以降の音楽感覚を吸収し始めた重要な例である。
第四の特徴は、映画的な構成である。Don Lettsの存在もあり、B.A.D.の音楽は非常に映像的だ。曲が始まると、まるでフィルムが回り出すように感じる。台詞が入り、場面が切り替わり、リズムが走り、ギターが鳴る。彼らの音楽は、ロックの楽曲というより、音で作られた都市映画のようである。
このスタイルは、後のオルタナティブ・ダンス、ビッグビート、サンプリング・ロックへつながっていく。Big Audio Dynamiteは、The Clashの後に生まれたバンドでありながら、1990年代の音楽を先取りしていた。
代表曲の楽曲解説
「The Bottom Line」
「The Bottom Line」は、Big Audio Dynamiteの初期を代表する楽曲であり、バンドの基本姿勢を示す重要曲である。タイトルは「最終結論」や「肝心な点」を意味する。The Clashを離れたMick Jonesが、新しい音楽の地平へ向かう宣言のようにも聞こえる。
この曲では、ダンスビート、ファンク的なベース、ギター、コーラス、サンプルが組み合わさっている。The Clash時代の荒々しいパンクロックとは明らかに違う。だが、反骨精神は消えていない。むしろ、ロックの形を変えることで、新しい反抗を表現している。
「The Bottom Line」の魅力は、軽快さと切実さが同居しているところにある。踊れる。だが、単なるダンスミュージックではない。音の中に、過去を振り切って前へ進む感覚がある。Mick JonesにとってB.A.D.は、失われたバンドの代用品ではなく、新しい未来への出口だった。
「E=MC²」
「E=MC²」は、Big Audio Dynamite最大の代表曲のひとつであり、彼らの映画的サンプリング美学が最も美しく結晶化した楽曲である。1986年にシングルとして発表され、英国でトップ20入りした。This Is Big Audio Dynamiteの項目でも、この曲はUKシングルチャートで11位に達し、バンドの代表的ヒットとなったことが記されている。(wikipedia.org)
この曲は、Nicholas Roegの映画作品へのオマージュとして知られる。タイトルはアインシュタインの有名な式を用いているが、曲の中心にあるのは科学というより、時間、記憶、映画、断片の連鎖である。映画の台詞やイメージが音楽の中に散りばめられ、曲全体がフィルム編集のように進む。
サウンドは非常にダンサブルで、ベースラインがうねり、ビートが前へ進む。その上にMick Jonesの少し気だるい声が乗る。The Clash時代の直情的な歌い方とは違い、ここでは語り、引用し、場面をつなぐように歌っている。
「E=MC²」は、ロックが映画とサンプリング文化をどのように取り込めるかを示した名曲である。歌詞、音、引用、ビートが一体となり、単なるポップソングではなく、音のモンタージュになっている。
「Medicine Show」
「Medicine Show」は、Big Audio Dynamiteの最も象徴的な楽曲のひとつである。スパゲッティ・ウェスタン映画からの台詞を大胆にサンプリングし、まるで荒野の中を巨大なサウンドシステムが走っていくような曲になっている。
この曲では、Clint EastwoodやEli Wallachが出演した西部劇の台詞が使われている。This Is Big Audio Dynamiteの資料でも、「Medicine Show」には『荒野の用心棒』や『続・夕陽のガンマン』などからの台詞が複数引用されていることが説明されている。(wikipedia.org)
西部劇の荒々しい世界と、1980年代ロンドンのポストパンク/ダンスロックがつながる。この組み合わせは、当時としては非常に斬新だった。映画の台詞は、単なるネタではない。曲のリズム、雰囲気、物語性を作る重要な素材になっている。
「Medicine Show」というタイトルも興味深い。薬売りの見世物、怪しげな興行、詐欺と救済が混ざったようなイメージがある。Big Audio Dynamiteは、ポップミュージックそのものを現代のメディスン・ショーとして見ていたのかもしれない。音楽は人を癒すが、同時にイメージと商売にもまみれている。その皮肉がこの曲にはある。
