Mとは?「Pop Muzik」でニューウェーブの異彩を放ったRobin Scottの音楽プロジェクト
Mは、イギリスのミュージシャンRobin Scottを中心とする音楽プロジェクトである。1979年の「Pop Muzik」が世界的なヒットとなり、ニューウェーブ初期を代表する存在の一つとして知られている。
「Pop Muzik」の印象があまりに強いため、一発屋として扱われることも多い。しかし、Mの音楽は単純なシンセポップではない。ロック、ディスコ、ファンク、電子音楽、レゲエなどを混ぜ、スタジオそのものを楽器のように使っていた。固定されたバンドというより、Scottが曲ごとにさまざまなミュージシャンと作るプロジェクトだったことも重要である。
活動の中心となった期間は短いが、Mが登場したのはパンクからニューウェーブへ音楽が急速に変化していた時代だった。「Pop Muzik」は、その変化を軽快なビートとユーモアで一曲にまとめたような作品である。
Mの中心人物Robin Scottと活動の背景
Robin Scottは1947年にイングランドで生まれた。1960年代から音楽やアートに関わり、1970年代前半にはソロ・アルバムWoman from the Warm Grassを発表している。
Scottは最初から電子音楽だけを作っていた人物ではない。フォークやロックを経験しながら、アートや映像にも関心を持っていた。この幅広い背景が、後のMにもつながっていく。
1970年代後半になると、イギリスの音楽環境は大きく変わった。パンクが従来のロックの価値観を壊し、その後からシンセサイザーやダンス・ミュージックを使った新しい音楽が次々と登場する。Scottもその流れの中で、新しいポップ・ミュージックの形を考えるようになった。
そこで始まったのがMである。
Mは一般的な意味でのバンドではなかった。Robin Scottが中心にいて、曲やレコーディングに応じて参加者が変わるプロジェクトだった。キーボードのWally Badarouをはじめ、後に著名になるミュージシャンも制作に関わっている。
1979年に発表された「Pop Muzik」は、Mの名前を一気に世界へ広めた。イギリスをはじめ各国でヒットし、アメリカではBillboard Hot 100の1位を獲得している。
続いてアルバムNew York • London • Paris • Munichを発表。タイトルそのものが「Pop Muzik」の歌詞に登場する都市名であり、国境を越えて流通する現代的なポップ文化を意識した作品だった。
その後もMはThe Official Secrets Act、Famous Last Wordsとアルバムを制作した。しかし「Pop Muzik」ほどの商業的成功を再び得ることはなく、1980年代初頭にはプロジェクトとしての活動が縮小していった。
Scottはその後も音楽制作を続け、特に坂本龍一との共同制作でも知られる。短期間で終わったMは、彼の長い活動の中でも特にポップと実験性が強く結びついた時期だった。
Mの音楽スタイルと特徴
Mの音楽で最も面白いのは、ロック・バンドらしい生演奏と電子的なスタジオ制作が同じ場所にあることだ。
「Pop Muzik」を聴くとシンセサイザーが目立つため、典型的なシンセポップに思える。しかし、実際にはベースやドラムなど生演奏の存在感も大きい。電子音だけで機械的なリズムを作るのではなく、人間が演奏するファンクやディスコのグルーヴと組み合わせている。
Robin Scottのボーカルも特徴的だ。感情を込めて美しく歌うタイプではなく、少し距離を置いた声で言葉を並べる。歌と話し声の間にいるような瞬間もある。
この歌い方によって、曲には少し皮肉な雰囲気が生まれる。明るく踊れる曲なのに、歌っている本人はパーティーに完全には入り込まず、その様子を外側から眺めているように聞こえる。
スタジオでの音の編集も重要だった。短いフレーズを反復し、効果音や電子音を必要な場所に配置する。一般的なロックのように「バンドが最初から最後まで演奏したものを録音する」という考え方から離れている。
そのためMは、ロック、ディスコ、ファンク、電子音楽のどこか一つに入れるより、それらが混ざり始めたニューウェーブ初期の音楽として考えると分かりやすい。
Mの代表曲
「Pop Muzik」
Mを代表するだけでなく、1970年代末のニューウェーブを象徴するヒット曲の一つである。
電子的なリズムとファンク寄りのベースを中心に、短いシンセの音やギターが配置される。Scottは感情的に歌い上げず、「New York, London, Paris, Munich」と世界の都市を並べながら、ポップ・ミュージックがあらゆる場所へ広がっていく様子を軽い調子で歌う。
