
発売日: 1994年6月21日
ジャンル: パンク・ロック、スカ・パンク
概要
『Let’s Go』は、1994年にリリースされたランシドの2作目のアルバムであり、バンドの名を世界に知らしめた決定的作品である。
前作『Rancid』(1993)で築いたストリート志向のパンクサウンドをさらに洗練させ、メロディ、スカのリズム、社会的メッセージを融合させたことで、90年代アメリカン・パンク復興の象徴的存在となった。
アルバムは、グリーン・デイやオフスプリングが大成功を収めた1994年という時代の空気をまといつつも、よりアナーキーでストリートのリアリティを追求している。
プロデュースを務めたのは、エピタフ・レコードの創設者でありバッド・レリジョンのギタリストでもあるブレット・ガーウィッツ(Brett Gurewitz)。
彼の手腕により、荒削りながらもタイトで骨太なサウンドが実現し、メジャー化しつつあったパンク・シーンの中でも、ランシドは**「本物のストリート・パンク」**としての存在感を確立した。
また、このアルバムから加入したラーズ・フレデリクセンの存在も大きい。
彼のギターとヴォーカルがティム・アームストロング、マット・フリーマンと強烈に絡み合い、バンドのトレードマークとなるツイン・ヴォーカルの荒々しい掛け合いが完成。
“パンクが社会を映す鏡である”という信念のもと、労働者階級の怒り、孤独、希望を描いた歌詞が全編を貫いている。
全曲レビュー
1. Nihilism
オープニングを飾る、ランシドらしい疾走感とシンガロングが炸裂する名曲。
「俺たちは虚無主義者なんかじゃない」という叫びが、皮肉にもタイトルを裏切る形で響く。
彼らの反骨精神とポジティブなエネルギーを象徴する一曲である。
2. Radio
グリーン・デイのビリー・ジョー・アームストロングとの共作曲。
社会からの疎外感と音楽への救済を歌ったパンク・アンセムであり、**“ラジオこそ俺たちの逃げ場”**というメッセージが胸を打つ。
単純な3コードの中に、痛烈な青春の焦燥が詰まっている。
3. Side Kick
警察や権力に対する怒りをストレートに叩きつける曲。
スカ調のリズムとパンクのスピードを行き来する構成が、アルバム全体の勢いを牽引している。
「俺の相棒はストリートだ」という一節に、ランシドのアイデンティティが凝縮されている。
4. Salvation
アルバム最大の代表曲にして、ランシドの出世作。
“Salvation”=救済というタイトルながら、内容は都市の混沌と暴力を描く。
ティムのしゃがれ声とマットの攻撃的ベースが炸裂し、スカのリズムが絶妙に緊張感を生んでいる。
MTVローテーションに乗り、ランシドがアンダーグラウンドからメインストリームへ躍り出る契機となった。
5. Tenderloin
サンフランシスコの犯罪地区「テンダーロイン」を舞台にしたストリート叙事詩。
パンクでありながら社会ルポのようなリアリズムがあり、労働者階級のドキュメンタリー的視点が感じられる。
6. Let’s Go
タイトル曲にふさわしい爆発的な勢い。
“行こうぜ!”という掛け声が象徴するように、アルバム全体のムードを決定づける。
パンクの原初的衝動をそのまま音にしたようなトラックである。
7. As One
ストレートな政治的メッセージを込めた短いファスト・パンク。
「俺たちは一つだ」というコーラスが繰り返され、連帯と抵抗の精神を強調している。
8. Burn
暴動、崩壊、再生――社会のサイクルを痛烈に描く。
ギターリフの切れ味とリズムセクションのタイトさが際立ち、ランシドの演奏力の高さを証明する一曲。
9. The Ballad of Jimmy & Johnny
犯罪に巻き込まれた若者たちの悲劇を描く社会派ストーリー・ソング。
パンクでありながら、フォーク的な物語性を持つのが特徴的で、後の『…And Out Come the Wolves』への布石となった。
10. Gunshot
暴力の連鎖をテーマにした曲。
スカ・リズムとパンクの衝突が見事で、ティムのリリックが社会不安を冷徹に描写している。
この緊張感こそ、90年代パンクのリアルな息吹なのだ。
総評
『Let’s Go』は、ランシドのキャリアを決定づけたアルバムであり、同時に90年代パンク・ムーブメントの真の精神的支柱となった作品である。
当時のアメリカではグリーン・デイやオフスプリングがチャートを席巻していたが、ランシドはあくまで**ストリートから生まれた“リアルなパンク”**を貫いた。
本作の魅力は、ただの反体制ではなく、「生き抜くためのパンク」を歌っている点にある。
彼らの曲には絶望の中にも希望があり、孤独の中にも連帯がある。
それはティム・アームストロングが持つ詩的感覚と、マット・フリーマンのベースが刻む社会のリズムが共鳴しているからだ。
音楽的にも、ピュアなストレート・パンクだけでなく、スカ、Oi!パンク、ストリート・ロックの要素が巧みに混ざり合い、のちの『…And Out Come the Wolves』(1995)へと続く道筋を作った。
荒削りながらも、アルバム全体の流れは統一感に溢れ、**“バンドの勢いをそのまま封じ込めた記録”**としての価値も高い。
『Let’s Go』は、ただのパンク・アルバムではない。
それは、1990年代という不安定な時代における**「労働者たちの歌」**であり、アメリカン・ドリームの裏側に生きる人々の声を代弁した社会的ドキュメントでもあるのだ。
おすすめアルバム
- …And Out Come the Wolves / Rancid (1995)
続く大傑作。『Let’s Go』のエネルギーを洗練させ、メロディと社会性が頂点に達する。 - Rancid / Rancid (1993)
初期の生々しいストリート・パンクの原点。 - Life Won’t Wait / Rancid (1998)
レゲエやスカを大胆に取り入れた実験的意欲作。 - Energy / Operation Ivy (1989)
ティム・アームストロングとマット・フリーマンが在籍した前身バンドの名盤。 - London Calling / The Clash (1979)
社会的テーマと多彩な音楽性を融合した、ランシドの精神的ルーツ。
歌詞の深読みと文化的背景
『Let’s Go』の歌詞世界には、サンフランシスコの裏通り、移民の街、労働者階級の生活が生々しく描かれている。
ティム・アームストロングの筆致は、単なる怒りの発露ではなく、社会的現実に根ざした詩であり、どこかチャールズ・ブコウスキー的な人間臭さが漂う。
たとえば「Tenderloin」では、犯罪地区を舞台にしながらも、その中で生き抜く人々の誇りや連帯が描かれる。
また「Salvation」では、“救済”という宗教的言葉を皮肉に用い、救われない社会の中で自分たちの手で道を切り開くしかないという強い意志を示している。
当時のアメリカは、冷戦後の不況や都市の治安悪化など、社会的緊張が高まっていた時期。
そんな中、ランシドの音楽は単なる反抗ではなく、**「底辺からの連帯」**を訴えるリアルなメッセージとして響いた。
『Let’s Go』は、その現実をパンクというフォーマットで語り直した、ひとつの社会的詩集なのである。



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