「C’mon Every Beatbox」
「C’mon Every Beatbox」は、1986年のNo. 10, Upping St.に収録された楽曲であり、B.A.D.のビート志向がさらに強まったことを示す曲である。タイトルに「beatbox」とある通り、ヒップホップやドラムマシンの感覚が前面に出ている。
この曲では、Mick Jonesのポップセンスと、Don Lettsらによる音のコラージュ感覚がうまく結びついている。ビートは弾み、コーラスはキャッチーで、曲は明るい。だが、その明るさの中には、都市の雑多な音が詰め込まれている。
B.A.D.は、パンクの直線的な怒りを、ビートと編集の快楽へ変えた。「C’mon Every Beatbox」は、その変化を象徴する楽曲である。
「V. Thirteen」
「V. Thirteen」は、No. 10, Upping St.の代表曲のひとつである。このアルバムでは、Mick Jonesの旧友Joe Strummerが共同プロデュースや共作で関わっており、ポスト・クラッシュ的な文脈が強い。
この曲には、The Clash的なロックの感触と、Big Audio Dynamiteのサンプリング/ダンス感覚が混ざっている。つまり、過去と未来の間に立つ曲である。Mick JonesとJoe Strummerが再び交差する瞬間としても、ファンにとっては特別な意味を持つ。
タイトルの「V. Thirteen」は謎めいているが、B.A.D.の曲ではこうした記号的なタイトルがよく機能する。意味を説明しきるのではなく、音とイメージの断片として提示する。そこにバンドの映画的な美学がある。
「Sightsee M.C!」
「Sightsee M.C!」は、Big Audio Dynamiteのヒップホップ的な遊び心が出た楽曲である。タイトルの「M.C.」はラップのMCを思わせ、観光、都市移動、語り手というイメージが重なる。
この曲では、B.A.D.が単にパンク出身のバンドではなく、ヒップホップ文化の語りとリズムを吸収していたことがわかる。もちろん彼らは純粋なヒップホップグループではない。だが、ヒップホップの「引用する」「語る」「ビートに乗る」「都市を切り取る」という方法論を、ロックへ持ち込んだ。
「Just Play Music!」
「Just Play Music!」は、1988年のTighten Up Vol. 88を代表する楽曲である。タイトルは非常に直接的だ。「ただ音楽をかけろ」。この言葉には、ジャンルの議論や理屈を超えて、音楽そのものを鳴らすことへの衝動がある。
この曲では、ダンスミュージックへの接近がさらに明確になっている。ビートは軽快で、サンプルやコーラスもポップに配置されている。B.A.D.はここで、ロックバンドでありながらクラブ的な快楽を追求している。
「Just Play Music!」は、Big Audio Dynamiteの哲学を端的に表す曲でもある。パンクか、ヒップホップか、レゲエか、ロックか。そんな分類よりも、音が動いているかどうかが大事だ。彼らはジャンルの境界よりも、音楽の運動性を信じていた。
「Other 99」
「Other 99」は、B.A.D.の社会的な感覚が見える楽曲である。タイトルからは、1%ではない「その他の99」という視点を感じさせる。後年の「99%」という政治的スローガンを先取りするようにも聞こえるが、ここではより広く、社会の周縁にいる人々や見過ごされる多数派への視線として響く。
Big Audio Dynamiteは、The Clashほど直接的な政治スローガンを多用したわけではない。しかし、彼らの音楽には常に都市、階級、メディア、権力への批評がある。サンプルや映画引用に隠れているが、社会への視線は消えていない。
「Contact」
「Contact」は、1989年のMegatop Phoenixを代表する楽曲である。このアルバムはオリジナルラインナップ最後の作品であり、よりコンセプチュアルで、サウンドも豊かになっている。Megatop Phoenixは1989年9月4日にCBSからリリースされた、オリジナルラインナップ最後のスタジオアルバムである。(wikipedia.org)
