
イントロダクション
Mは、イギリスのミュージシャン/プロデューサーであるRobin Scottによって生み出されたニューウェーブ/シンセポップ/アートポップの音楽プロジェクトである。一般的には、1979年の世界的ヒット曲「Pop Muzik」で知られている。しかしMの本質は、単なる一発ヒットの記憶だけでは語り尽くせない。そこには、ポップミュージックそのものを題材にした批評性、電子音楽への好奇心、パンク以後のDIY精神、そして国際都市を軽やかに横断するようなコスモポリタンな感覚がある。
Robin Scottは南ロンドンで育ち、アートスクールで学んだのち、フォーク、演劇、プロデュース、実験的なスタジオワークを経てMというプロジェクトへ到達した。公式バイオグラフィーでは、Scottがアートカレッジ時代にMalcolm McLarenやVivienne Westwoodとも接点を持ち、1960年代末にはソロアルバムWoman From The Warm Grassを発表していたことが紹介されている。(robinscott.uk)
Mの代表曲「Pop Muzik」は、1979年に発表され、ニューウェーブ、シンセポップ、ディスコ、アートポップを横断する楽曲として大きな成功を収めた。曲はアルバムNew York • London • Paris • Munichに収録され、タイトルの都市名そのものが、Mの音楽が持つ国際的でメディア的な感覚を象徴している。(music.apple.com)
Mの音楽は、1970年代末のポップカルチャーが一気に電子化し、映像化し、グローバル化していく瞬間を捉えていた。ラジオ、テレビ、クラブ、広告、レコード、都市、機械音。そうした時代の断片を、Robin Scottは冷静な観察眼とポップなセンスで一つのサウンドへ変換したのである。
アーティストの背景と歴史
Mを理解するためには、Robin Scottという人物の多面的な経歴を知る必要がある。彼はもともとフォーク寄りのシンガーソングライターとして活動していた。1969年にはWoman From The Warm Grassを発表しており、初期にはアコースティックな歌、社会的な視点、言葉の面白さを持つアーティストだった。Mの電子的で機械的なイメージだけを見ると意外に思えるが、彼の根にはソングライターとしての観察力がある。
その後、Scottはパリでの活動やプロデュース経験を通じて、より国際的な音楽感覚を身につけていく。1978年頃、彼はMという名義を使い始め、セッションミュージシャンを柔軟に集めるプロジェクト型の形態を取った。Mは固定バンドというより、Robin Scottのアイデアを中心にした可変的な音楽ユニットである。
この形態は、ニューウェーブ時代の空気に非常に合っていた。1970年代後半のロンドンでは、パンクがロックの旧来の権威を壊し、同時にシンセサイザーやスタジオ技術が新しいポップの可能性を開いていた。バンドという共同体よりも、プロデューサーやコンセプトを中心に音楽を作ることが可能になりつつあった。Mはその象徴的な例である。
1979年、Mは「Pop Muzik」で一気に世界的な注目を集める。この曲は、単にポップな曲ではない。タイトルからして「ポップ音楽」そのものを歌っている。ラジオから流れる音楽、世界中を駆け巡る流行、機械的に反復されるフレーズ、都市の名前、消費文化。Scottはそれらを皮肉と愛情の両方で包み込んだ。
その後、MはアルバムNew York • London • Paris • Munich、The Official Secrets Act、Famous Last Wordsを発表した。さらにRobin Scottは、坂本龍一やYellow Magic Orchestra周辺のミュージシャンとも関わり、1980年代初頭には日本の電子音楽シーンとも接続していく。1981年には坂本龍一のLeft Handed Dream関連作品に関わり、The Arrangementでも共同作業を行ったことが記録されている。(discogs.com)
Mは1980年代前半以降、商業的な中心からは離れていく。しかし、Robin Scottの活動はそこで終わらなかった。2023年にはM名義として長年ぶりの新曲「Break the Silence」を発表し、2025年には新作アルバムThe FAQs of Lifeをリリースした。Apple Musicでは同作が2025年7月11日リリース、14曲構成のアルバムとして掲載されている。(music.apple.com)
音楽スタイルと影響
Mの音楽は、ニューウェーブ、シンセポップ、アートポップ、ディスコ、ファンク、ポストパンク、エレクトロニック・ポップを横断している。だが、単にジャンルを混ぜた音楽というより、ポップミュージックを一度分解し、スタジオの中で再構築したような感覚がある。