タイトルの「Muzik」という綴りも含め、曲そのものがポップ・カルチャーについてのコメントになっている。一方で、難しいコンセプトを理解しなくても、単純にダンス・ナンバーとして楽しめる。この二重性が「Pop Muzik」の強さだった。
「Moonlight and Muzak」
「Pop Muzik」と同じ1979年に発表された曲で、Mのもう一つの側面が分かる。
タイトルにある「Muzak」は、店舗や公共空間などで流れるBGMを指す言葉として使われてきた。この曲では、現代社会の中で音楽がどのように消費され、生活の背景へ入り込んでいるのかという感覚が扱われている。
音楽的にも「Pop Muzik」ほど単純なパーティー・ソングではない。冷たい電子音と落ち着いたボーカルによって、少し不思議で人工的な空間を作っている。
「That’s the Way the Money Goes」
The Official Secrets Act期を代表する曲の一つである。
タイトル通り、金や社会の仕組みを皮肉っぽく扱っている。Mには「Pop Muzik」のような軽い曲だけでなく、消費社会や情報社会を少し離れた場所から眺める視点があった。
サウンドはダンサブルだが、単純に楽しいだけではない。この「踊れる音と冷静な視線」の組み合わせはMの重要な特徴である。
「Official Secrets」
セカンド・アルバムThe Official Secrets Actの方向性を理解しやすい曲である。
ファースト・アルバムの明るいポップ感覚から少し離れ、より冷たく、緊張感のあるニューウェーブへ進んでいる。シンセサイザーも装飾ではなく、曲の不安定な雰囲気を作るために使われる。
「Pop Muzik」だけでは見えにくい、Robin Scottの実験的な部分を知るうえで重要な曲だ。
「Keep It to Yourself」
Mの後期にあたる時期の作品で、ファンクとニューウェーブの接近がよく分かる。
電子音を使いながらも、曲を動かしているのはリズムである。Mが最初から最後まで「シンセサイザーのバンド」ではなく、ブラック・ミュージック由来のグルーヴに強い関心を持ったプロジェクトだったことが伝わる。
アルバムから見るMの進化
New York • London • Paris • Munich(1979年)
Mのファースト・アルバムであり、最も広く知られている作品である。
中心となるのはもちろん「Pop Muzik」だが、アルバム全体を聴くと、Mが一曲だけのアイデアで作られたプロジェクトではなかったことが分かる。
ディスコ、ファンク、ロック、レゲエ、電子音楽などを曲ごとに組み替えながら、ニューウェーブらしい簡潔な形へまとめている。シンセサイザーが使われていても、完全に機械的な音にはならない。生演奏のリズムがしっかり残っているからだ。
アルバム・タイトルも重要である。ニューヨーク、ロンドン、パリ、ミュンヘンという都市を並べることで、ポップ・ミュージックが国境を越えて同時に流通する時代を表している。
The Official Secrets Act(1980年)
セカンド・アルバムでは、ファーストのカラフルなポップ感覚から少し離れる。
サウンドは冷たくなり、歌詞にも政治、情報、社会の仕組みを意識した題材が増えた。「Pop Muzik」の成功をそのまま再現するのではなく、ニューウェーブの実験的な側面をさらに掘り下げた作品である。
電子音の使い方も変わっている。耳に残る短いフレーズを作るだけでなく、不安や緊張を生み出す音としてシンセを使う場面が増えた。
商業的にはファースト・アルバムほどの成功には届かなかったが、Robin Scottが単純なヒット曲の再生産を望んでいなかったことが分かる作品だ。
Famous Last Words(1981年)
M名義の初期活動を締めくくる作品である。
この時期には、ファンクや電子音楽への関心がさらに強くなっている。参加ミュージシャンの個性も生かされ、初期のニューウェーブらしい軽さから、よりスタジオ中心の音楽へ移っていった。
ここでもMは一つのジャンルに固定されない。ポップなメロディを残しながら、リズムや音色の実験を続けている。
ただし、「Pop Muzik」のように一度聴けばすぐ覚えられる巨大なフックは後ろへ下がった。その結果、Mの実験性は深まった一方、一般のポップ市場からは少しずつ離れていった。
Mが影響を受けた音楽
Mの背景には、1970年代末に同時進行していた複数の音楽がある。
まず重要なのがディスコとファンクだ。「Pop Muzik」はシンセサイザーの曲として記憶されやすいが、実際に身体を動かしているのは低音とビートである。ファンクの反復するベースや、ディスコの一定したダンス感覚が土台になっている。
そこへパンク以降のニューウェーブが加わった。長いギター・ソロや大げさなロック的演出を避け、短く簡潔なアイデアを重視する姿勢はパンク以降の感覚に近い。