「Contact」というタイトルは、通信、接触、交信を連想させる。B.A.D.の音楽には、常に異なる文化同士の接触がある。パンクとレゲエ、映画とロック、ヒップホップとギター、ロンドンとアメリカ、西部劇とクラブ。「Contact」は、そのバンドの本質を象徴するようなタイトルだ。
曲はポップでありながら、音の層が厚い。B.A.D.の中期的な成熟が感じられる楽曲である。
「James Brown」
「James Brown」は、Megatop Phoenixに収録された楽曲であり、ファンクへの敬意がタイトルにそのまま表れている。James Brownは、ファンク、ソウル、ヒップホップ、サンプリング文化の源流とも言える存在である。
Big Audio DynamiteがJames Brownを取り上げるのは自然である。彼らの音楽は、ロックのリフよりもビートとグルーヴを重視する部分がある。James Brown的な反復、リズムの切れ、身体性は、B.A.D.の音楽にも流れている。
この曲では、彼らがパンクの後に、黒人音楽のリズム文化から多くを学んでいたことがわかる。The ClashがレゲエやR&Bへ開いた道を、B.A.D.はサンプリングとファンクの方向へさらに広げた。
「The Globe」
「The Globe」は、Big Audio Dynamite II時代の最大のヒット曲であり、1991年のアルバムThe Globeを象徴する楽曲である。Mick Jonesはメンバーを大きく入れ替え、B.A.D. IIとして新しい時代のサウンドへ向かった。
この曲は、The Clashの「Should I Stay or Should I Go」のギターリフをサンプリング的に引用している点でも知られる。自分自身の過去を素材として再利用するという行為は、非常にB.A.D.らしい。Mick JonesはThe Clashの亡霊から逃げるのではなく、それをサンプルとして新しい曲の中へ組み込んだ。
「The Globe」は、よりダンスロック色が強く、90年代初頭のオルタナティブ・ダンスの空気に合っている。Big Audio Dynamiteが、1980年代半ばの実験から、1990年代のクラブ/ロック融合へ移行したことを示す曲である。
「Rush」
「Rush」もBig Audio Dynamite II期の代表曲である。タイトル通り、曲には疾走感と高揚感がある。初期B.A.D.の映画的なコラージュ感覚に比べると、より90年代的なダンスロックとして整理されている。
この曲の魅力は、Mick Jonesのポップセンスが健在であることだ。どれほどサンプルやビートを使っても、彼の曲には歌えるメロディがある。The Clash時代から一貫して、Jonesは実験とポップ性を結びつける才能を持っていた。
アルバムごとの進化
This Is Big Audio Dynamite
1985年のデビューアルバムThis Is Big Audio Dynamiteは、B.A.D.の歴史だけでなく、1980年代ロックの中でも重要な実験作である。「The Bottom Line」、「E=MC²」、「Medicine Show」などを収録し、サンプリング、映画引用、ダブ、ヒップホップ、ロックを大胆に融合した。
このアルバムは、1985年11月1日にColumbiaから発売され、UKアルバムチャートで27位、Billboard 200で103位を記録し、英国ではゴールド認定された。(wikipedia.org) 商業的にも一定の成功を収めたが、それ以上に重要なのは、ロックバンドがサンプラーを中心的な楽器として使う可能性を示した点である。
Lenny Kayeは当時のレビューで、このアルバムについて、ビートボックスのリズム、合唱的なコーラス、特殊効果、ボイスオーバー、印象主義的な歌詞が特徴であり、The Clashの直接的な政治声明からは遠く離れていると評している。(wikipedia.org) これは非常に的確である。Big Audio Dynamiteは、The Clashの政治性を失ったのではない。政治的な言葉を、メディアと引用の時代に合わせて変形したのである。
このアルバムは、音楽を「演奏」するだけでなく「編集」するという新しい発想をロックへ持ち込んだ。後のサンプリング・ロックやビッグビートを考えるうえで、非常に重要な作品である。
No. 10, Upping St.