「Pop Muzik」を聴くと、まず耳に残るのは機械的でコミカルなシンセのフレーズである。そこに、ディスコ的なビート、ロボットのようなコーラス、DJ的な語り、国際都市を列挙する言葉が重なる。この曲は人間味がないようでいて、妙に人懐っこい。冷たい電子音と、口ずさめるメロディが同居しているのだ。
このバランスがMの最大の魅力である。実験的だが難解ではない。皮肉っぽいが冷笑的ではない。ポップを批評しているのに、自分自身も最高にポップである。Mの音楽は、鏡の前で踊るポップミュージックのようだ。自分が商品であることを知りながら、それでもきらめいてしまう。
Robin Scottは、フォークやロックの出身でありながら、電子音楽やスタジオ制作に強い関心を持っていた。MusicRadarのインタビューでは、彼が自分で制作をコントロールしたこと、実験的な制作姿勢を持っていたこと、そしてStockhausenのような前衛音楽にも関心を持っていたことが紹介されている。(musicradar.com)
Mの音楽には、David Bowie、Roxy Music、Kraftwerk、Sparks、Talking Heads、Yellow Magic Orchestra、The Bugglesなどと同時代的に響き合う要素がある。都市的で、機械的で、少し演劇的で、ポップカルチャーに対してメタな視線を持っている。特に「Pop Muzik」は、ポップソングでありながら、ポップソングとは何かを問う曲でもある。
代表曲の解説
「Pop Muzik」
「Pop Muzik」は、Mを象徴する代表曲であり、1979年ニューウェーブの最も鮮烈なシングルのひとつである。アルバムNew York • London • Paris • Munichに収録され、Mの名を世界へ広めた。Apple Musicでは同アルバムが1979年の作品として掲載されている。(music.apple.com)
この曲のすごさは、タイトル通り「ポップミュージック」そのものをテーマにしている点だ。普通、ポップソングは恋愛や青春や感情を歌う。しかし「Pop Muzik」は、ポップそのものを歌い、ラジオや都市や流行の回路を音にする。まるで音楽産業のネオン看板が、自分自身について歌い出したような曲である。
サウンドは軽快で、コミカルで、機械的だ。だが、その裏には鋭い観察がある。音楽はどこでも流れ、誰もが口ずさみ、都市から都市へ、国から国へと拡散していく。「Pop Muzik」は、その現象を批評しながら、同時に自らも世界的ヒットになった。これほど自己言及的で、なおかつ大衆的に成功した曲は珍しい。
ミュージックビデオも重要である。DJブース、誇張されたターンテーブル、ロボット的な女性コーラス、無機質な動き。映像は音楽のコンセプトをさらに強め、MTV以前の時代にポップビデオの未来を先取りしていた。「Pop Muzik」は、音だけでなく映像時代のポップを予告する作品でもあった。
「M Factor」
「M Factor」は、「Pop Muzik」のB面として知られる楽曲である。表題曲ほど大きな知名度はないが、Mの実験性を理解するうえで重要な曲である。「Pop Muzik」がポップの表通りだとすれば、「M Factor」はその裏側の機械室のような曲である。
ここでは、ビート、反復、電子的な質感がより前に出る。歌というより、音の構造やグルーヴそのものを楽しむ要素が強い。Mが単なるキャッチーなポッププロジェクトではなく、スタジオ実験への関心を持っていたことがよく分かる。
タイトルにある「Factor」という言葉も象徴的だ。Mというプロジェクトを成立させる要素、つまりリズム、機械、声、編集、都市感覚。その部品が見えるような楽曲である。
「Moonlight and Muzak」
「Moonlight and Muzak」は、New York • London • Paris • Munich期の重要曲であり、Mの皮肉とロマンティシズムが混ざった楽曲である。タイトルの「Muzak」は、店舗やエレベーターなどで流れる環境音楽を連想させる言葉であり、ポップミュージックの商業性や背景化を思わせる。
しかし曲には、単なる批判ではなく、どこか甘いムードもある。月明かりとミューザック。ロマンチックなものと、人工的で消費される音楽。この二つが並ぶことで、Mらしい奇妙な美しさが生まれる。
この曲は、「Pop Muzik」ほど直線的なヒット感はないが、Robin Scottの美学をよく示している。彼はポップを愛しながら、ポップがどのように消費されるのかを冷静に見ていた。「Moonlight and Muzak」は、その二重の視線がよく表れた曲である。
「Moderne Man / Satisfy Your Lust」
