発売日: 1983年
ジャンル: シンセポップ、ニューウェーブ、ダーク・ポップ
概要
『Listen』は、A Flock of Seagullsが1983年にリリースしたセカンド・アルバムであり、前作『A Flock of Seagulls』の成功を受けて制作された、より内省的かつ構築的な作品である。
プロデューサーにはビル・ネルソン(Be-Bop Deluxe)が招かれ、より洗練された音作りと実験的なアプローチが導入されたことで、バンドは“MTV時代の華やかなポップ”から“抽象的で陰影のあるサウンドスケープ”へと一歩踏み出している。
前作にあったキャッチーな勢いはやや抑えられたものの、その分、深く沈み込むような感傷や、アトモスフェリックなギター/シンセのレイヤーが光る内容となっており、「未来的でありながら夢のように儚い」作品として、後年評価を高めている。
代表曲「Wishing (If I Had a Photograph of You)」はUK・US両チャートで成功を収め、今なおニューウェーブ・クラシックとして語り継がれている。
全曲レビュー
1. Wishing (If I Had a Photograph of You)
アルバムを象徴する珠玉のシンセポップ・バラード。
“君の写真があれば、願いが叶うかもしれない”という淡い願望が、スペーシーなサウンドとともに語られる。
エモーションを抑制したボーカルとドラマチックなサビの対比が絶妙で、バンドの代表曲のひとつ。
2. Nightmares
不穏なベースラインとリズムが導くダーク・エレクトロの好例。
“悪夢”というタイトルどおり、夢と現実の境界があいまいになった世界を描写する。
ギターとシンセが織り成す不協和な響きが印象的。
3. Transfer Affection
一聴すると軽快なポップに聞こえるが、実際は感情の移行=別れをテーマとした切ないラブソング。
複雑なコード進行とリズムパターンが、この時期のA Flock of Seagullsの実験性を示している。
4. What Am I Supposed to Do
困惑、孤独、閉塞感。
“自分は何をすべきか”という普遍的な問いが、ミニマルなアレンジの中で繰り返される。
無力感をシンセの冷たさで包み込むような構成。
5. Electrics
短めのインストゥルメンタルに近いトラック。
電子音の断片が散りばめられた、まさに“Electrics”という言葉にふさわしい。
サイエンス・フィクション的なインタールードとして機能している。
6. The Traveller
旅する者=孤独な視点。
トラディショナルなモチーフをシンセポップで再構築した、エモーショナルな一曲。
タイトルが暗示するように、具体性のない“移動”そのものがテーマとなっている。
7. 2:30
タイトル通り、2分30秒の短いトラック。
歌詞はミニマルで繰り返しが多く、ビート主導の構成が特徴。
テンポ感と編集的手法が、当時の音楽ビデオ文化ともリンクしている。
8. Over the Border
“国境の向こう側”というテーマが、逃避や希望、あるいは未知への憧れとして描かれる。
メロディは開放的だが、歌詞にはどこか焦燥感が漂っている。
9. The Fall
陰鬱なコード進行と沈み込むようなテンポ。
“堕落”や“崩壊”をテーマにした、アルバムでも最も内省的な楽曲。
終盤のギターがまるで感情の断末魔のように響く。
10. (It’s Not Me) Talking
デビュー以前から存在するナンバーで、本作ではリマスターされた新録版。
タイトルどおり、“話しているのは自分じゃない”という自己の乖離感が表現されており、ニューウェーブ特有のアイロニーと不安定さが凝縮されている。
緊張感のあるエンディングとして機能している。
総評
『Listen』は、A Flock of Seagullsが単なるヒット・ポップ・バンドではなく、シンセサイザーを駆使して“現実の解体”や“自己の探求”といった哲学的主題を表現するアーティストであることを示した野心作である。
前作にあった明快なヒット性は薄れたかもしれないが、その分、サウンドスケープの深度、テーマの一貫性、アレンジの緻密さが際立っている。
そして、空間性と時間感覚を強く意識したトラック構成によって、リスナーは「ひとつの映像詩」を体験するかのような錯覚に包まれる。
80年代という時代における“夢見ること”の限界と可能性——
それが本作『Listen』の核心であり、今日において再評価されるべき理由でもある。
おすすめアルバム(5枚)
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China Crisis – Working with Fire and Steel (1983)
同年リリースの英国シンセ・ポップの佳作。叙情性と実験性のバランスが似ている。 -
Japan – Tin Drum (1981)
東洋的テーマとエレクトロ・ポップの融合。内省的サウンドの先駆。 -
Duran Duran – Rio (1982)
派手さの裏に繊細なアレンジが光る、同時代的対照。 -
Talk Talk – The Colour of Spring (1986)
ポップから芸術性への移行期にある作品としての共通性。 -
M83 – Saturdays = Youth (2008)
80年代回帰と感傷のモダン解釈。A Flock of Seagullsの遺伝子を受け継ぐ名盤。
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