1986年のNo. 10, Upping St.は、Big Audio Dynamiteのセカンドアルバムであり、Joe Strummerが共同プロデュースや共作で関わった作品として知られる。タイトルは英国首相官邸の「10 Downing Street」をもじったものと読め、政治的なユーモアも感じられる。
このアルバムでは、「C’mon Every Beatbox」、「V. Thirteen」など、よりポップでありながら、The Clashとの接点も強い楽曲が並ぶ。Mick JonesとJoe Strummerの関係が音楽的に一時再接続された作品としても特別だ。
前作ほどの衝撃的な新しさは薄れるかもしれないが、楽曲としての完成度は高い。サンプリングやダンスビートを使いながら、より歌として届く形にまとめている。B.A.D.が実験だけでなく、ポップバンドとしても力を持っていたことがわかる。
Tighten Up Vol. 88
1988年のTighten Up Vol. 88は、Big Audio Dynamiteがダンスミュージックへさらに接近した作品である。タイトルはTrojan Recordsのレゲエ・コンピレーションTighten Upシリーズを連想させ、レゲエやクラブカルチャーへの敬意も感じられる。
「Just Play Music!」などでは、バンドのビート志向がより明快になる。初期の映画的サンプリングに加え、クラブで鳴ることを意識したようなリズムが前面に出る。
このアルバムは、B.A.D.が常に変化しようとしていたことを示している。彼らはデビュー作の成功した方法に留まらず、時代のビートを吸収し続けた。1988年という時代を考えると、アシッドハウスやクラブカルチャーの波もすぐそこに来ていた。B.A.D.はその空気を敏感に感じ取っていた。
Megatop Phoenix
1989年のMegatop Phoenixは、オリジナルラインナップによる最後のアルバムであり、Big Audio Dynamiteの初期到達点である。「Contact」、「James Brown」などを含み、サウンドはより豊かで、アルバム全体に統一感がある。
この作品は、ロンドンのKonk Studiosで録音され、Mick JonesとBill Priceがプロデュースを担当した。(wikipedia.org) Bill PriceはThe Clashとも関係の深いエンジニア/プロデューサーであり、Mick Jonesの音楽的歴史とつながる存在である。
Megatop Phoenixは、タイトル通り巨大なテント興行のようであり、不死鳥のようでもある。Big Audio Dynamiteというプロジェクトの集大成であり、同時に一つの終わりでもあった。音楽的には洗練されているが、その後、バンドは大きく変化する。
The Globe
1991年のThe Globeは、Big Audio Dynamite II名義で発表されたアルバムであり、B.A.D.の第二期を象徴する作品である。Mick Jonesは新メンバーとともに、より90年代的なオルタナティブ・ダンス/ロックへ向かった。
代表曲「The Globe」、「Rush」は、初期B.A.D.よりもわかりやすくダンスロックとして機能する。サンプルや引用は残っているが、音はより整理され、クラブとロックの中間で鳴っている。
この時期のB.A.D.は、Happy Mondays、Primal Scream、EMF、Jesus Jonesなどが作るインディー・ダンス時代の中に置くと理解しやすい。Mick Jonesは、80年代半ばに始めた実験を、90年代の大きな音楽潮流へ接続したのである。
Higher Power
1994年のHigher Powerは、Big Audio Dynamite II期の後続作であり、90年代オルタナティブロックの中でバンドが新しい位置を探していた時期の作品である。グランジやブリットポップが大きな流れとなる中で、B.A.D.のダンスロック路線は独自の場所にあった。
この作品では、前作のような大きなヒットは生まれなかったが、Mick Jonesの音楽的探求は続いている。B.A.D.は流行を追うだけではなく、自分たちの編集的な音楽観を90年代の環境へ合わせようとしていた。