「Moderne Man / Satisfy Your Lust」は、Mのニューウェーブ的な人物像を象徴する楽曲である。タイトルの「Moderne Man」は、近代化された男、つまり都市、広告、テクノロジー、欲望の中で作られた新しい人間を思わせる。
この曲には、1970年代末から1980年代初頭にかけての時代感覚がある。人間が機械化し、欲望が商品化され、個性がメディアによって加工されていく。Mはそれを説教のように語るのではなく、踊れるニューウェーブとして表現する。
ポップソングはしばしば、欲望をそのまま肯定する。しかしMは、欲望そのものを少し斜めから見ている。そこに、アートスクール出身の批評性がある。
「That’s the Way the Money Goes」
「That’s the Way the Money Goes」は、Mのシニカルな視点がよく表れた楽曲である。タイトルからして、音楽産業や資本主義への皮肉がにじんでいる。ポップは楽しい。だが、その裏では金が動く。ヒット曲、レコード会社、プロモーション、流行、消費。Mはその仕組みを知ったうえで、音楽にしている。
この曲の面白さは、批判的な内容を、踊れるエレクトロニック・ポップとして提示しているところだ。資本主義批判を暗く重く語るのではなく、むしろ軽快に鳴らす。その軽さが逆に怖い。お金はいつも軽やかに流れ、人々はそれに合わせて踊ってしまう。
「Official Secrets」
「Official Secrets」は、1980年のアルバムThe Official Secrets Actを象徴する楽曲である。同アルバムは1980年にSireからリリースされ、タイトルはイギリスの公的機密法を連想させる。アルバム情報では、同作がニューウェーブ作品であり、「Official Secrets」がシングルとして発表されたことが確認できる。(en.wikipedia.org)
この時期のMは、「Pop Muzik」の明るい自己言及性から、より政治的で不穏な方向へ向かう。冷戦、監視、国家機密、情報管理。1980年前後の社会には、そうした不安が漂っていた。Mはその空気を、やはりポップで人工的なサウンドへ変換した。
「Official Secrets」には、ニューウェーブの鋭さがある。権力を直接的に攻撃するというより、秘密が秘密として管理される社会の奇妙さを、冷たい音で描く。Mの音楽が単なる流行歌ではなく、時代の感覚を観察するプロジェクトだったことが分かる。
「Danube」
「Danube」は、Mの後期シングルとして知られる楽曲である。ドナウ川を想起させるタイトルは、ヨーロッパ的で、地理的で、どこか旅情がある。「New York • London • Paris • Munich」で都市を並べたMが、今度は川という流れをモチーフにしている点も興味深い。
この曲では、Mの音楽がより広い世界音楽的な感覚へ向かっていく兆しがある。Robin Scottはその後、アフリカ音楽や国際的なコラボレーションにも関心を広げていく。Mは、ロンドンのニューウェーブに閉じた存在ではなく、常に外の音へ向かうプロジェクトだったのである。
「Break the Silence」
「Break the Silence」は、M名義として長い沈黙を破るように発表された近年の楽曲である。情報では、2023年にMとしての新曲「Break the Silence」が発表され、その後2025年のアルバムThe FAQs of Lifeへつながったとされる。(en.wikipedia.org)
タイトル通り、この曲には「沈黙を破る」という意味がある。長く過去の存在として語られてきたMが、現代のテクノロジー、AI、社会不安、情報過多の時代に戻ってくる。そのこと自体が非常にMらしい。なぜならMは、もともとメディアとポップの関係を音にしていたプロジェクトだからである。
2020年代の世界は、1979年よりさらにポップ化し、電子化し、情報化している。Mが帰ってくる場所として、これほどふさわしい時代はない。
アルバムごとの進化
Woman From The Warm Grass
厳密にはM名義ではないが、1969年のRobin ScottソロアルバムWoman From The Warm Grassは、Mの前史として重要である。公式バイオグラフィーでも、Scottが初期にこのアルバムを発表していたことが紹介されている。(robinscott.uk)
この作品は、後の「Pop Muzik」の機械的なイメージとは異なり、フォークやシンガーソングライター的な質感を持っている。だが、言葉への関心、社会への視線、演劇的な感覚はすでにある。つまりMは、突然電子音楽の中から生まれたわけではない。Robin Scottのソングライターとしての観察力が、時代の変化と出会ってMになったのである。
