
1. 歌詞の概要
「Love」は、The Sundaysが1997年にリリースしたラスト・アルバム『Static & Silence』の一曲であり、バンドの成熟と静けさが色濃く表れた楽曲である。タイトルはあまりにもシンプルに「Love」と名づけられているが、その内容は、典型的な恋愛の賛歌とは一線を画す。ここで歌われる“愛”は、理想化された幸福ではなく、あいまいで、確信が持てなくて、それでもどこか心を掴んで離さない“実感のない感情”として描かれている。
歌詞には、感情の輪郭がうっすらとしか見えず、語り手は“愛”という大きな言葉を前に戸惑いながら、静かにその不確かさを見つめている。信じたくても信じきれない気持ち、身を委ねたいのに一歩引いてしまう心の揺らぎ——それらが、The Sundays特有の透明感のあるサウンドと、ハリエット・ウィーラーの微かに震えるような歌声によって、ほとんど夢のように表現されている。
2. 歌詞のバックグラウンド
『Static & Silence』は、The Sundaysにとって最終作となったアルバムであり、長い沈黙ののちに発表されたものである。この作品全体に漂うのは、静けさ、距離感、そして“肯定でも否定でもない態度”であり、「Love」という楽曲はその中心に位置する象徴的なナンバーである。
この曲が描く“愛”は、若さの衝動的な恋ではなく、もっと曖昧で大人びた、あるいは諦念に近い愛のかたちだ。それは他者に向けられたものでもあり、自分自身の心と向き合う行為でもある。The Sundaysはこれまで一貫して「確かでないこと」「言葉にならない感情」「日常のなかにある微細な違和感」を主題としてきたが、「Love」はそれを最も柔らかく、そして深く掘り下げた作品といえる。
3. 歌詞の抜粋と和訳
Love can be so cold
愛はときに冷たくなるものLove is just like poetry
愛って、まるで詩のようExcept it doesn’t rhyme
でも、韻を踏まないところが違うの
この冒頭の一節だけで、この曲が一般的なラブソングとは違う領域にあることが分かる。詩のように美しく見えても、実際は予測不能で、不協和音すら孕んでいる。それが「愛」だと語る姿勢には、成熟と達観がにじむ。
And love is hard to find
愛って、見つけるのが本当に難しいAnd love can make you blind
そして愛は、あなたを盲目にもする
この箇所では、愛がいかに得がたく、同時に危ういものであるかがシンプルな言葉で示されている。美しいだけではない、現実の感情のややこしさが、淡々とした語り口のなかに浮かび上がる。
※歌詞引用元:Genius – Love Lyrics
4. 歌詞の考察
「Love」という楽曲は、そのタイトルとは裏腹に、愛に対する盲信も賛美もない。むしろ“分からないままにある”という状態そのものを見つめることが主眼となっている。The Sundaysは、確信を語ることを拒むバンドだった。その代わりに、誰もが日常でふと感じる「あの曖昧さ」や「なんとも言えない違和感」に、誠実な言葉と音を与えてきた。
この曲では、語り手は“愛されること”よりも、“愛とは何か”を理解しようと試みている。しかし、その問いには明確な答えがない。だからこそ「Love」は、聴くたびにその意味が変わりうる、非常にパーソナルで流動的な楽曲となっている。
また、ハリエット・ウィーラーの声がここでは特に印象的だ。どこか諦めたような、でもやさしく抱きしめるような響きがあり、それがこの曲の核心である“愛の捉えどころのなさ”を静かに補完している。まるで、愛は「説明するもの」ではなく「そのまま感じるしかないもの」だと告げるかのように。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Let Down by Radiohead
感情の細部に寄り添いながら、言葉にならない痛みを描くミニマリスティックな名曲。 - Come Here by Kath Bloom
愛の不器用さと純粋さを、素朴な音と声で描いた心の原風景のような歌。 - Frozen by Madonna
愛と執着、冷たさと欲望のはざまを、美と緊張感をもって描いたエレクトロ・バラード。 - Linger by The Cranberries
未練と後悔が交差する、淡く切ないラブソング。 - Don’t Swallow the Cap by The National
愛と人生の複雑さを、詩的かつ重層的に綴る現代の叙情詩。
6. “愛”の不確かさを抱きしめるということ
「Love」は、The Sundaysというバンドの核心にある美学——“わからなさ”を肯定する姿勢——を象徴する楽曲である。愛を賛美するわけでも、否定するわけでもない。ただ、「それは詩のようだけれど、韻を踏まない」という、誰もがうなずいてしまうような感覚で、愛の正体を語ってみせる。
この楽曲に込められた誠実さと静けさは、派手な演出やドラマティックな展開が当たり前になった今のポップ・ミュージックの中で、ひときわ異質で、だからこそ新鮮に響く。The Sundaysが“最後に”「Love」という曲を残したことには、どこか示唆的なものがある。それは、人生のなかで何度も訪れ、何度もすれ違い、何度も言葉にならないまま残ってしまう——そんな“愛”の姿そのもののように思える。
答えは出ない。でも、歌うことで近づける気がする。だからこそこの曲は、静かに語りかけてくる。「愛は詩のよう。でも韻は踏まないの」と。
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