F-Punk
1995年のF-Punkは、Big Audio Dynamite名義の変化した時期の作品であり、より荒々しいロック色が見えるアルバムである。タイトルに「Punk」と入っていることからも、Mick Jonesが自分の原点へ再び接近しようとしていたことがうかがえる。
しかし、ここでのパンクは1977年の焼き直しではない。サンプルとダンスビートを通過した後のパンクである。B.A.D.の音楽は、どれだけ原点へ戻ろうとしても、すでに編集と引用の感覚を持っている。そこが面白い。
Entering a New Ride
1997年に録音されながら、当時は正式な商業リリースが難航したEntering a New Rideは、B.A.D.の後期を語るうえで重要な作品である。音楽産業の変化、レーベルとの関係、時代の流れの中で、バンドの活動は複雑になっていった。
このアルバムは、Mick Jonesがなお新しい音を探し続けていたことを示す。商業的な成功とは別に、B.A.D.は常に「次の乗り物」に乗ろうとしていた。タイトルは、その姿勢を象徴している。
Mick Jonesのポスト・クラッシュとしての意味
Big Audio Dynamiteを理解するには、Mick JonesがThe Clash後に何をしようとしたのかを考える必要がある。The Clashは、パンクの枠を超えたバンドだった。レゲエ、ダブ、スカ、ロックンロール、ファンク、ヒップホップを吸収し、政治的メッセージと音楽的実験を両立させた。
しかしThe Clashは、バンドである以上、メンバー間のバランスやイメージの制約もあった。Mick JonesはBig Audio Dynamiteで、より自由に音を編集し、映画を引用し、サンプラーを使い、クラブのビートを取り入れた。
つまりB.A.D.は、The Clashの裏切りではない。むしろ、The Clashの実験精神を1980年代後半のメディア環境へアップデートしたものだった。The Clashが都市の政治をギターで鳴らしたとすれば、B.A.D.は都市のメディアと映画とノイズをサンプラーで鳴らしたのである。
Guardianの記事でも、Big Audio Dynamiteは1980年代初頭にパンクが停滞する中で、Mick Jonesとその仲間たちが当時最も革新的なグループのひとつを作った存在として語られている。(theguardian.com) この評価は、B.A.D.の本質をよく突いている。彼らはポスト・クラッシュの余生ではなく、次の時代の実験だった。
Don Lettsの役割
Don Lettsは、Big Audio Dynamiteにおけるもう一人の重要人物である。彼は単なるメンバーではなく、音楽の見方そのものを変えた存在だった。
Lettsは、ロンドンのパンクシーンとレゲエ文化をつないだ人物として知られる。パンクの現場でレゲエをかけ、The Clashにもジャマイカ音楽への扉を開いた。映像作家としても活動し、パンクのドキュメンタリーやミュージックビデオを手がけた。
B.A.D.でのLettsは、映画の台詞、効果音、映像的な編集感覚を音楽へ持ち込んだ。彼の存在がなければ、Big Audio Dynamiteは単にMick Jonesの新バンドだったかもしれない。Lettsがいたからこそ、B.A.D.は「音楽と映画と都市文化のコラージュ」になった。
2011年のインタビューでLettsは、B.A.D.再結成について、当時の音源を聴き返したとき、それが昨日の音でも今日の音でもなく、まだ明日のように聞こえたと語っている。(mikeatkinson.wordpress.com) この言葉は、B.A.D.の先進性をよく表している。彼らの音楽は、時代に縛られながらも、どこか未来へ向かっていた。
サンプリング文化と映画的引用
Big Audio Dynamiteの革新性は、サンプリング文化の早い導入にある。1980年代半ば、サンプラーはまだ高価で、ロックバンドが一般的に使う楽器ではなかった。だがB.A.D.は、映画の台詞や効果音を曲の中に大量に組み込んだ。