New York • London • Paris • Munich
1979年のNew York • London • Paris • Munichは、Mの代表作であり、ニューウェーブ期の重要アルバムである。Apple Musicでは、1979年リリース、21曲構成の拡張版として掲載されている。(music.apple.com)
アルバムタイトルは、「Pop Muzik」の歌詞にも登場する都市名から取られている。ニューヨーク、ロンドン、パリ、ミュンヘン。これらの都市は、単なる場所ではなく、1970年代末のポップカルチャーの回路である。クラブ、ラジオ、ファッション、アート、レコード会社、広告。そのネットワークの中で、音楽は国境を越えていく。
このアルバムでは、Mの基本的な美学が完成している。「Pop Muzik」の圧倒的なキャッチーさ、「Moonlight and Muzak」の皮肉なロマン、「Moderne Man」の都市的な人物像、「That’s the Way the Money Goes」の資本主義への視線。どの曲も、単なるポップソングでありながら、どこかコンセプチュアルである。
参加ミュージシャンにも注目すべき点が多い。後にLevel 42で知られるPhil GouldやWally Badarou、Gary Barnacleらが関わっており、Mは一人のソロプロジェクトでありながら、非常に豊かな演奏ネットワークを持っていた。(en.wikipedia.org)
The Official Secrets Act
1980年のThe Official Secrets Actは、Mのセカンドアルバムである。前作の世界的ヒットのあとに発表されたこの作品は、より政治的で、冷戦的で、情報社会的なテーマを帯びている。アルバムは1980年11月にリリースされ、「Official Secrets」や「Keep It To Yourself」などがシングルとして発表された。(en.wikipedia.org)
このアルバムでは、「Pop Muzik」のような即効性のあるポップヒットは少ない。しかし、そのぶんMのコンセプト性は深まっている。国家、会社、秘密、通信、命令、パーティー、プロパガンダ。タイトルや曲名からも分かるように、社会の仕組みそのものがテーマになっている。
音楽的には、ニューウェーブの角ばったリズム、シンセサイザー、ファンク的なベース、ポップなフックが組み合わされている。前作が国際都市のポップ地図だとすれば、The Official Secrets Actは監視社会のオフィスビルのようなアルバムである。蛍光灯の下で、誰かが書類を隠し、電話が鳴り、機械が動いている。そんなイメージが浮かぶ。
Famous Last Words
1982年のFamous Last Wordsは、Mのサードアルバムであり、プロジェクトの中でも特に実験的で多彩な作品である。このアルバムには、Thomas Dolby、YMOの高橋幸宏、Gang of FourのAndy Gill、Tony Levinなど、個性の強いミュージシャンが関わったことが知られている。(en.wikipedia.org)
この作品は、商業的には前作ほど広く届かなかった。しかし音楽的には、Mがどれほど開かれたプロジェクトだったかを示している。ポップ、ファンク、アートロック、エレクトロニック、ニューウェーブ、ワールドミュージック的な要素が入り混じり、ひとつの型に収まらない。
Trouser Pressはこの時期のMについて、楽曲ごとに異なる奇妙さを持つプロジェクトとして評している。(trouserpress.com) その評価は、Mの長所と短所を同時に示している。つまり、Mはあまりに器用で、あまりにアイデアが多い。そのため、時に焦点が散る。しかし、その散らばりこそがMの魅力でもある。
Famous Last Wordsは、タイトルからして終わりを意識させる。実際、このあとM名義の活動は一時的に大きく後退する。しかし、その「最後の言葉」は、単なる消滅ではなく、後の再評価や再始動へつながる余韻を残した。
The FAQs of Life
2025年のThe FAQs of Lifeは、M/Robin Scottにとって非常に重要な近年作である。Apple Musicでは、2025年7月11日リリース、14曲、57分のアルバムとして掲載されている。(music.apple.com)
このアルバムは、Mが単なる過去のニューウェーブ遺産ではなく、現代に再び問いを投げかけるプロジェクトであることを示している。収録曲には「AI?」、「Break the Silence」、「Prisoners of Conscience」、「2B or Not 2B」など、現代社会の不安やテクノロジーへの問いを感じさせるタイトルが並ぶ。OTOTOYでも、同作の収録曲としてこれらの楽曲が掲載されている。(ototoy.jp)
