発売日: 2020年7月31日
ジャンル: オルタナティヴロック、ポストパンク、アートロック
概要
『Made of Rain』は、The Psychedelic Fursが実に29年ぶりに発表したスタジオ・アルバムであり、バンドの沈黙を破る鮮やかな帰還として高く評価された作品である。
1991年の『World Outside』を最後に表舞台から遠ざかっていた彼らは、再結成ライブ活動を経て、本作で過去と現在の音楽的ヴィジョンを統合し、成熟した詩情と厚みのあるサウンドで“いま”のFursを提示した。
プロデュースはリチャード・バトラーの実弟であり、Love Spit Loveでも共演したリチャード・フォーテスが担当。
ゴシック的な美しさ、シューゲイザー的な空間性、そしてバンドの原点であるポストパンクの緊張感が、高度に洗練された形で交差する。
本作の最大の魅力は、リチャード・バトラーの変わらぬヴォーカルと、それを包み込む詩的でシネマティックなサウンドスケープであり、過去のセルフ・カヴァーではなく、真の意味での“再創造”を成し遂げた奇跡的なアルバムである。
全曲レビュー
1. The Boy That Invented Rock & Roll
重厚なストリングスとギターが交錯する、ドラマチックなオープニング。
“ロックンロールを発明した少年”という象徴的タイトルの下、自己神話と音楽史が混ざり合うような構成。
衝撃的な幕開けであり、バンドの復活を高らかに告げる。
2. Don’t Believe
鋭いギターリフとダークなビートが駆け抜ける、痛烈な社会批評ソング。
「信じるな」というメッセージには、時代のフェイク感や政治不信への皮肉が込められている。
力強くも冷笑的なトーンが印象的。
3. You’ll Be Mine
感情の機微を鋭く描く、メロウで内省的なラブソング。
バトラーのヴォーカルが深く沁み込み、シンセとギターの音像が宙に溶けるように美しい。
4. Wrong Train
“間違った列車に乗った”というメタファーが人生の逸脱や後悔を描く。
反復的で重苦しいビートが、内面的な焦燥と倦怠を表象しており、ダークな空気が支配する。
5. This’ll Never Be Like Love
愛の不在を冷ややかに綴るバラード。
クラシカルなピアノの導入と、崩れかけた感情の断片が交差するような構成が印象的で、バンド史上でも屈指の抒情的楽曲。
6. Ash Wednesday
宗教的モチーフと自己否定的詩性が結びついた、耽美的なトラック。
“灰の水曜日”はカトリック的懺悔と再生を象徴し、音楽としても静謐な儀式のように響く。
7. Come All Ye Faithful
タイトルの宗教的イメージとは裏腹に、皮肉と不信を孕んだ詩世界。
ダイナミックな演奏とバトラーの絞り出すような歌声が、楽曲に強烈な緊張感を与える。
8. No-One
自分が“誰にもなれなかった”という告白が、重く心に響く。
感情を抑制したボーカルと、美しくも曇ったサウンドが交錯する。
9. Tiny Hands
不穏なギターとダークウェーブ的ビートが引き込む、短く鋭いトラック。
政治的風刺ともとれる“Tiny Hands”というタイトルは、ある種の当時の時事性を思わせる。
10. Hide the Medicine
中毒と救済、真実と嘘のあいだで揺れるような歌詞と、ミドルテンポのサウンド。
感情の痙攣を思わせるような演奏が、静かな狂気を描き出す。
11. Turn Your Back on Me
背を向けられること、または自ら背を向けることの意味を探る哀切なナンバー。
ポストパンク的な硬質なリズムに、バトラーの憂いが溶け込む。
12. Stars
アルバムを締めくくる、幻想的で余韻に満ちたトラック。
星々の彼方を見つめるような詩世界が、Fursの宇宙的ロマンティシズムを締め括る。
終幕にふさわしい広がりと透明感がある。
総評
『Made of Rain』は、The Psychedelic Fursが沈黙の歳月を越えて再び現代と共鳴した、静かなる傑作である。
80年代のアイコンが現代に戻ってくるということは、時に過去の焼き直しや懐古趣味に陥りがちだが、このアルバムは違う。
彼らは明確に“2020年の空気”を吸い込みながら、かつての自分たちの美学を再構築し、より詩的で、より重層的な音楽へと進化を遂げた。
それは、ポストパンクというジャンルが持っていた内向性と反骨性を、年齢と経験を経て昇華させた音楽でもあり、同時に“時間が経つほど本質が現れる”という芸術の真理をも証明する作品だ。
このアルバムは、復帰作ではなく“新たな第一作”と呼ぶにふさわしい。
おすすめアルバム（5枚）
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Bauhaus – Go Away White (2008)
沈黙の果てに戻ってきたポストパンクの先駆者。内省的な復帰作としての共通点。 -
Echo & the Bunnymen – Flowers (2001)
成熟と耽美が交差する再結成後の秀作。Fursとの詩的感性が共鳴する。 -
David Bowie – Blackstar (2016)
死と再生、宇宙と詩のあいだで揺れる最終作。芸術としての晩年美学において共鳴。 -
The National – Sleep Well Beast (2017)
内省的で構築的な現代オルタナティヴロック。『Made of Rain』との時代的な共振。 -
Interpol – Marauder (2018)
モダンなポストパンクの継承者として、音像と構成美において高い親和性を持つ。
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