特にThis Is Big Audio Dynamiteでは、スパゲッティ・ウェスタンやNicholas Roeg作品などからの引用が重要な役割を持つ。Popdoseのレビューでも、Don Lettsが初期のサンプラーを使い、『荒野の用心棒』、『夕陽のガンマン』、『続・夕陽のガンマン』などのスパゲッティ・ウェスタンや、Nicholas Roeg監督作品からの台詞を大胆に使っていたことが説明されている。(popdose.com)
これは、後の音楽では当たり前になった手法だが、当時は非常に新しかった。現在では権利処理の問題で難しいことも多いが、B.A.D.の初期作品には、サンプリングがまだ自由で野性的だった時代の空気がある。
映画引用は、B.A.D.の音楽に物語性を与えた。曲を聴くと、画面が浮かぶ。荒野、都市、銃声、ラジオ、テレビ、クラブ、街角。音楽は単なる演奏ではなく、映像の断片をつなぐ編集台になる。
この点で、Big Audio Dynamiteはロックバンドであると同時に、サウンド・コラージュのアーティストでもあった。
The Clashとの比較
Big Audio DynamiteをThe Clashと比較すると、両者の連続性と違いがよく見える。
The Clashは、パンクを土台にしながら、レゲエ、ダブ、ロックンロール、スカ、ファンク、ヒップホップを吸収した。歌詞は政治的で、直接的で、怒りと理想主義が強かった。ギターはまだバンドサウンドの中心にあり、ライブでの熱量も重要だった。
Big Audio Dynamiteは、その多様性をさらに編集的にした。政治的メッセージはより断片化され、映画やメディアの引用の中に散りばめられる。ギターは重要だが、主役ではない。サンプル、ビート、ベース、効果音が同じレベルに立つ。
The Clashが街頭の演説なら、Big Audio Dynamiteはテレビ、映画、ラジオ、クラブ、ニュースが同時に流れる都市のスクリーンである。どちらも反骨的だが、表現の方法が違う。
The Clashのファンの中には、B.A.D.を軽く見た人もいたかもしれない。しかし、後の音楽史から見ると、B.A.D.の実験は非常に重要だった。彼らは、パンクの精神をサンプラー時代へ移植したバンドだったのである。
同時代アーティストとの比較
Big Audio Dynamiteは、同時代の多くのアーティストと接点を持つが、完全にはどこにも属さない。
Public Image Ltdと比較すると、両者はポストパンク以降にロックの構造を壊した点で共通する。PiLがダブ、ノイズ、反ロック的な緊張を使って音楽を解体したのに対し、B.A.D.はよりポップで、映画的で、ダンス可能な形に再構成した。
Talking Headsと比べると、両者にはファンク、ワールドミュージック、都市的な知性がある。しかしTalking Headsがアートスクール的で、神経質なグルーヴを作ったのに対し、B.A.D.はもっとストリート的で、映画とクラブの匂いが強い。
Beastie BoysやRun-D.M.C.などのヒップホップ勢と比べると、B.A.D.は本格的なラップグループではない。しかし、サンプルとビートを使ってロックを再構築する点では、ヒップホップの方法論から強い影響を受けている。
Primal ScreamやHappy Mondays、Jesus Jones、EMFなどの後続のインディー・ダンス勢と比べると、B.A.D.は先駆的な位置にいる。彼らが1985年の時点でやっていたことは、1990年代初頭に大きな潮流となるロックとダンスの融合を先取りしていた。
後世への影響
Big Audio Dynamiteの影響は、直接的な売上やチャート成績だけでは測れない。彼らは、ロックバンドがサンプル、映画音声、ドラムマシン、ダンスビートを使うことを早い段階で示した。
後のオルタナティブ・ダンス、ビッグビート、サンプリング・ロック、デジタルロックには、B.A.D.の影がある。The Chemical Brothers、The Prodigy、Fatboy Slim、Apollo 440、Jesus Jones、Pop Will Eat Itself、Beck、Gorillazなど、ジャンルを横断し、サンプルとバンドサウンドを混ぜるアーティストを考えると、Big Audio Dynamiteの先駆性が見えてくる。