Mが2020年代に戻ってきたことには、必然性がある。1979年の「Pop Muzik」は、ポップとメディアの関係を歌った曲だった。2025年の世界では、その関係はさらに複雑になっている。AI、アルゴリズム、SNS、ストリーミング、フェイクニュース、監視資本主義。Robin Scottがかつて見つめていた「音楽と情報の世界」は、今や日常そのものになった。
Arcana.fmは、「AI?」について、人工知能を含む新しい現実について思索するアートポップとして紹介している。(arcana.fm) これは、Mの現在形を理解するうえで重要である。Mは懐メロとして戻ってきたのではない。むしろ、今の時代を再びM的に観察するために戻ってきたのである。
影響を受けたアーティストと音楽
Mの音楽には、多様な影響が流れている。Robin Scottの出発点にはフォークやシンガーソングライター的な語りがあり、そこへアートスクール文化、パンク、ディスコ、電子音楽、前衛音楽、ファンク、ワールドミュージックが重なっている。
特に重要なのは、Mがロックバンド的な自然さよりも、人工性を積極的に受け入れた点である。Kraftwerkのように機械のリズムを美学にし、Roxy Musicのようにポップとアートを混ぜ、Sparksのように皮肉と演劇性を持ち、David Bowieのように人物像を演出する。Mはそうした同時代的な流れの中にいた。
また、坂本龍一やYMO周辺との接点も重要である。YMOは、日本から電子音楽とポップの未来を切り開いた存在であり、Mと共鳴する部分が多い。Robin Scottが坂本龍一と関わったことは、単なるコラボレーションではなく、ロンドン、東京、パリを結ぶ電子ポップの国際的なネットワークを示している。
Mの音楽は、イギリスのニューウェーブでありながら、国籍に閉じていない。New York • London • Paris • Munichというタイトルが示すように、Mは最初から国際都市の音楽だった。
影響を与えたアーティストと音楽シーン
Mが後続に与えた影響は、特定のアーティストに直接的に名前が挙がる形だけではない。むしろ、ポップミュージックをメタ的に扱う姿勢、電子音を使った大衆的ポップの作り方、映像と音楽を一体化させる感覚において重要である。
「Pop Muzik」は、初期シンセポップやニューウェーブの文脈で、電子音がチャートポップとして機能することを示した曲のひとつである。The Bugglesの「Video Killed the Radio Star」、Gary Numanの「Cars」、Kraftwerk以降の電子音楽、YMOのテクノポップと同じ時代に、Mはポップカルチャーそのものを踊れる形で提示した。
また、「Pop Muzik」のミュージックビデオ的な発想は、MTV時代を先取りしていた。アーティストはただ演奏するだけでなく、キャラクター、映像、コンセプトとして提示される。Mはその流れの初期にいた。
さらに、Mの自己言及的なポップ感覚は、のちのPet Shop Boys、Art of Noise、Devo、Talking Heads、さらには90年代以降のエレクトロポップやサンプリング文化にも通じる。ポップをただ楽しむのではなく、ポップがどのように作られ、流通し、消費されるのかを音楽の中へ組み込む。その発想は、現代のポップ批評的なアーティストにもつながっている。
同時代アーティストとの比較
Mを同時代のアーティストと比較すると、その独自性がはっきりする。
Gary Numanが機械化された孤独やアンドロイド的な冷たさを前面に出したのに対し、Mはもっとカラフルで皮肉っぽい。The Bugglesが映像時代の到来をノスタルジックに歌ったとすれば、Mはポップのグローバル流通そのものを軽やかに歌った。Devoが人間の退化をコミカルで不気味に表現したのに対し、Mは都市的でスタイリッシュな消費文化の中に身を置いている。
Kraftwerkと比べると、Mはよりポップで、より雑多で、より英国的なユーモアを持つ。Kraftwerkが機械の美学を徹底した建築物のように作ったのに対し、Mはスタジオの中で音の広告看板を作るような感覚がある。
Yellow Magic Orchestraとの比較も面白い。YMOは東洋趣味やテクノロジー、コンピューター、国際的な視線を使ってテクノポップを切り開いた。Mもまた、国際都市、電子音、メディア意識を持っていた。両者には、ポップを遊びながら批評する共通点がある。
日本との関係性
