1. 歌詞の概要
「Left and Right（レフト・アンド・ライト）」は、チャーリー・プースが2022年にリリースしたシングルであり、BTSのジョングクとの夢のコラボレーションによって、世界的な注目を集めた楽曲である。キャッチーなメロディと左右に動くステレオサウンドが印象的なこの曲は、「過去の恋愛が今もなお頭から離れない」という、誰もが経験したことのある感情を軽やかに描いている。
タイトルの「Left and Right」は、単なる方向の話ではない。歌詞においては「君のことが左から右へ、頭の中をぐるぐる回っている」という比喩となっており、“記憶の中で繰り返し再生される失恋の残像”がテーマとなっている。語り手は、すでに終わった関係であるにもかかわらず、相手の影に日々悩まされている。
それは苦しみというより“未練の遊戯”に近く、愛というより“癖のように染みついた記憶”なのだ。メロディはポップで明るく、歌詞の切なさとの対比がこの曲をより立体的にしている。
2. 歌詞のバックグラウンド
「Left and Right」は、チャーリー・プースの3作目のスタジオアルバム『CHARLIE』のリードシングルのひとつとして発表された。アルバム全体が“自己の恋愛遍歴を振り返るパーソナルな旅”である中、この曲は過去の恋愛に囚われ続ける心の癖を象徴するナンバーとして位置づけられている。
ジョングク（Jung Kook）はBTSのメインボーカルとして世界中のファンを魅了してきたが、ここでは彼の柔らかくも繊細な声がチャーリーの感情と溶け合い、国境や言語を越えた“感情のユニゾン”が成立している。曲中ではそれぞれがソロパートを持ち、最後に声を重ねることで「共通の感情」をリスナーに訴えかけている。
音楽的には、左右に振れるボーカルエフェクトや立体的なステレオミックスを用いた構造が、タイトルに即した“頭の中で声が右往左往する”というコンセプトを忠実に再現しており、制作とコンセプトが見事に一致した稀有なポップソングとなっている。
3. 歌詞の抜粋と和訳
Memories follow me left and right
I can feel you over here, I can feel you over here
You take up every corner of my mind
記憶が左右にまとわりついてくる
こっちにも君の気配が、あっちにも君の影が
僕の心のすみずみまで、君でいっぱいなんだ
Ever since the day you went away
No, I don’t know how
How to erase your body from out my brain
君が去っていったあの日から
どうすればいいのかわからない
君の面影を、僕の頭から消す方法なんて
Did you know you’re the one that got away?
And even now, baby, I’m still not okay
君は僕にとって、唯一逃してしまった人なんだ
そして今も、僕はまだ前に進めずにいる
引用元：Genius Lyrics – Charlie Puth “Left and Right”
語られているのは“終わった恋”の話だが、語り手はまだそこにいて、ただ“思い出の中で足踏みしている”状態だ。記憶に支配された思考が、「君がいない現実」と「君がいた過去」の間を左右に行き来し続ける。
4. 歌詞の考察
「Left and Right」は、失恋の“感傷”ではなく、“習慣化した未練”を描いた珍しいラブソングである。歌詞の中の語り手は悲しみに暮れているわけではない。むしろ日常の中で、ふとした瞬間に“君のこと”を思い出してしまう。その頻度が多すぎて、自分でも“なぜまだ忘れられないのか”が分からなくなっている。
それは悲劇的な執着ではなく、もはや“頭の中の構造”そのものになってしまったような記憶だ。だからこの曲では、「君がいないと寂しい」ではなく、「君がいなくなったのに、君がいるような気がして困っている」という複雑な感情が語られている。
サウンド面では、ボーカルの左右移動によって“記憶の渦”や“思考の迷宮”が音響的に可視化されており、まさに“耳の中で展開するポップ心理劇”といった趣を持つ。ジョングクの登場は、単なるフィーチャリングではなく、“自分と同じように苦しんでいるもう一人の存在”を象徴する役割を果たしている。
この曲は、“相手が忘れている間も、こちらは忘れられない”という一方通行の想いを、明るいサウンドで包みながら描いている点で、実に現代的で、誰の心にもひっそりと刺さる内容となっている。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Attention by Charlie Puth
愛ではなく“注目”を求める関係を描いた、鋭利な心理描写のポップソング。 - Still With You by Jung Kook
静かな夜の孤独とぬくもりの記憶を描いた、柔らかな自作ソロバラード。 - Shivers by Ed Sheeran
離れても消えない感覚を、明るくリズミカルに描いたラブソング。 - Too Good at Goodbyes by Sam Smith
繰り返す別れに対して心を麻痺させていく、切なくも美しい防衛本能の歌。
6. “記憶の残像が、右と左で揺れ続ける”
「Left and Right」は、“忘れる”という行為が、実はとても難しいことだと教えてくれる。
人の記憶は都合よく削除できるものではなく、むしろ“音”や“匂い”、“習慣”の中でふと蘇ってしまうものなのだ。
チャーリー・プースとジョングクは、この楽曲で「頭では分かっているのに、心がまだ追いつかない」という感情のもつれを、軽快なメロディと実験的なサウンドで見事に表現してみせた。
それは単なるポップソングではなく、“記憶の生理現象”そのもののようでもある。
明るくて、切なくて、なぜかちょっと笑えてしまう。
「もう終わったはずの恋」の残像が、左右に揺れ続ける――
それが、いつか“本当に前を向ける日”につながっていくと信じさせてくれる。
この曲は、“立ち止まったままの心”に寄り添ってくれる、優しいポップの灯火なのだ。
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