特にGorillazとの関係は興味深い。Mick Jonesは後にGorillazのライブバンドにも参加しており、Damon Albarnが作る仮想バンド/音楽コラージュの世界とも相性がよかった。これは偶然ではない。B.A.D.がやっていたことは、すでに「バンドとは何か」を拡張する試みだったからである。
Big Audio Dynamiteは、ロックがギター、ベース、ドラムだけで完結しない時代を予告した。音楽は引用され、編集され、再配置される。バンドは演奏者であると同時に、編集者になる。その発想は、現代音楽において非常に大きな意味を持つ。
Big Audio Dynamiteの魅力とは何か
Big Audio Dynamiteの魅力は、混ぜることを恐れないところにある。パンク、レゲエ、ヒップホップ、映画、ダブ、ファンク、ダンス、ロック。普通なら散らかってしまう要素を、彼らは都市の雑踏のように鳴らした。
彼らの音楽には、きれいな統一感よりも、異物同士がぶつかる快感がある。映画の台詞が突然入り、ベースがうなり、ギターが刻み、ビートが跳ねる。そこには、1980年代以降の都市文化そのものがある。人々はテレビを見て、映画を見て、クラブへ行き、ニュースを聞き、レコードを聴く。その断片的な生活を、B.A.D.は音楽にした。
また、Mick Jonesのポップセンスがあるからこそ、実験は聴きやすくなる。サンプルや引用が多くても、曲には必ずフックがある。「E=MC²」や「The Globe」を聴けばわかるように、彼は実験をメロディへ着地させる才能を持っている。
Big Audio Dynamiteは、かっこいいだけの実験ではない。踊れる。歌える。引用できる。語れる。彼らの音楽は、知的でありながら身体的である。
まとめ
Big Audio Dynamiteは、The Clash後のMick Jonesが作り上げた、ジャンルの壁を打ち壊すポスト・クラッシュの衝撃波である。1984年にロンドンで結成され、Don Lettsらとともに、パンク、ヒップホップ、レゲエ、ダブ、ファンク、映画音声、サンプリング、ダンスビートを混ぜ合わせた新しいロックの形を提示した。(wikipedia.org)
「The Bottom Line」、「E=MC²」、「Medicine Show」、「C’mon Every Beatbox」、「V. Thirteen」、「Just Play Music!」、「Contact」、「James Brown」、「The Globe」、「Rush」といった楽曲には、Big Audio Dynamiteの多面的な魅力が刻まれている。映画、都市、サンプル、ビート、政治、ポップ。すべてがひとつの巨大な音のコラージュとして鳴っている。
This Is Big Audio Dynamiteは、1985年の時点でロックにサンプリングと映画的編集を大胆に持ち込んだ重要作である。No. 10, Upping St.ではJoe Strummerとの再接続もあり、Tighten Up Vol. 88ではダンス志向を強め、Megatop Phoenixではオリジナルラインナップの集大成を示した。その後、Big Audio Dynamite IIとしてThe Globeを発表し、90年代のオルタナティブ・ダンスへ接続していった。
Big Audio Dynamiteは、The Clashの後日談ではない。むしろ、The Clashが開けた扉の向こう側で、さらに新しい音を探したバンドである。パンクの怒りを、サンプラーと映画とダブの中へ流し込み、ロックを編集の時代へ進めた。彼らの音楽は、ジャンルの境界線が崩れていく未来の予告編だった。
Big Audio Dynamiteを聴くことは、音楽がまだ何にでもなれた時代の興奮を聴くことである。ギターが鳴り、映画が喋り、ビートが跳ね、街が揺れる。そのすべてが一つになったとき、Big Audio Dynamiteという名前はただのバンド名ではなく、音楽の爆発そのものになる。

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