電子音楽も重要だった。ただし、Kraftwerkのように機械的な世界そのものを追求するというより、電子音をポップ・ソングの一部として使っている。
レゲエやダブとの接点もある。楽器をすべて同じ強さで鳴らさず、特定の音を強調したり消したりするスタジオ的な発想は、Mの音作りとも相性が良かった。
つまりMは、当時の新しい音楽を一つ選んだプロジェクトではない。ディスコ、ファンク、レゲエ、パンク、電子音楽が同時に存在していた時代そのものを材料にしていた。
同時代のニューウェーブとの違い
Mが登場した1979年前後には、イギリスで電子音を使った新しいポップが急速に増えていた。
The Human LeagueやGary Numanは、シンセサイザーの冷たさを強く前面に出した。Mにも電子音は多いが、それだけではない。ファンクやディスコ由来の人間的なグルーヴが強く残っている。
また、Mは固定メンバーによるバンドではなかった。この点では、後のプロデューサー主導型のポップ・プロジェクトに近い。
Robin Scottが中心となり、その曲に必要な演奏者を集め、スタジオで音を組み立てる。そのため「この4人が演奏するからMになる」という考え方ではなく、Scottのアイデアと制作方法そのものがMだった。
さらに特徴的なのがユーモアである。「Pop Muzik」はポップ・ミュージックを称賛しているようにも、その大量消費を少しからかっているようにも聞こえる。
ポップの外側から批判するのではなく、自分自身が最高にキャッチーなポップを作りながら、その仕組みを眺めている。この距離感がMをニューウェーブらしい存在にしている。
Robin Scottと坂本龍一
M以降のRobin Scottを考えるうえで重要なのが、坂本龍一との共同制作である。
Scottと坂本は1980年代初頭に交流を深め、1982年にはThe Arrangementを共同名義で発表した。ここではMで追求していたファンクや電子音楽への関心が、より洗練された形へ進んでいる。
この関係は不自然なものではなかった。坂本が在籍していたYellow Magic Orchestraも、電子音楽、ファンク、ポップ、スタジオ技術を自由に組み合わせていたからだ。
MとYMOの音が同じというわけではない。しかし、「電子音だから未来的」「生楽器だから昔ながらの音楽」という区別をせず、両方を自由に使う考え方には共通点がある。
Mが短期間で終わった後も、Scottの関心は一発のヒット曲から離れ、国やジャンルを越えた音楽制作へ広がっていった。
「Pop Muzik」が後世に残したもの
Mの後世への影響を考える場合、まず「Pop Muzik」という一曲が持った意味を分けて考える必要がある。
1979年という時点で、この曲はロック、ディスコ、電子音楽、ファンクを一つの短いポップ・ソングへまとめていた。しかも電子音を「実験音楽」として聞かせるのではなく、誰でも口ずさめるヒット曲の材料として使っている。
これは1980年代に一般化していくポップの作り方と非常に相性が良かった。シンセサイザー、スタジオでの編集、生演奏、ダンス・ビートを自由に組み合わせることが、特別な実験ではなくなっていったからだ。
1990年代以降も「Pop Muzik」は繰り返し取り上げられ、U2が1997年のPopMart Tourでリミックス版をオープニングに使用したことでも知られている。
さらに面白いのは、歌詞のテーマが古びにくいことだ。世界の都市を並べ、あらゆる場所にポップが流れているという発想は、インターネットやストリーミングによって音楽が瞬時に世界へ広がる現在にも通じる。
Mは未来を正確に予言したわけではない。しかし、ポップ・ミュージックが世界中を循環する巨大な文化になっていく感覚を、非常に早い時期に明るく、少し皮肉に歌っていた。
まとめ
Mは「Pop Muzik」という巨大なヒットによって記憶されているが、その実態はRobin Scottを中心とした実験的なポップ・プロジェクトだった。シンセサイザーだけに頼らず、ファンクのベース、ディスコのビート、ロックの生演奏、レゲエや電子音楽のスタジオ感覚を自由に混ぜていた。
最大の特徴は、実験性と親しみやすさを分けなかったことにある。「Pop Muzik」は踊れるヒット曲であると同時に、ポップ・ミュージックそのものについて歌った少し皮肉な作品でもあった。
活動の中心となった期間は短かったが、Mの音には1970年代末から80年代初頭に音楽の境界が急速に崩れていった瞬間が残されている。ニューウェーブがロックから電子音楽、ダンス・ミュージック、そして現代のポップへ広がっていく過程を理解するうえで、Mは小さいながらも異彩を放つ存在である。


コメント