
1. 歌詞の概要
「Martika’s Kitchen」は1991年にリリースされた、マルティカのセカンド・アルバム『Martika’s Kitchen』のタイトル・トラックであり、アルバム全体のコンセプトを象徴する楽曲でもある。この曲は、恋愛と欲望を“料理”という日常的かつ官能的なメタファーで包み込みながら、リスナーをマルティカの官能的な世界=「キッチン」へと誘う、遊び心に満ちたファンク/ポップナンバーである。
表向きはキッチンでの誘惑というテーマながら、その背後にはセクシャリティ、女性の主体性、そしてパワーダイナミクスといった現代的なトピックがさりげなく込められている。「料理してあげるわ(I’ll cook for you)」という言葉が、単なる家庭的なジェスチャーではなく、女性から男性への“仕掛け”として描かれている点がこの楽曲の魅力であり、毒でもある。
アップビートでグルーヴィーなサウンドと、マルティカのちょっぴり艶やかなボーカルが相まって、聴く者の耳と心をくすぐるような1曲である。
2. 歌詞のバックグラウンド
「Martika’s Kitchen」は、アルバム全体をプロデュースしたプリンスによって書かれた楽曲である。マルティカとプリンスは、この時期に緊密なコラボレーションを行っており、本作においてもその化学反応が強烈に現れている。
実際、プリンスがこの曲を書き下ろす際に想定していたのは、マルティカが“成熟したセクシーな女性像”を演じられるかどうかという点だったと言われている。デビュー作『Martika』のティーン・アイドル的なイメージからの脱却を狙った彼女にとって、この挑発的な楽曲は新たなスタートを意味していた。
曲中には、プリンスらしいダブル・ミーニング(多義的な言い回し)が散りばめられており、表面上は料理の話をしているようで、実際には性愛や関係性の主導権を描いている。つまり、これは“キッチン”を舞台にした、女性の欲望とコントロールについての寓話とも言える。
3. 歌詞の抜粋と和訳
Step into my kitchen, boy, it’s open tonight
今夜は私のキッチンへいらっしゃい、開店中よI’m gonna whip up something special, gonna cook it up right
特別なものをこしらえて、完璧に仕上げてあげるSo come on, baby, don’t be shy
だから遠慮しないで、さあ、こっちに来て‘Cause Martika’s kitchen is open wide
マルティカのキッチンは、大きく扉を開いてるの
引用元:Genius Lyrics – Martika / Martika’s Kitchen
4. 歌詞の考察
この曲は、一見すると甘く誘惑的なラブソングのようだが、その奥には女性が自らの魅力と空間を武器に、相手を誘い、支配するというストーリーがある。マルティカの“キッチン”は、単なる家庭的な空間ではない。それは彼女がルールを決める領域であり、欲望も、感情も、関係性の主導権もすべてを彼女が握っている世界なのだ。
「料理してあげる」という言葉は、これまで家庭的・従属的とされてきた女性の役割を逆手に取り、むしろその行為を“力”として描き出している。その結果、この曲は一種のフェミニズム的視点を持ったファンク・ポップとして成立している。
また、“キッチン”という言葉を使うことで、楽曲は非常に比喩的で親しみやすく、同時に官能的な緊張感をはらんでいる。マルティカの声は、決して押し付けがましくなく、あくまでもリズミカルに、時には軽やかに欲望を語る。そのスタンスが、楽曲にいやらしさではなく“自信に満ちた艶”を与えているのだ。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- “Cream” by Prince
色気とユーモアが混じったプリンスの典型的ファンク・ナンバー。性的メタファー満載。 - “Express Yourself” by Madonna
女性の自己主張とセクシャルな力を表現したダンス・クラシック。 - “If” by Janet Jackson
性愛における主体性と願望を大胆に表現した名曲。 - “I’m a Slave 4 U” by Britney Spears
セクシャリティをダンスとともに開放する、若き日のブリトニーの挑戦的シングル。 - “Erotica” by Madonna
官能と芸術を融合させた一大フェティッシュ・ポップの金字塔。
6. 特筆すべき事項:プリンスの「料理」とマルティカの「覚醒」
「Martika’s Kitchen」は、マルティカの“アイドル脱却宣言”であり、彼女がより成熟した表現者へと進化するうえで決定的な一曲であった。そしてこの進化を導いたのが、他でもないプリンスである。
彼はこの曲に、彼女の中にある“少女の顔と大人の欲望”の両面を融合させる仕掛けを施した。その結果、マルティカは自分自身のキャリアにおいて初めて“演じるだけではない、自ら物語を紡ぐ”表現者としての顔を見せたのだ。
「Martika’s Kitchen」は、耳に心地よく、リズムに乗せて聴き流すこともできる一方で、意識して聴けば聴くほど、その中に仕掛けられたメッセージの深さに気づかされる。まさに、プリンスが用意したレシピに、マルティカが命を吹き込んだ、絶妙な一皿のような楽曲なのである。
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