1. 歌詞の概要
「Make You Better(メイク・ユー・ベター)」は、アメリカのインディー・フォークバンド、The Decemberists(ザ・ディセンバリスツ)が2015年にリリースしたアルバム『What a Terrible World, What a Beautiful World』のリードシングルであり、バンドの成熟と変化を象徴する静かな名曲である。
この楽曲の主題は、「愛することによって、相手を変えられるか?」という非常に普遍的かつ切実な問いかけである。
語り手は、かつて誰かを支えようとし、その存在によって相手の人生を良くしようと願ったが、その努力は報われず、むしろ痛みや無力感を残してしまったことを静かに振り返っている。
歌詞の内容は決して攻撃的ではないが、極めて内省的で、自分の期待、愛情、そして失敗に向き合う痛みが、哀しげなトーンとともにじわじわと滲み出る。
「Make You Better」というフレーズは、最初は献身や希望を意味するが、曲が進むにつれて、その裏に潜むコントロール欲や共依存、そしてすれ違いといった影が浮き彫りになっていく。
2. 歌詞のバックグラウンド
この曲が収録された『What a Terrible World, What a Beautiful World』は、The Decemberistsが4年ぶりに発表したアルバムであり、Colin Meloy(コリン・メロイ)の内面的な成長と、家族を持った後の新たな視点を反映した作品でもある。
「Make You Better」は、これまで中世の物語や悲劇を題材にしてきたThe Decemberistsの作風から大きく距離を取り、現代的で個人的な感情に深くフォーカスした点が際立っている。
サウンド面では、バンドとしては珍しくシンセサイザーのレイヤーを取り入れており、フォークロックにドリーミーな質感が加わっているのも特徴のひとつだ。
また、2014年に公開されたMVには俳優のニック・オファーマン(Nick Offerman)が登場し、架空のドイツ音楽番組を模したユーモラスな設定で展開される内容となっており、楽曲の深刻なテーマとは対照的な演出が話題となった。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下に、「Make You Better」の印象的な歌詞を抜粋し、日本語訳とともに紹介する。
引用元:Genius Lyrics – Make You Better
“I wanted you, I wanted you / But I just couldn’t make you better”
君が欲しかった、確かに/でも君を“よくする”ことはできなかった
“They want you to be better / They want you to be perfect”
みんな君にもっと良くなってほしいと願ってる/完璧でいてほしいと思ってる
“But you’re not, no you’re not / And that’s fine”
でも君は違う、完璧じゃない/それでいいんだ
“We’re not so starry-eyed anymore”
もう、あの頃みたいに夢を見てはいない
“Like a snowman in the rain / I fell”
雨に打たれる雪だるまのように/僕は崩れ落ちた
こうしたフレーズには、かつての理想と現実のギャップ、相手への期待とその崩壊、そして失望を通じて得た静かな諦念が凝縮されている。「Like a snowman in the rain(雨の中の雪だるま)」という比喩は、美しくも脆い感情の崩壊を詩的に言い表している。
4. 歌詞の考察
「Make You Better」の歌詞は、深い優しさと同時に、重たい無力感を抱えている。語り手は相手を愛していたし、助けたかったが、その思いが「相手のため」という名のもとに、自分の理想を押しつけていたことに気づいていく。
冒頭では、語り手の「誰かをよくしてあげたい」という純粋な気持ちが語られるが、時間の経過とともに、その気持ちには“変わってほしい”“期待通りでいてほしい”というコントロールが混じっていたことが明かされる。
そしてその期待は、相手にとって重荷となり、結果的に二人の関係を歪めてしまった。
この曲の核心は、「愛することは、相手を変えることではない」という真理にたどり着くまでの内省である。
「君は完璧じゃない。でも、それでいい」という受容のフレーズは、愛が成熟する瞬間を表しており、同時に語り手自身の成長をも示している。
また、「We’re not so starry-eyed anymore(もう夢ばかり見ていない)」というラインは、かつての理想主義が現実の中で壊れてしまったことを象徴しながらも、その壊れた後に残る“本当の愛の形”を模索する希望でもある。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- “Poison & Wine” by The Civil Wars
愛と矛盾、すれ違いの痛みを美しいハーモニーで表現した名デュエット。 - “Someone Like You” by Adele
終わった関係への未練と成長を、感情の起伏とともに描いたピアノバラード。 - “Slow Show” by The National
不完全な自分と、それを見つめる愛の姿を、静かに吐露する詩的ロック。 - “Motion Sickness” by Phoebe Bridgers
感情の揺れと混乱を、皮肉と優しさを織り交ぜて描くモダン・フォーク。 - “All I Need” by Radiohead
依存と片思いの苦しみを、音の層で覆い隠した崇高なラブソング。
6. 愛と不完全さのバラード:変えようとすることで壊れてしまうもの
「Make You Better」は、愛することの本質を問う一曲であり、「誰かのためを思ってしたこと」が必ずしも善意に終わらず、むしろ相手を傷つけることもあるという、複雑な現実に真正面から向き合っている。
この曲が持つ力は、“傷ついた者の側”でも“傷つけた者の側”でも、どちらの立場にも寄り添える普遍性にある。
そして、最終的に語り手は「誰かを変えることよりも、自分の中の期待と向き合うこと」の大切さに気づいていく。それは、失恋の歌でありながら、個人の成長の物語でもある。
The Decemberistsは、時に壮大な物語を構築するバンドとして知られているが、この「Make You Better」では、外の世界ではなく“心の内側”に物語を見出している。
その語りは静かで、飾り気がなく、しかし誰の胸にも深く刺さる。
「君をよくしたかった」——その願いが、美しさと痛みの両方を持つことを、私たちはこの歌を通じて知る。
だからこそ「Make You Better」は、恋愛だけでなく、人間関係全般における“成熟”のバラードとして、長く愛される価値のある一曲である。
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