
1. 歌詞の概要
「Let’s Go Surfing(レッツ・ゴー・サーフィン)」は、アメリカ・ニューヨーク出身のインディー・ポップバンド、The Drums(ザ・ドラムス)が2009年に発表したデビューEP『Summertime!』に初収録され、その後2010年のセルフタイトル・デビューアルバム『The Drums』にも収録された楽曲である。
軽快なホイッスルと、シンプルなギターフレーズ、そして陽気なサーフポップ調のサウンドが特徴的でありながら、その底にはある種の皮肉と哀しみが潜む、The Drumsらしい“明るくて暗い”ポップソングである。
表面的には「サーフィンに行こう」という無邪気で楽観的な言葉の繰り返しが印象的だが、歌詞全体を読むと、そこには逃避願望、自己喪失、都市生活への違和感などが内包されている。
つまりこの曲は、太陽の下で海へ駆け出すような青春賛歌というよりも、「現実からの一時的な逃避」としてのサーフィンを象徴的に用いた、アイロニカルな楽曲なのである。
2. 歌詞のバックグラウンド
「Let’s Go Surfing」は、メンバーのJonathan Pierce(ジョナサン・ピアース)とJacob Graham(ジェイコブ・グラハム)が、2008年頃にフロリダからニューヨークへ移住した後に結成されたThe Drumsの初期に生まれた楽曲である。
彼らは1980年代のニューウェーブや、The Beach Boys的なサーフポップ、さらにはThe Smithsのようなインディーロックを混ぜ合わせた“ノスタルジックでポップなのに孤独感を帯びた”音楽性で注目を集めた。
この曲は、2009年当時のアメリカ社会、とくに若者を取り巻く政治的な緊張や不安、現代都市での孤立感を背景にして書かれたとも言われている。
「The president’s dead!」という挑発的な冒頭の一節は、その不安定な時代精神へのコメントとも受け取れるが、実際には抽象的で、特定の政治的意図よりも“閉塞感の象徴”として用いられている。
一方で、「Let’s go surfing」や「Oh mama, I wanna go surfing」などのフレーズは、明確なストーリーを持たない断片的な叫びとして機能し、曲全体を“意味よりも感覚”で捉えるような印象を与える。これこそがThe Drums流のポップソングの本質であり、表層の明るさの奥にメランコリーが宿る所以である。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下に、「Let’s Go Surfing」の印象的なフレーズを抜粋し、日本語訳を添えて紹介する。
引用元:Genius Lyrics – Let’s Go Surfing
“Wake up, it’s a beautiful morning / Honey, while the sun is still shining”
起きて、なんて美しい朝だ/太陽がまだ輝いてるうちに
“Let’s get up and run / Don’t you waste your time”
さあ、走り出そう/時間を無駄にしないで
“The president’s dead! / The radio said”
大統領が死んだ!/ラジオがそう言ってた
“Mama, I wanna go surfing”
ママ、僕サーフィンに行きたいよ
“I don’t care about nothing”
もう何も気にしたくないんだ
これらの歌詞は、一見するとポップで無邪気に聞こえるが、そのなかには倦怠、現実からの切断、そして“何も感じたくない”というある種のニヒリズムが漂っている。
冒頭の「Wake up…」から「Don’t you waste your time」までのラインは青春の疾走感を描きながらも、それがどこへ向かうのかは曖昧なままである。
4. 歌詞の考察
「Let’s Go Surfing」の魅力は、そのシンプルな歌詞の中に、世代的な不安や若者特有のアイデンティティの揺らぎを潜ませている点にある。
サーフィンという言葉は、ここでは単なるスポーツのことではなく、“どこか遠くへ行きたい”“現実を一時的に忘れたい”という願望のメタファーとして機能している。
特に「The president’s dead!」というラインは象徴的であり、現代社会の不安や情報の過剰さ、政治的な無力感を象徴しているとも読める。にもかかわらず、その後に「Mama, I wanna go surfing」という子どものような言葉が続くことで、切実な現実逃避の表明に聞こえてくる。
“サーフィンに行きたい”という言葉は、そのまま“自分を取り戻したい”という叫びなのかもしれない。
また、「I don’t care about nothing」というフレーズは、無関心の姿勢を表すと同時に、“何かを感じすぎた果ての麻痺”とも読める。
つまりこの曲は、楽しげなテンポとは裏腹に、“感じすぎる現代”に疲れた若者が自分の心を守るために唱える呪文のようなものであり、その無垢なリフレインには、切実な願いが込められている。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- “Young Folks” by Peter Bjorn and John
口笛と軽快なビート、そして若者の曖昧な関係性を描いたポップアンセム。 - “Cape Cod Kwassa Kwassa” by Vampire Weekend
アフロビート的リズムとアイロニカルな歌詞が魅力の現代的サーフポップ。 - “Sleepyhead” by Passion Pit
夢の中のような電子音と、感情の浮遊感がリンクするエレクトロポップ。 - “In the Sun” by She & Him
60年代風サウンドと現代的憂鬱のミックスが特徴的な甘酸っぱいポップソング。 - “Post Break-Up Sex” by The Vaccines
青春の虚無感をエネルギッシュなロックで包んだ一曲。
6. サーフィンは逃避か希望か:曖昧な時代のアンセムとして
「Let’s Go Surfing」は、表面的にはサーフボードを抱えて海へ駆け出すような明快さを持った楽曲でありながら、その内側には“何も感じたくない”という切実な心の声が隠されている。
その明るいコード進行と軽やかなホイッスルは、現実から一瞬だけ逃げるための音楽的装置であり、だからこそリスナーは心地よく浮遊しながらも、どこかで深く共鳴してしまう。
この曲は、リリース当時のインディーポップ・ムーブメントを代表する一曲であると同時に、「サーフィン=自由」という単純な構図へのアンチテーゼでもある。
それは逃避の象徴であり、現実逃避を正当化するでも否定するでもなく、“それでも走り出さずにはいられない”衝動をそのまま提示している。
現代を生きる私たちにとって、「Let’s Go Surfing」という言葉は単なる行動提案ではない。
それは「今この瞬間から逃げてもいいよ」と耳元でささやく、ひとつの救済のようなリフレインなのかもしれない。
軽やかに踊りながら、その裏にある静かな悲しみを抱きしめる——The Drumsが描いた“サーフィン”とは、そうした時代の詩なのだ。
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