発売日: 2021年2月26日
ジャンル: インディーロック、エモ、オルタナティブロック
『Little Oblivions』は、ジュリアン・ベイカーのキャリアにおいて新たなフェーズを示す挑戦的な作品だ。本作では、それまでの繊細でミニマルな音作りから大きく踏み出し、バンド編成による豊かなアレンジとダイナミックなサウンドを取り入れている。彼女自身がギター、ベース、ドラムなど多くの楽器を演奏し、音楽的なスケールを広げた一方で、歌詞の深い内省性はそのままに、より強烈でリアルな感情が描き出されている。
アルバムのテーマは、依存、自己破壊、信仰の揺らぎ、そして救済をめぐる葛藤だ。過去の作品に比べて、歌詞にはより直截的な表現が増え、ベイカー自身の苦悩とそこからの再生の物語が赤裸々に語られる。その一方で、アルバム全体を通して、彼女が暗闇の中に希望を見つけようとする姿が垣間見える。
トラック解説
- Hardline
アルバムの幕開けを飾るこの曲は、轟音のシンセと重厚なドラムが印象的だ。自己破壊的な行為に対する後悔と、それを乗り越えたいという願いが歌詞に込められている。「I always wanna take it too far」というラインが、その葛藤を象徴している。 - Heatwave
アップテンポなビートとダークな歌詞の対比が際立つ楽曲。突き刺すようなギターリフが感情の不安定さを増幅し、破壊的なエネルギーを感じさせる一曲だ。 - Faith Healer
リードシングルとしてリリースされたこの曲では、依存症や信仰をテーマにしている。中毒的な快楽を「Faith Healer(信仰の治療者)」にたとえた歌詞が印象的で、彼女の感情の複雑さが深く伝わる。 - Relative Fiction
軽やかなメロディーの中に、自己矛盾やアイデンティティの揺らぎが描かれる。リズミカルなアレンジと暗い歌詞のギャップが、楽曲に不思議な魅力を与えている。 - Crying Wolf
静かなイントロから徐々に盛り上がるダイナミックな展開が特徴。歌詞では、他者との関係における不信感や自己防衛が描かれ、感情の揺れ動きがリアルに表現されている。 - Bloodshot
淡々としたリズムと切ない歌詞が印象的な一曲。疲れ果てた心情と、それでも生き抜こうとする意志が痛々しくも美しい。 - Ringside
ピアノ主体のアレンジが目立つ楽曲。リングサイドというタイトルが象徴するように、自分自身との戦いや葛藤を描いている。ベイカーの歌声が静かに心を締め付ける。 - Favor
フィービー・ブリジャーズとルーシー・ダカス(ベイカーと共にBoygeniusのメンバー)がバックボーカルを務める一曲で、友情と孤独のテーマが織り交ぜられている。三人の声が重なり合う瞬間は、感動的なハイライトだ。 - Song in E
アルバムの中で最も静謐な曲の一つ。ベイカーの歌声とピアノだけで構成され、彼女の持つ孤独感や脆さが純粋に伝わってくる。 - Repeat
ループするメロディーと反復的なリリックが、抑えられた狂気を感じさせる。繰り返される苦痛や過ちを象徴する一曲だ。 - Highlight Reel
ギターの柔らかな音色と、空間を活かしたアレンジが印象的な楽曲。歌詞には自己認識と救済への希求が反映されている。 - Ziptie
アルバムを締めくくる楽曲で、鋭い社会的メッセージを含む歌詞が特徴的だ。抑えたボーカルと控えめなアレンジが、コーラス部分で一気に解放されるダイナミックな展開を引き立てている。
アルバム総評
『Little Oblivions』は、ジュリアン・ベイカーが音楽的にも感情的にも新たな領域に踏み込んだ作品だ。大胆なアレンジと豊かな音響設計により、彼女の内省的な歌詞がこれまで以上にドラマチックに響く。アルバム全体を通して自己破壊と再生の物語が展開される中、最終的にはかすかな希望が感じられる。本作は、ベイカーがアーティストとしての成熟を示しただけでなく、リスナーの心に深く刺さる普遍的な感情を探求する重要な作品となっている。
このアルバムが好きな人におすすめの5枚
Punisher by Phoebe Bridgers
複雑な感情をドラマチックなアレンジで表現したアルバム。ジュリアン・ベイカーの『Little Oblivions』に通じる深い共感性がある。
Historian by Lucy Dacus
豊かなアレンジとエモーショナルな歌詞が特徴。個人的な物語を普遍的な感情に昇華させた点で共通している。
Titanic Rising by Weyes Blood
美しいメロディーと深い歌詞が響き合う傑作。壮大なアレンジと内省的なテーマが『Little Oblivions』と共鳴する。
Stranger in the Alps by Phoebe Bridgers
繊細な歌詞とメロディーが心に刺さるアルバムで、ジュリアン・ベイカーの音楽の親密さと感情的な深さを共有する。
A Crow Looked at Me by Mount Eerie
個人的な喪失と再生をテーマにした静謐な作品。ジュリアン・ベイカーの歌詞世界と強く共鳴する。
コメント