M/Robin Scottは、日本の音楽ファンにとっても興味深い存在である。特に坂本龍一、YMO周辺との関係は重要だ。Robin Scottは坂本龍一のLeft Handed Dream関連作品に関わり、The Arrangementでは坂本龍一との共同名義で作品を残している。Discogsの情報でも、The Arrangementが坂本龍一とRobin Scottの共同作業として記録されている。(discogs.com)
この接点は、1980年代初頭の電子音楽が国境を越えて交流していたことを示している。ロンドンのニューウェーブ、東京のテクノポップ、ニューヨークのアートロック、パリのプロデュース文化。それらが緩やかにつながり、新しいポップの形を作っていた。
Mの音楽が日本のリスナーに響く理由もここにある。YMOや坂本龍一を愛する耳には、Mの人工性、ユーモア、国際感覚、スタジオ実験の美学が自然に入ってくる。「Pop Muzik」は欧米のヒット曲でありながら、日本のテクノポップ的な感性とも親和性が高い。
ファンや批評家からの評価
Mは、長い間「Pop Muzik」の一発ヒットとして語られることが多かった。しかし、近年ではRobin Scottの幅広い活動やMのコンセプト性が再評価されている。MusicRadarは、「Pop Muzik」が2020年代にTikTokなどを通じて再び注目されていること、そしてRobin Scottが2025年に新作The FAQs of Lifeを発表したことを紹介している。(musicradar.com)
一方で、Mの評価には難しさもある。代表曲があまりにも強烈で、他の作品がその影に隠れやすいからだ。「Pop Muzik」は完璧なシングルであり、同時にMのイメージを固定してしまった。多くの人にとって、Mとはあの曲のことになってしまったのである。
しかし、アルバム単位で聴くと、Mはもっと複雑なプロジェクトである。The Official Secrets Actでは政治的な不安を扱い、Famous Last Wordsでは多彩なミュージシャンと実験を行い、The FAQs of LifeではAI時代の現実を見つめている。つまりMは、過去のノベルティヒットではなく、ポップと社会の関係を長く問い続けてきたプロジェクトなのだ。
Mのユニークさ
Mのユニークさは、ポップミュージックを愛しながら、同時にポップミュージックを観察していることにある。
多くのアーティストは、ポップソングを作る。Mは、ポップソングについてのポップソングを作った。「Pop Muzik」はその最たる例である。そこには、メディア論、都市論、消費文化、音楽産業、電子音楽の未来が、わずか数分のキャッチーな曲に凝縮されている。
また、Mは「バンド」でも「ソロ」でもあり、そのどちらにも完全には収まらない。Robin Scottという個人のプロジェクトでありながら、優れたセッションミュージシャンや国際的なコラボレーターが関わることで、作品ごとに音の顔が変わる。この可変性も、ニューウェーブ的である。
Mの音楽は、明るいネオンの下にある少し不穏な影のようだ。踊れる。口ずさめる。だが、よく聴くと、そこには情報社会や消費文化への皮肉がある。ポップの甘さと批評の鋭さが同時にある。その二重性こそが、Mの最大の魅力である。
まとめ
Mは、Robin Scottによって生み出された、ニューウェーブ時代の異彩を放つ音楽プロジェクトである。1979年の「Pop Muzik」によって世界的に知られたが、その本質は単なる一発ヒットではない。Mは、ポップミュージックそのものを題材にし、電子音、都市感覚、メディア意識、皮肉、ダンスビートを組み合わせた、非常にコンセプチュアルなプロジェクトだった。
New York • London • Paris • Munichでは、国際都市を結ぶポップの回路を描き、The Official Secrets Actでは情報と権力の時代感覚を音にし、Famous Last Wordsでは多彩なミュージシャンとの実験を展開した。そして2025年のThe FAQs of Lifeでは、AIや現代社会の問いに向き合い、Mが現在形でも機能するプロジェクトであることを示した。
「Pop Muzik」は、今聴いても古びない。むしろ、ストリーミング、SNS、AI、アルゴリズムによって音楽が瞬時に世界中へ流れる現代にこそ、その意味はさらに鋭く響く。ポップはどこへ行くのか。音楽は誰のものなのか。流行は誰が作るのか。Mは、軽快なビートの裏でそんな問いを鳴らしていた。
Mの音楽は、ニューウェーブの好奇心とポップの魔法が交差する場所にある。機械的で、洒落ていて、少し奇妙で、忘れがたい。Robin Scottが作り出したこのプロジェクトは、ポップミュージックが自分自身を見つめた瞬間の、鮮やかな記録なのである。

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