1. 歌詞の概要
Elasticaの「Line Up」は、1994年リリースのデビュー・アルバム『Elastica』に収録された代表曲のひとつであり、シングルとしても高い評価を得たナンバーである。全体としてはわずか3分弱の短い楽曲だが、その中に90年代UKオルタナティブ・ロックの美学――スピード、皮肉、性的主張、そして都会的な倦怠感――が詰め込まれている。
歌詞の中心にあるのは、“並ばせる（line up）”という言葉の持つ二重性である。これはクラブや店に入るために列を作るという意味もあれば、誰かの“ターン”を待つという意味にも読める。ここで描かれるのは、都市の夜の中で男女が繰り返す気まぐれな関係性、すなわち恋愛ともセックスとも友情ともつかない“消費されるつながり”である。
語り手はその状況を外から観察しながら、少し退屈そうに、少し呆れながら、それでも冷たく笑い飛ばすように描写していく。相手に期待するでもなく、自分が恋に落ちることもなく、すべてをゲームのように受け流すクールさが、この楽曲の核となっている。
2. 歌詞のバックグラウンド
Elasticaは、90年代前半に勃興したブリットポップ・ムーブメントの中でも、ひときわ尖った存在だった。ジャスティーン・フリッシュマン率いるこのバンドは、SuedeやBlurといった同時代のアーティストと同様にマンチェスターやロンドンの都会文化を反映しながらも、その視点はよりフェミニンで、よりラディカルで、より短距離走的であった。
「Line Up」は彼女たちの美学を端的に示した楽曲であり、音楽的にはWireやThe Stranglers、Buzzcocksといった70年代のポストパンクからの影響を色濃く感じさせる。リフは簡潔で中毒性が高く、リズムはタイトでスピード感があり、歌詞は簡潔で切れ味鋭い。
この曲の発表当時、イギリスではナイトカルチャーやレイヴ文化、そして“恋愛よりも消費される性”という社会状況が注目されており、「Line Up」はそうした時代の空気を風刺的に、そしてリアルに映し出していた。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下に印象的なフレーズを抜粋し、和訳を添えて紹介する。
Drivel head wears her glad rags
She’s got her keys, money and fags
空っぽな女の子が派手な服で着飾る
鍵、金、タバコを持って出かけるのさI know a boy who really gets off
On being down on himself
自分を卑下することで快感を得る男を知ってるHe likes to line up and get down
And he asks for nothing else
列に並んで、腰を下ろして、それだけで満足してるような男だよYou can’t give something
If you’ve got nothing to give
持ってないものを、与えることはできないのさ
※ 歌詞の引用元：Genius – Line Up by Elastica
このように、歌詞は明確なストーリーというよりも、観察された人物たちの断片的な描写によって構成されている。それはまるで、ロンドンのクラブの外で煙草を吸いながら他人を眺めているような冷めた視線だ。
4. 歌詞の考察
「Line Up」は、1990年代の若者文化における“気だるさ”と“距離感”を的確に切り取った曲である。語り手は恋や性にまつわる騒動から一歩引いた位置におり、誰かを非難するでも、共感するでもなく、ただ冷静に“それはそれ”と切り捨てる。
しかしその裏には、もしかすると“本当のつながり”がどこにもないことへの失望、あるいは皮肉のようなものが隠されているかもしれない。都市生活の中で繰り返されるテンプレートのような夜の出来事――そこに疲れているのは、語り手自身なのだ。
また、この曲にはジェンダーに対する意識も色濃く滲んでいる。女性が「glad rags（着飾る衣装）」をまとい、“消費”の対象となる構造。男性が「down on himself（自虐的）」でありながらも自己満足的に“列に並ぶ”。それぞれが自分のパターンを反復しながら、何も変わらず、何も得られないという都市的なループ。
Elasticaはそれを怒りや涙ではなく、“嘲笑”と“速さ”で表現する。彼女たちにとって“語る”という行為は、“切り捨てること”でもあった。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Stutter by Elastica
性の不一致を笑い飛ばす、女性視点のロック・アイロニーの極北。 - Typical Girls by The Slits
“女の子らしさ”を逆説的に描き、社会のジェンダーロールを解体する。 - Girls & Boys by Blur
性と快楽の流動性をキャッチーに風刺するブリットポップ時代のアンセム。 - Kiss Off by Violent Femmes
恋愛と自己嫌悪が交差する若者の“怒りと無力感”を切り取ったパンキッシュ・チューン。 - Cannonball by The Breeders
女性の衝動とロックの物理性を同時に提示した、90年代の不動の一曲。
6. Elasticaという“距離感”：都市に生きる女たちのためのロック
「Line Up」は、Elasticaというバンドの“都市的リアリズム”をもっとも鋭く、かつミニマルに提示した一曲である。そこにあるのは共感でも拒絶でもない。すべてを理解した上で、それでも踊ること、笑うこと、突き放すことの強さなのだ。
この曲が描くのは、“何者かと繋がりたい”と叫ぶのではなく、“繋がる必要などない”とクールに背を向ける視線。その潔さが、今も多くのリスナーを惹きつけてやまない。
街を歩きながら誰かの物語を観察するような気分、あるいは誰にも触れられない自由――そんな感覚を欲している人にとって、「Line Up」は今も変わらず“歌うべき歌”であり続けている。
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